2017年09月23日

たまには別の場所から

こんな時間になってしまった・・・。
というのも、本日のスケジュールがやや込み入っていて。
昨晩、書くことを断念して、朝早くから活動していたのだ。
ようやくそれも終わって、時間が大いにあく。
夜からは10月に予定しているライブのリハだ。
帰宅するにも時間も交通費もとても無駄になる。
そんなわけで、ネットカフェに移動してBLOGを書き始めようと思ったら、寝ていた。
がっくり。

しかし、ネットカフェのなんたる心地よさか。
分煙はもちろんだし、ドリンクはフリー。
リクライニングシートと、フラットシートを選べる。
トイレに行くのも、スリッパが用意されているし、簡単な毛布などもある。
食べ物も、PCで注文すれば部屋に持ってきてくれるらしい。
それが安価なのだから、これはもう、立派な簡易ホテルだ。
ひさしぶりに入ったら、より洗練されて、きれいになっているので驚く。
そして、レジで並んでいたことにも驚愕した。

活動的な日というのは、良いものだ。
予定が詰まっているのだから。
悪いことではない。
その活動の先にしか、実は、なんにも待っていないのだと、最近特に思う。
なにもしなければ、何も生まれることはない。
因果応報なのだ。
だから、もちろん、活動するにも、選択はしなくちゃいけない。
間違った選択は、いずれ、本当に進みたい方向に向かうときに足を引っ張る。
こっちじゃなかったんだけどなぁなんて、後で嘆いてもしょうがないのだ。

それにしても、映画というのは結果が出るまでが長い。
まだ公開もしていないし、なんの結果も出ていないわけで。
もうすぐ撮影から一年の月日が経つのだから。
でも、映画を製作したことは、例えばすぐに結果が出ないのだとしても。
間違った方向性のはずがない。
選びようがない、そこしかないというときもあるけれど。
やはり、映画製作は、意志をもって選択したのだと改めて思う。
いずれ、その結果も出る。

その選択の一つが、バンド結成だった。
そのリハに久々に向かう。
朝の用事の大荷物を持ったままだ。
やれやれだ。
バンドを選択したことも、今となっては間違っていなかった。
バンドでつながった人脈は映画でも助けてくれた。
レコーディングで知った技術が、撮影でも編集でも役立ってくれた。
そして、アーティストの持つ共通した何かをより明確に自分の中に持つことができた。

僕の前に道はないと高村光太郎が言った。
僕の後ろに道ができるとその後ろに続けた。

すべてが終わったときに。
どんな道を描いているのかな?
自分で予測すらできないよ。

さあ、もう一歩。
始めなきゃ何も始まらないんだから。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 19:50| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

150年

大政奉還から150周年なんて、耳にした。
おいらたちは、舞台でかつて幕末の時代の作品を数多く演じてきた。
だから、何冊もの本を読んで、とても詳しくなってる。
なんというか、大政奉還から150周年なんて祝ってたら来年以降は大変だ。
だって、翌年に鳥羽伏見の戦いから、明治維新が起きたわけだから。
来年は、維新から150周年だし、それ以外にもずっと続く。
当然、江戸が東京になったわけで、東京の150周年でもあるはずだし。
憲法を手にして150周年だったり、電車の150周年だったりと、どんどん出てくる。
あの数年は、まさに、時代が変わった数年だから、一つの出来事の150周年なんてちゃんちゃらおかしい。
それこそ、坂本龍馬没後150周年も、今年のはずだ。

まぁ、もちろん、観光の誘致であったり。
節目を付けることで、様々な宣伝効果があるのだとは思う。
四十九日、百箇日、一周忌、三回忌、七回忌と、人は供養にまで区切りをつけるのだから。
そういう区切りがあったほうが、より、イベントだって組みやすくなる。
きっと、東京五輪ぐらいまでは、あの時期に起きた様々な出来事の150周年が続く。

人が幕末を口にする時。
それは、歴史上の話になる。
当たり前のことだけれど、明治維新以降、明治期しばらくは、例えば幕府側の新撰組などを題材にした本もなかった。
まだ、生々しすぎたから、物語には出来なかった。
明治中期を越えて、明治後期に入ってから、ようやく物語が生まれてくる。
学校の歴史はどういうわけか、縄文時代から始まって、幕末ぐらいで終わる。
近代史は、時間が足りなくて、あまり詳しく教えてくれなかった。
ある意味では、思想教育になりかねないと、教師が避けていたんじゃないかなんて思ってしまう。
だから、歴史上の物語は、ぷつんとそこで終わるような錯覚を起こす。
近代に入った途端に、歴史上ではなく、リアルな話になってしまう。

もちろん、明治や大正や、戦前戦中を舞台にした作品は数多くある。
けれど、なんとなく、歴史物語というのとは違う感じがする。
ちょんまげをしていて、刀を差している時代とは、線引きされているような感覚がある。
150年も経過しているのにだ。
写真などが生々しく残っていたり、親族が生きていたりと言うのもあるだろうけれど。
どうしても、それ以降の物語は、あまりディフォルメしてはいけないような・・・
そんな雰囲気がある。

セブンガールズを、映画の国際見本市に提出した時に、だから、少し驚いた。
簡単な映画の紹介の中に、そのジャンルが書かれていて。
そこに、historyと書かれていたからだ。
海外出展で、歴史ものですよ!と書かれていた。
あ、そうなんだ、と、そこで初めて、歴史ものなんだなぁなんて気付いた始末だ。
もちろん、現代劇じゃないことは重々承知しているのだけれど。
どこか、現代と繋がっている感覚が残っていた。

すでに戦争映画なんて、時代劇なんだぜ。

そんな言葉をふと思い出す。
そうかもしれないけれど、なんで、そうでもないなぁと思ってしまうのだろう?
150年だよ。
それは、相当な時間だ。
戦後からだって、72年。
当時ハタチの若者がすでに92歳という大昔だ。
江戸幕府だって300年なんだから、その半分と思えば相当長い。
これは、おいらだけの感覚なのだろうか?
歴史もの。時代劇。と言えば、大河だったり、ちょんまげだからだろうか?

