2016年03月24日

面白い映画

十代の終わり頃に、おいらはとにかくなんでもいいから観ないとダメだ病にかかった。
ショービジネスだったらどんなものでも見ようという状態で、それこそなんでもかんでも観に行った。
寄席から、伝統芸能から、舞台だけじゃなくて、もうありとあらゆるものを観た。
安くチケットが手に入ったり、招待券を手にしたら、即行くようにしていた。

そんな時に手に入れたのが「男はつらいよ」の映画の招待券だった。
そういえば、テレビでは何度も観ていたけれど、映画館で観た記憶がなかった。
その頃はまだ、毎年正月に男はつらいよを上映していた。
もっと前は、年に2本だったと思う。
正月は、釣りバカ日誌と同時上映になってた。
なんとなく、テレビで見るドラマみたいな感覚だった。
よし、映画館に行こう。そう思った。

そしたら、ちょっとしたカルチャーショックを受けたんだよ。
色々なショービジネスを見続けている中でさ。
やっぱり、お笑いライブや寄席を別とすれば、全て、アートな雰囲気が流れていた。
当然、映画館は静かに観る場所だったし、他の人に迷惑を掛けてはいけないと思っていた。
それがね。
隣に座ったおばちゃんが、普通にうるさいんだよ。
お菓子とか食べながら。
でね、爆笑するの。
寅さんのコミカルな動きやら、周りを怒らせちゃったりやらで、いちいち。
え?映画ってこんなに爆笑していいんだっけ?って思ってたらさ。
ついに、おいらの太ももを叩きながら笑ったんだよ。

もうねぇ。
茫然自失だった。
完全においら、やられちゃったんだな。
もうまったく知らない世界だったんだよ。
旅回りの一座芝居なんかで、そういう場面を観た気がするけれど。
こんなふうに、あっけらかんと、映画を楽しむ文化があるって知らなかったからさ。

そしたらさ。
静かにしなくちゃいけない映画とかね。
芸術的な映画とかね。
すっごい、色あせちゃったんだよ。その後しばらく。
本当に楽しんでるのかな、このお客様たちは・・・って疑問を持っちゃって。
本当は、かっこいいとか、綺麗とか、人の評判に乗ってるだけなんじゃないの?とか思ったりしてさ。
もちろん、そんなわけがないんだよ。
そういう映画にはそういうファンが当然いるんだから。
だから、そう思っちゃうほどのカルチャーショックを受けたんだなぁ。
映画は静かに観るものだっていう固定観念を破壊されたんだ。

それからはもう最終作まで全部観たよ。
おいらの中で、車寅次郎が、大きな意味を持つようになった。
その一挙手一投足の真似をしたりした。

お彼岸に実家に帰ったらさ。
お袋が「家族はつらいよ」を観に行ったんだって。
そしたらね。
大爆笑だったらしい。会場中が。
ここ最近、山田洋次監督は、感動作ばっかだったからさ。
その話を聞いて、ああ、やっぱりコメディを創る腕は今もすげえんだなぁって感動しちゃったよ。


だからね。
おいらが芝居すると、実は少しだけ寅次郎がいるんだ。今も。
舞台の成瀬で、御守をぶら下げてたのも、実は寅次郎フューチャーだよ。
江戸弁を口にする役の時は、どうしても寅次郎の声で頭の中で再生されるんだよ。
あの不器用なフーテンの背中がどうしても、思い出されちゃうんだな。


奥深いなぁって思う。
静かに観るのも映画なら、ああやって、爆笑を共有するのも映画。
おいら、男はつらいよと釣りバカ日誌以上の笑い声を映画館でまだ聞いたことないよ。
映画監督を目指すような人は殆どが芸術方向なのかな?
若くて、コメディをやりたい監督なんて、あんまりいないのかな?

ついでに言えば。
太ももをひっぱたかれて。
隣で爆笑してたおばちゃん。
最後には切ない寅次郎の背中に号泣してた。
その時ね。
今までテレビでは一回もなかったのに。
おいらも、泣いてたんだ。
切なくて切なくて。
もう、どうしょうもなくなって、おばちゃんと一緒に泣いてたんだ。

映画はテレビとは違う。
一つの空間で、たくさんの人が時間を共有する。
舞台と同じだ。
共有が共感になった時。
絶対にテレビではわからなかった何かが現れるんだ。
渥美清さんは、舞台に立ってた人だ。
だから、それをちゃんとわかってたんだなぁって今更ながらに思う。


家族はつらいよのインタビューで言ってた。
最近は、静かに映画を観すぎだよって、山田洋次監督が。
すごいねぇ。すごいねぇ。
二代目寅次郎やらせてくんねぇかなぁ。
思う存分、怒られたいよ。あんな監督に。


男というもの つらいもの
顔で笑って 顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く


くぅ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:35| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月25日

デジタルマーケティング

実はとある知り合いにとても褒められた。
今回のクラウドファンディングの展開は企業体の宣伝では出来ない方法だったという。
クラウドファンディング公開前からBLOGを中心にFacebook、Twitterを年齢層に分けて宣伝活動した。
地道ではあるけれど、劇団を応援してくれる方々という母数から確実に数を増やしていく。
そして、更新を欠かさないという最も原始的だけど効果的な方法だったという。
広い世界に繋がった場所で、ある一定の顧客層を大事にする。
その方法を企業がとると、アングルが変わってしまうのだという。
いわゆるステルスマーケティングと呼ばれるような宣伝の更に裏側なんだと。
堂々と、こうしたい!と個人が発言していく方法は、とても良かったと褒めてくれたのだ。

おいらからすれば、他の方法は余りなかっただけなのだけれど。
それに今思えば、反省点もいっぱいあるからさ。

広告はどんどん新しい世界に突入している。
劇団の宣伝は、WEBであったりメールマガジンであったり、DM、折り込み広告であったりした。
今は、SNSでの拡散の方がより効果的になってきた。
時代は更に進み、動画配信であったり、LIVE配信であったり。
ここ10年でものすごく変わったなぁと思う。
演劇界はどちらかというと、時代遅れで、若い人の劇団が新しいことを少しやるけれど、どこまで効果的かはわからない。
旧来からの演劇ファンは、やはり置きチラシを頼りにしている人もいる。
今、演劇に興味がないような観客層を呼び込むには、もっと新しくて抜本的な宣伝が必要だと思う。

実際、かつてはテレビCMが流れたら、それはメジャーという感じだったけれど。
今は、いつの間にか口コミで話題になって、それを後からテレビ番組が取り上げる。
状況的に逆転しちゃってるなぁって、本当に思う。
行列の出来る●●なんていうのも、ネットの口コミがスタートだったりする。
企業はその、口コミが自然発生的に起きれば一番ベストなわけで、話題作りからネットニュースになるような。
そんな企画を立てて、宣伝をプロジェクトとして立ち上げていく。
当然、デジタルマーケティングのコンサルタントなんかの仕事も出来ていく。
商品の宣伝のプロデューサーだって、今はいるはずだ。
規模の違いこそあれ、そういう世界にいる知り合いが、良くやったよ!と言ってくれれば、なんというか嬉しかった。

恐らく、映像の世界は、これから、よりデジタルマーケティングが必要になってくる。
それは、演劇の世界なんかよりもずっとずっとだ。
何故ならば、既に日本はインフラが整備されたからだ。
フルHDの映像を気軽にストリーミングで、無線端末で鑑賞できる時代がやってきた。
こんなこと、ほんの5年前だったら、想像すらできなかったことだ。
まぁ、想像していた人がいるからこそ、実現しているのだけれど。
huluでも、gyaoでも、NetfilixでもamazonでもGoogleムービーでも。
或いはケーブルテレビでもスカパーでも。
ますます映像コンテンツが身近になっていくのは間違いがない。
むしろ企業体は映像によるマーケティングについて、本気で取り組み始めている。
場合によっては、テレビ番組よりも、数多く再生されることも可能だからだ。
テレビCMにかかる経費でオリジナル映像を製作した方が宣伝効果が上がる場合が出てくるという事だ。
そうなれば今度は、いかにその映像を面白いと観てもらうかという段階に入っていく。
ネット上で、あの映画が面白かったと話題になればワンクリックで観れる。
そういうデジタル上での宣伝やマーケティングが必要になっていくという事だ。

もちろん、映画は映画館で観るのが一番面白い。
ワンクリックでスマホのような小さい画面で観られても困るというクリエイターはたくさんいる。
でも、時代の流れだからこればかりは仕方がない。
むしろ今は、デジタル上で鑑賞して、その後にあえて実物を購入するという逆転現象も起きている。
デジタルイラストのファンになって、結果的にグッズをたくさん買ってしまうというようなことだ。
電子ペーパーで漫画や小説を読んで、本も手に入れてしまうというようなことだ。

まだまだ先の話になるけれど。
映画を実際に製作すれば、その後、公開という事になる。
上映館を探すところからやらなくちゃいけないわけで、まだまだ道は長いなぁと思う。
そして、公開したらしたで、映画の宣伝をしていかなくちゃいけない。
でも多分、映画が出来上がってから、宣伝方法を考えているようではダメだ。
企画段階から、撮影段階から、編集まで。
その間に少しずつ積み上げるような宣伝が必要だと思う。
公開される頃には、上映したいという映画館が増えていたり、観たいというお客様すでにいたり。
そうなるように、考えていくべきだと思う。
もちろん、演劇と違って、公開前に試写会があるし、演劇祭への出展だってできる。
口コミが広がる道は、演劇の数百倍もあるなぁって本当に思う。
だからと言って、従来の映画と同じようにただ完成を待って試写会をするだけじゃダメなはずだ。
資金力のある映画や、映画会社が創る映画、ネームバリューのある映画。
そういう映画たちの隙間でどのように、上映していくのか。
企業が出来ない、個人のマーケティングが他にはないのか。
考えられることはすべてやるべきだと思う。
そこまでやって、初めて、何かが起きるんだっておいらは思っている。

おいら一人で出来ることなんかきっと大したことはないんだけれども。
支援してくださった皆様への恩返しは、たぶん、映画の完成だけじゃない。
もっともっとすごいことが起きないといけないって思っている。

だからこそ、0から始まったこの企画が動き始めただけでも奇跡だけれど。
動くだけじゃないんだって、そう思えるような。
そんな展開を今から、考えるのだ。

考えろ、おいら!!
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:08| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月26日

久々に観た「スワロウテイル」

横浜に連れ込み宿の潰れた物件が残ってるかもしれないという情報があって。
ちょいと観に行ってみようかなぁと思っていた。
ほぼほぼ撮影するのは難しいと思うのだけれど、行ってみるだけ行ってみようと。
そう思っていたら、今日から公開の「リップヴァンウィンクル」の花嫁に合わせて。
「スワロウテイル」をケーブルテレビで録画していたのを思い出してつい観てしまった。
気付けば映画に見入って、ほろほろと泣いている始末。

色々なねぇ。
思い出があるね。
映画っていうのは。
観に行った頃の思い出までぶり返すというか。
まさかもう20年も経過しているなんて。
そうかぁ。そうだよなぁ。

あの頃、岩井俊二監督って言えばもう神様みたいな存在でさ。
「PiCNiC」とか、「FRIED DRAGON FISH」とか。
どの作品も面白くて、かっこよくて、おしゃれで、切なかった。
若い才能が突然出てきたっていう感じでさ。
おいらの世代で俳優やってれば、皆、岩井監督の映画を観てたと思う。
映画について話したこととかさ。
当時付き合ってた女の事とかさ。
カラオケで、イエンタウンバンド歌ったりね。
思い出すねぇ。

映画って、時代性があると思うのね。
その時代に上映されるからこそっていう。
久々に観ても、当時見たものとは絶対に違っちゃう。
だって、その時代に、その時代の技術で、その時代の感性で撮影されてるからさ。
昔、熱中した映画でも久々に観ると、もちろん面白いんだけど、同時にどこか色あせているというか。
少なくてもおいらはそう思ってるの。
だから「七人の侍」だって「東京物語」だって、名画座まで見に行ったんだけどさ。
すごく面白くて、すごく感動したけれど、必要以上に影響されないように気を付けてた。
感性まで古くなっちゃいけないと思うからさ。
だから、やっぱり、今見ても新鮮だし、すごい感性なんだけど、やっぱり当時とは違って見えた。

違って見えたんだけどさ。
逆に、今になって気付くこともたくさんたくさんあったよ。
ああ、そうか。ここはこんなに切なかったんだなぁとかさ。
なんとなく観ていて苦しかった思い出とかがあってさ。
なんとなくもう一回観るのをどこか避けていたんだけどさ。
なんというか、社会的弱者の娼婦の話なんだよな。
なんか、観ておかなくちゃいかん気がするなって思ったんだよ。

ハタチそこそこのおいらが見たアゲハと、40過ぎたおいらが見るアゲハ。
こんなに違うんだなぁ。
当たり前だけど、当時は14~6歳設定のアゲハの方が年が近かったしさ。
少女という風に観てなかったのかもしれない。
青少年的な世代を完全に子供って見てなかったんだろうなぁ。
それが、今見ると、もう、10代なんかすっげぇ子供でさぁ。
子供だって思って見てたら、もう、切なくて切なくて。
グリコの恋愛もね。うん。
全然、違ったなぁ。
なんか、当時のおいらと、この映画の談義をしたいよ。

今、思うとこの映画は日本国内の上映よりも、海外を視野に入れていた映画だったのかなぁ。
そんなこと、全然、当時は思っていなかったけど。
考えてみたら邦画なのに、殆ど日本語のセリフがないし。
タイトルも、スタッフロールも、全部アルファベットなんだなぁ。
予算も掛かってる。
「あおぞら」も、阿片窟も、特効も。
海外での上映を目指していたんだろうなって思った。
そういうスケールだったんだなぁ。
まぁ、なるべく「日本」じゃなくて、無国籍な感じを出したかっただけなのかもしれないけれど。

もうその流れでさ。
昭和31年の市川崑監督「日本橋」なんかも観たよ。
芸者の話だけどね。
泉鏡花の、芸者の置屋を舞台にした話。
もう、現代から見たら、終戦直後みたいな頃の映画。
その頃の娼婦の映画だからさ。
ためになるんじゃないかって。

娼婦の周りにいる男達。
それについては、なんというか、思った通りというか。
すごく良く分かった。
特にこの「日本橋」で、なんというか、そうだよなって思えることがあった。
芸者としてみないと決めていた男が、自分が無意識に芸者としてみていることに気付いた時のお芝居。
そう。この感じ。この感じなんだよ・・・って思ったりした。

なんだか、毎日毎日。
あれやこれやとしていてね。
あれやこれやと考えてね。
そんな日々だったのだけれども。
今日は、吸収する日になった。
本を読んだりさ、なんとか、欠かさずに吸収するようにはしているけれど。
新しいものも吸収しないとだね。

咀嚼して、栄養になるのは意外と先になるんだけどさ。

こんな日もいいか。

横浜も行きたいんだけどね。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 20:39| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

右と左の隙間

過去、クラウドファンディングを成功させた企画を見てみるとある傾向がある。
一つは有名な人が出演していたり、有名な方が監督だったりという企画。
その人の映画なら観たいなぁという人が多く支援に回るのかもしれないし、取り上げられやすい。
もう一つが政治的メッセージが強い作品。
ドキュメンタリー映画のクラウドファンディングなんかはとても顕著だ。
特定の政治的な団体などが支援に回ったりすると一気に支援者数が増える。

「セブンガールズ」もそういう意味では政治的な方面に向かって情報が閉じていたわけではない。
けれども、女性団体も左も右もあまりこの作品の支援に回らなかった。
これって、とても不思議な事のように思えるけれど、よくよく調べてみるととても納得がいった。

終戦直後の「パンパン」について、政治団体は基本的にスルーしがちだ。

誰がどう考えても戦争被害者だ。
それどころか、「現在も」戦地の兵士の性については問題が続いている。
中東に限らず、駐留軍がいる地域は今も現存している。
もちろん、日本の沖縄も含めて。
そして、娼婦はどこの駐留地域にもいる。
職業選択の自由として、自分から体を売っている女性もいる。
けれど、貧困で仕方なくという人も、大勢いる。
まして、日本の終戦直後のパンパンは、敗戦国であり、食べる物もなく、一般の女性が多くパンパンになってる。
RAAという、国が作った占領軍の為の性処理施設があって、そこから始まってる。
明確に国が、女性に体を売らせたという事実がある。
それなのに、余り、そこに突っ込まない。

女性団体や左の人は、慰安婦問題がある。
日本は加害者であり、被害者ではない。そういう立場をとってる。
そうなると「パンパン」のことなんかは、余り触れられないのかもしれない。
日本人女性も戦争被害者がたくさんいたという事は当然わかっているだろうけれど。
大々的に取り上げるようなことはしない。
むしろ、右の人から、では、パンパンの事はどうなんだ?と突っ込まれることさえある。

じゃあ、右の人はどうかと言えば。
右の人は右の人で、基本的に国粋主義者であり。
こんな屈辱はないと捉えている。
極東裁判や、法律の制定については、さんざん声高に叫ぶ。
けれども、その時の女性の人権であるとか、戦争被害者だとか。
そういう部分にはあまり落とし込まない。
国の自立を叫ぶのに、それほど、大きなテーマになりえない。

これってさ。
とんでもないことだと思うよ。
明確な問題が山ほどあるんだから。
パンパンっていう存在そのものに。
戦争で片腕を失った兵士には当然死ぬまで国は生活保障をしたよ。
でも、終戦直後、戦争未亡人でRAAに入った女性は、なんの保障も受けてない。
それなのに、政治団体は、「立場的に」この問題は取り上げない。
とにかく、左の人は現在の与党を攻撃しやすい問題ばかり指摘してるし、右の人は東アジアの情勢と改憲ばかり声高に叫ぶ。
そういう意図から漏れた問題は、歴史の中から消えて行っちゃうの?
なんか、すごい不満なんだな、そういう感じが。

終戦直後のゴタゴタという一言で済ませることは出来るけれど。
そこで出来た社会は、今現在も日本に大きな影響を与えたままだよ。
例えば、終戦直後の在日韓国人、在日台湾人、在日中国人についてとかさ。
別にそれがどうということはなくて、知っていていいじゃないかってことが殆ど知られていない。
既に2世3世の世代になれば、もう、知らなくていいよという雰囲気だってある。
実際にハーフの子がパンパンの子供っていじめられた歴史だってあるんだよ。

問題にしづらい。
それはわかったけどさ。

今も増えているから。
毎日、涙を使い捨てているから。
別に何かの運動をしろとかは思わないけどさ。
ちゃんと知っているべき問題って、たくさんあるなって思うよ。

そういう隙間のような誰も触れない問題に触れていくのは、ある意味表現の場の仕事なのかもしれないけどさ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 11:18| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

モニターの中の視線

今日もシナリオは進む。
舞台で書かれていた台本とは少しずつ変わる。
大きく違うのは、フィールドが増えたことだ。
舞台は、プロセミアム形式ならなおの事、前からしか観ることは出来ない。
映像は、前から横から後ろから、場合によっては上から。下から。
様々な角度から撮影される。
そして、そのフィールドは、想像以上に広い。

一番難しい芝居は、何もしないことだ。
何もしないで映像に映って、それが説得力を持ち、セリフ以上に多くの事を語れることだ。
無表情は、無表情という表情だ。
何もしない。
けれども、伝わる。
禅に近いような考え方だけれど、究極の演技はそういう事になる。
そこにいるだけで、そこにいるという説得力があるのかどうか。
何かを聞かれても、無表情であれば、なぜこの人はリアクションをしないのだろう?という意味が付く。
その意味を最大限に活用できるかどうかが、本当の技術だと思う。
何もできないのではなくて、何もしないという意思になるからだ。

舞台台本をもらう時。
いつもドキドキワクワクしている。
それはまるで、週刊漫画を追いかけるかの如く。
次はどうなるのだろう?この後の展開はどうするのだろう?
お客様と同じ目線で、毎週、真新しい台本を楽しみにする。
再演だと少し違ってくる。
あそこはどうやるのだろう?
あのシーンは、どのように変えるのだろう?
展開がわかっている分、理解は深く、理解が深い分、求めるものも強くなる。
今、映像のシナリオを手にして。
想像を限りなく広げている。
おいらの頭の中には絵コンテが出来ていく。
それは、本来、映画監督がやる作業で、役者はそこまでしないのかもしれない。
役者によっては、作品の芯の部分を理解する人や、撮影方法まで想像する人もいると思う。
おいらは、そのカメラアングルまで、想像してしまうようだ。

勝手知ったる物語だ。
この物語をどうやって、映画にしていくのか。
この物語で一番の肝の部分はなんなのか。
役者ごとに違うようでは、きっとぶれていく。

今日、カメラを回して、すぐにモニターで確認するという事を繰り返した。
肉眼で観ていて、ダメだなぁと思う処は、モニターに映し出されると、より目立った。
逆に、肉眼で、ここがいいなぁと思う部分は、モニターに映し出されても、そこまで目立たなかった。
目立たなくても、良いものは良いわけで、それは必ず目立つようになっていくと思う。
ダメな部分は、目立たないようで、どこまで行っても目立つと思う。
意味もなく視線をさまよわせる芝居を今日、肉眼で見つけて。
それをモニターで確認したら、とてもとても違和感を感じた。
幸い、おいらたちには、稽古期間がある。
そして、物語を誰よりも熟知している。
実際に、編集されて次から次に映像が繋がれば気にならない程度の事まで。
おいらたちは、今から修正することが可能だという事だ。

おいらは、ほとんど芝居をする機会がなかった。
しばらくはそんな稽古が続くだろう。
何せ、おいらがやった役は、どこかに行ってしまうんだから。
帰ってくるまではおあずけだ。
その間に出来ることは、自分に出来る目いっぱいの想像力で。
人の芝居から学んでいくことだけだ。
映画でどのやくになるかなんかまだまだわからないけれど。
当然、舞台で演じた役を稽古していくのが一番の近道だ。

本当はこのBLOGに書いてしまいたいことがいくつかある。
ほとんどが朗報だ。
色々と決まってきていることがある。
他にも、面白い話もある。
でも、発表段階にならないと中々伝えられないね。
今は、おいらたちが、稽古をしたり、製作企画を積み立てていたり。
そんな日々を楽しんでいただくばかりだ。

今日の最大の報告は、やはりシナリオが順調に進んでいるという事だ。
それ以上でもそれ以下でもないだろう。
もう、大体50%ぐらいまで、進んだのではないだろうか。
もちろん、映画だとシナリオのページ数も、実際の上映時間も舞台とは違うからわからないけれど。

そして、肉眼の芝居と。
モニターの中の芝居との。
差異を自分の中で明確にしていく。

その繰り返しで良い。

今はすっかり日常だけれど。
この映画に向けての稽古なんて、ほんの数か月前は、夢の話だったんだから。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:03| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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