映画の上映が一旦終了すれば、ひどく寂しくなると思っていた。
最近のいい方であれば、ロスとでもいうのか。
けれど、そんな心配は無用だった。
すでに、あの娼婦たちは自分の胸の中にいるし、劇場に行けばそこにいるからだ。
本当にロスを感じるとすれば、舞台が終わってからなのかもしれない。
劇場には映画を観てくださった方が足を運んでくださる。
それも、1度ならず複数回という方もいらっしゃった。
セブンガールズの世界観を補強するようなこの物語。
多くの詩的な表現を多用した物語。
実際に演じられていく物語と。
演者たち一人一人の物語があって。
それが、やっぱり、当たり前だけれど映画と同じように進んでいる。
演者たちは助け合い、相手を気遣いながら、舞台裏を移動する。
立ちっぱなしの役者がいれば席を譲り、暗い中移動するときは道を開け、声を掛け合う。
登場順に舞台裏で並んでいれば、自分以外のいるはずの人間を確認する。
早替えが必要なら、それを助けるための人間が待機している。
舞台袖には、役者に必要なものをセッティングしておく。
ゴミが出ればまとめる人間がいて、片付ける人間がいる。
全員が役者であり、かつ、全員がこの公演のスタッフを兼ねている。
ある意味では必然なのかもしれない。
今や小劇場の公演も4000円台が普通になってきた。
様々な人の手を入れれば、当然予算が膨れ上がっていく。
自分たちはもう20年も前になる旗揚げ当初のチケット代を変更していない。
そうなれば、自分たちで出来ることをやっていくしかなくなる。
世の中の相場の変化は否応ないけれど、そこを耐えてきた。
受付も場内整理も、出演者がやっている劇団なんて、今や化石みたいなものだ。
それでも、そこで踏ん張っている。
満員御礼の劇場。
映画館のような固定席ではないから、なるべく多くの方が観劇できるようにしている。
さすがにもう完売かもなという数字になっても席を増設して対応している。
映画と同じように、一人でも多くの人に観て欲しいという思いは変わらないからだ。
その舞台もいよいよ最終日になる。
聞いている話だと、映画館で初めてセブンガールズを知って舞台に来てくださる方が多い日だ。
20年間応援してくださった皆様と、初めてのお客様が、作品を共有していく。
取っても豊かなことだなぁと思う。
舞台が全て終わったらどんなことを思うのだろう。
まるで想像も出来ない。
もちろん、演じ終わっても、そのあとまだまだ続く。
すくなくても、全ての部材を運び終えるまでは肉体的に忙しい。
事務レベルで言えば、いつ終わるのかもわからない。
ただただ目の前のお客様に届けるだけだ。
それが、自分たちが変わらずやってきたことなのだから。
20周年を迎えた公演のタイトルは「BEGINS of Sevengirls」
「はじまり」という意味。
これまでの歴史を持っていながら。
はじまりなんだよという、言葉で。