いや、やはりそうじゃない。
敗戦の痛みが、それほど大きかったからだとしか思えない。
その痛みをどうやって、忘れずに、戒めとするのか。
これからの日本を考えれば、どうしても、この近代という時代を過去に出来ないのだと思う。
戦争映画を時代劇にしたらいけないんじゃないか?そんな思いがどうしてもよぎる。
それは地道に、教育にも、ニュースにも、下手したら喜劇や笑いにまで沁み込んでる願いだ。

きっと、未だに整理できていない。
きっと、未だに解決できていない。
きっと、未だにトラウマになっている。
黒船の来航から続く近代は、どこに向かおうとしているのだろう。

大きな大きな価値観の変化がいつかやってくる。
その時までに、きっと、様々な作品が、一歩ずつその変化のために生まれてくるだろう。
普遍的なものなんて、この世にあると思えないけれど。
あるとするならば、その時に初めて見えるものがあれば、それを持っている作品は普遍なのかもしれない。

全ての作品はそういう隙間から、生まれてくるものなのだと思う。
そしてそれはきっと、全て、未来に繋がっている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:14| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

受け継がれる意思

北野武さんが浅草に行き、師匠について話すというスペシャル番組を観る。
なんというか、心に染み入る番組だった。
たけしさんの演じる鬼瓦権蔵は、師匠にそっくりなんだそうだ。
まるで、乗り移ったかのようだったと、当時の踊り子さんが証言していた。

おいらが、すげぇなぁ。すげぇなぁと、何度も思ったこと。
それは、何度も何度も、師匠の芝居がうまいとたけしさんが繰り返し言ったことだ。
テレビに出た人じゃないから、証言しかないのだけれど。
とにかく、芝居がうまかったと何度も何度も口にした。
あんなにうまい人はいないと。
もちろん、弟子の視点だし、当時の観客の証言ではないけれど。
きっと、心から惚れ込んだ芝居だったからこそ、そういう言葉が出てくる。

結果的にたけしさんの方が有名だし、売れっ子だし、神様のように言われちゃうしなのに。
自分は、師匠の芸の足元にも及ばないと、本気で思っているのがとても伝わった。
師匠に勝てたなんて、恐らく、一度も思ったことがない。
むしろ、師匠は売れなかったけど芸を極めた人で、自分は売れたけど芸を極められていないなんて言う。
売れるというのは、どうしても、ゴールにならないんだろうなぁ。
売れたって、乾いているのがとってもよく伝わってくる。

弟子と言うと、色々と教えそうなものだけれど。
聞いていると、どうも、教えているような雰囲気はなかった。
とにかく、付き人で、いつも一緒にいる。
芸は観て盗めという事で、自分に良いも悪いも言わないし、教えるようなこともしなかったらしい。
・・・そんなシャイな師匠がいるんだなぁ。
でも、苦しかったともたけしさんは口にした。
自分の芸の足りなさ、師匠と舞台に上がる緊張感。

どうしても、ツービートで売れたから漫才と言うイメージが強いけれど。
ストリップ小屋でのコントから始まっていて。
コントがしたいのに出来なくなって、漫才をすることにしたなんて言い出す。
すぐに、戦場のメリークリスマスをはじめとして、俳優としても活躍したけれど。
喜劇俳優になりたかったんだ。芝居をしたかったんだ。と思ったら。
なんというか、なんというか。
急になんともいえなくなって、泣きそうになった。

師匠を観ていたから、映画の座頭市では、殺陣師を入れなかったらしい。
自分で殺陣は全部考えたって。
それは、師匠の立ち回りをみていたからだと。
何年経っても、基礎がある。観て盗んだものは忘れない証拠だ。

今も一緒に舞台に上がっていた浅草の芸人なんかも現役で舞台に立っていて。
インタビューなんかに答えていた。
印象的なのはさ。
浅草をやってるよ、だって、映画も海外で評価されるけど大ヒットしないでしょ?その感じが。
・・・なぁんていう言葉。
世界の巨匠になんてこと言うんだとも思うけれど。
浅草と言う出自があって、師匠と言う物差しがあって、その上で自分の表現を突き詰めている。
だからこそなんだなぁと思う。
お笑いタレントや俳優や監督や色々な顔を持つけれど、根っこに浅草芸人がどんと居座ってる。

芸には、やっぱり、DNAがあるんだなと思った。
遺伝していく。
それは、血縁よりもずっと濃いのかもしれない。
生まれる以前に決まる人間の設計図を、学ぶことで越えられる。
神が作ったバトンを、人間が作ったバトンが凌駕する。
芸の遺伝って、きっと、そうだ。

自分の胸に手を当てる。
自分が運んでいる芸のDNAを思う。
遺伝している。
もちろん、監督の教えもあるし、芝居の師匠の言葉もある。

この道にいる限り、それを運び続けないといけない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:37| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする