2017年04月19日

sogno

いよいよ編集も最終工程の調整状態に入って。
今、改めて「夢」について考えている。思っている。
映画「Seven girls」は間違いなく「夢」から始まったプロジェクトだからだ。

叶わないから夢なんだよ
なんて口にする人がいる。
それは、絶対に嘘だ。
多分、それは、本気で叶えようとしていない。

いつか醒めるから夢なんだよ。
なんて口にする人がいる。
でも、醒めているのは、夢になの?自分になの?
眠っている時にみる夢と、等しく考えるなんてナンセンスだ。

シモキタの小劇場で、年に2~3作品発表し続けてきた。
日本では珍しくもない劇団を運営してきた。
公演をして、公演が終われば次の公演の準備を始めて。
それが当たり前の日常のように、延々と繰り返されてきた。
良い作品を作ろうともがいてきた。

いつだったか、監督が口にした。
俺は「人間」を書きたいだけだよ。全ての作品のテーマだよ。と。
作品も、物語も、演技も、笑いも、涙も、全ては媒介に過ぎないのかもしれない。
「人間」を描くためにあるシステムが物語なのだと思う。
物語を伝えるんじゃない。
物語の中に生きる人間を感じてもらう。
そういうことに、おいらは、ずっと取り組んできた。
多分、小野寺隆一という俳優が、目指していることもそういうことで。
だから、監督の作品に出演し続けている。
そしてきっとこれからも、様々な役割を感じながら、そこだけは忘れずに取り組むだろう。

ただそれだけを繰り返し続けるのも、もちろん、それは「夢」だ。
いつか、自分が納得できるような作品になれば。
そうやって、ただただ繰り返していくことだって、立派な夢なのだ。
けれど、おいらは、もう一つだけ「夢」の範囲を広げてしまった。
もっともっとたくさんの人に、観て欲しい。感じて欲しい。
そういうシンプルな夢だ。

映画にしよう。

その一言は、劇団員のかつての夢を思い出させた。
当たり前の日常になった芝居が、もう一度、夢と直結した。
雲をつかむような話で、ピンと来ていなかった役者も、徐々に、雲に手を伸ばしていった。
延々と続くかと思われた日常から、急に斜め上に進むような提案。
半信半疑だったメンバーも、たくさんいた。
でもね。
舞台に立ち続ける夢をすでに叶えているメンバーなんだ。
映画を創る夢だって、きっと、叶えられるさと、おいらは思っていたよ。

「シモキタ」から「世界」へ。
映画にしようだけではない。
映画を創ったね。良かったね。ではないのだ。
そこから、ちょっくら、作品を世界旅行させようぜって話だ。
映画にしようから見ても、きっと飛躍している夢だ。
夢から始まって、映画を創って、それでも、まだ夢を見ている。

映画製作をして、わかったことだけれど。
映画は夢だよ。夢そのものが「映画」だ。
もちろん、映画は産業だし、興行だし、芸術だし、娯楽だし、様々な側面を持っている。
でも、たぶん、映画は、誰かが思い描いた夢から生まれてる。
そうじゃなきゃ、とてもじゃないけれど、映画製作なんてできない。
こんな映画を撮りたい。こんな映画を観たい。この作品を映画にしたい。
そういう夢から始まっている。
ビジネスで作れるものではないし、もしそうだとしたらそれはもう映画じゃない。
全ての基準は、恐らく「夢」だよ。
出来上がった映画とは、夢の結晶なんだ。

おいらは、人が、それは夢の話だろ?と言うようなことに。
常にそれを現実として取り組んできたつもりだ。
夢はみるものじゃなくて、夢は、するものだ。
改めて、そんなことを思っている。
希望を胸に、実現していくことこそが、本来の夢だ。

多分、完成しても泣かない。
まだまだこの夢には続きがある。
そして、その夢は、おいらが始めた頃とは違う。
たくさんのたくさんの人たちが、共に歩き始めてる。

知ってるかい?
明日は必ずやってくるんだ。
まだ見ぬ明日。
きっと明日はこんな日だななんて想像しちゃうかもしれないけれど。
どんなに繰り返されたとしても、明日は、やっぱり誰にも想像なんかできないんだよ。
だって、それは、未来なのだから。
あまりにも当たり前に、明日がやってくるから、忘れてしまうだけなんだ。
いいかい?
明日ってのが、すでに、夢なんだ。

人は、誰にも知りえない、明日のために生きている。
それは、夢に生きているという事で。
だからこそ、映画は夢なんだ。
だってそうだろう?
明日のために映画があるのだから。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:45| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

残る作業

映像はすでにロックしてあって、カラーの調整も住み。
音声の整音が終わり、最終的なミックスも住んだ。
完パケの音声データが揃えば、すでに、映画になっている。

はい、おしまい。
ってわけでもない。
まだ、少しずつ作業を残している。

まずは、テロップ関連。
どう直すのか指示はもらっているから、その作業に入る。
エンドロールなど、情報のとりまとめはほぼほぼ完了。
タイミングや見せ方ぐらいだ。

そのあとに、初号試写をしたい。
打ち上げで、スクリーンのある場所でとも考えているけれど。
監督が修正したい箇所があるようで、それが可能かどうかで変わってくる。
修正があれば、もう一度、必要な作業が出るかもしれない。
細かいことだけれど、完パケは、その先にある。

その上で、映像データ、音声データ、字幕データを納品して、DCPという劇場で上映するデータを作成する。
これで、映画館での上映が可能になる。

ただし、DCP作成は、恐らく映画館上映を決定してからになると思う。
最短でいえば、映画祭やマーケットでの上映が決まればそれまでには作成しなくてはいけない。
DCPは、おいらの端末でも実は作れるのだけれど、作成データがちゃんと再生できるかの検証は出来ない。
その上、ファイルがLinuxベースだから、HDDのフォーマットなどもしなくてはいけない。
そう思えば、業者発注が一番、トラブルが少ない。
まぁ、納品してから考えればいい。

勝手なことを言えば。
20日に、DCP作成スケジュールを決めることになると思い込んでいる。
この日に、おいらは、運命が動くと勝手に決めている。
確信に近い思いを持っている。
さんざん、話すと人に笑われてきたことだけれど、本当に、そう思っている。
絶対にそうなるのだ。

このBLOGの「編集」というカテゴリも、いよいよゴール間近だという事だ。

今日、続いていた舞台の作業をとりあえず、一つ終えた。
明日は、テロップ作業再開だな。
音声も、そろそろ届くかな?
打ち上げ会場も、探さないといけないし。
頑張れ、頑張れ。

作業とは言うけれど。
まるで、育てているような感覚だよ。
映画は生き物だ。
大事に大事に育てていくんだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 05:58| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

終わりは始まり

稽古場に到着早々PCを立ちげる。
稽古中にある程度、舞台用の印刷物をあげて、監督に観てもらいたかった。
本当は週末までの平日に仕上げて、この2日のうちに確認してもらいたかったけれど。
結局、MA前の準備に忙殺されて、後回しになっていた。
MA後に帰宅してからでもと思っていたけれど、そのまま眠ってしまっていた。
入稿のタイミングを思えば、もうギリギリだったのだ。
中々、思うようにスケジュールを進めるというのは難しい。

稽古がはじまる直前ギリギリまで作業を進める。
一定のレベルまで行った頃、稽古用のキャスティングをしているような声を聞く。
あれれ?思わず声をかける。
やる時は言ってと言ってあるのに。
すぐに稽古に合流する。
役者の仕事。

まだ未完の台本を繰り返し稽古していく。
当然、全体感などは、わからない。
わからないなりに、台本から、まだ少ない情報を読み取っていく。
文字で書かれた劇を、肉体を通すことで、演劇にしていく。
毎公演、毎週毎週続いてきたこと。
とっても、当たり前なことで、知らぬうちに日常になってきたこと。

まだ初見のシーンも含めて、台本を読まずに芝居を見たりする。
残念ながら、まったく、内容が自分の中に入ってこない。
キャラクターの見分けもつかない。
ここから、どこまで進むだろう。

いつものように。
いつもの稽古が続く。
おいらは、おいらなりに、今度の作品をもっとわかりやすく、もっと伝わるように。
自分なりの解釈を練り込みながら、様々な役を演じていった。

後半、全員のキャスティングも決まった。

飯休憩の隙間を縫って、印刷物のデータがほぼほぼ校了。
稽古終了後に、監督に、確認をしてもらう。
とりいそぎは、これともう一つだけ。
それが終われば、あと2つ。本番前にもう2つ。
まぁ、いつものように、粛々と進むだけだ。

帰って、そのまま入稿してしまおうと思ったけれど。
前日の作業も含めて、アルコールを肉体に入れたかった。
今週末をよく乗り切ったと、自分なりに思いがある。
・・・というか、完全に疲労している。
この疲労を、アルコールで吹き飛ばせないかなぁなんて思ってた。

まぁ、結果、疲労はなくなった気がするだけで、激しく残っているけれど。

いつものように、作品の稽古が走り始めて。
いつものように、おいらは、同時作業を進めて。
いつものように、各々が苦しむのだろう。

でも、本当はいつもとは違う。
違うんだよなぁ。
前日に、音声が仕上がったんだぜ。
まさに、映画が生まれる直前なんだぜ。
この責任、この意義、それまでとそれから。
わかってるかなぁ。わかってないかなぁ。
きっと、そろそろ出来上がる!と待ってるだけかもしれないけれど。
そうじゃない。
これが、完成したら、同時に、おいらたちは、生まれ変わらなくてはいけない。
そのことは、結局、うまく伝えられないままだ。

いつものように。
稽古をして。
また一週間がはじまる。

昨日までのおいらは、もう、どこにもいない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:24| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする