2017年07月24日

Tomorrow Never Knows

不思議な空気が漂う稽古場だった。
その空気を敏感に感じている人はどんな風にそこにいただろう?
おいらは、その空気を全身に浴びた。
とことん、自分で、それを味わってやろうと思っていた。

あまり待つのは好きじゃない。
待っていても、良いことなんか今まで何もなかった。
だったら自分から進んだ方が、性にあっている。
監督が食事に行っている間に、ちょこちょこと開始したりもした。
ただ待ってても、つまらないから。

いつだって、そうさ。
待つぐらいなら、進め。
動け。

例えば泣こうが喚こうが騒ごうが。
例えば、地面に東京ドームよりも太い杭を打ち込んだとしても。
地球が回転することをやめることはない。
だから、誰が何をしようとも悲しいニュースが世界を駆け巡ろうとも、明日はやってくる。
待てば、明日はやってくる。
なんにもしなくたって、明日は来る。

けれど。
明日、何が起きるか、知っている人なんていない。
どこにもいない。
決まっていることなんか、本当はなんにもない。
だって、まだやって来てないのだから。
予測したって、予想したって、予言したって、決まってたって、意味がない。
なぜなら、まだやって来てないのだから。

ただ待っていたって、明日は来るけれど。
それが見知らぬ明日なら。
ただ待ってるなんてつまらないじゃないか。

この映画の舞台となった終戦直後。
明日がやってくるのかすら、不安だったはずだ。
だって、道端に餓死者の遺体が転がっていることだってあったんだよ。
自分に明日が来るなんて保証はどこにもなかったし、食べるものだってなかった。
敗戦という大きな痛みで、何もする気になれなかった人たちもたくさんいた。
そんな中、食べ物を探しに、仕事を探しに、明日を探しに、栄養失調の足を一歩踏み出した人たちがいる。
明日が来るかもわからないのに、明日が来ると信じた人たちがいる。
そんな状況を生き抜いた人たちは、その明日の向こうに、こんな未来があるなんて思いもしなかっただろうな。
冷房の中で、毛布をかぶって、明日が来るまで熟睡しているそんな日が来るなんて想像できるわけがない。
自分に明日が来なくても、地球に明日がやってくるって、知っていたのかな。

明るい日と書いてアシタ。
アシタは、朝を迎えるという意味。
Tomorrowも、To morningという意味からの変化。
夜は怖くて、越えるもので、耐える時間で、死の時間。
朝は、その夜が去っていくこと。
だから、「明日がやってくる」っていう言葉には、何十もの呪文が含まれている。

誰も知らない明日がやってくる。
もうそこまで来てる。
それを待ってたんじゃない。
そこに、進んできた。
そう、思っている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:34| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

believe

その瞬間まで信じようと決める。
決めたんだから仕方がありません。

なんのために?
それもわからないけれど。
その瞬間まで信じないといけない気がする。

このプロジェクトを立ち上げた時。
おいらが、何よりも信じたのは、この作品の持つ力。
この作品は、どこまででも飛べると確信していたからこそ。
無謀とも思えるような遠大な彼方を観ることが出来た。

その彼方はまだ遥か先だ。
まだまだずっと先の話だ。
そこに辿り着けるかどうかすらまだまだわからない。
ただただ、一歩ずつ進むだけだ。

週が開ければヴェネツィアの作品が発表される。
それも、その発表の瞬間まで、おいらだけは信じていようと決めたんだ。
だって、この作品の力をおいらは信じたんだから。
そして、本当に色々なことがあって、今日にいたって、出来上がった作品。
もちろん、監督の作品だけれど、おいらにとっても子供みたいなものさ。
自分の子供を信じないなんてどうかしているだろう?

おいらが、信じようが、信じまいが。
それで、世界が変わることがない事なんて、大人になって、とっくに知っている。
一人の思いが世界に影響を与えることなんてない。
動け!動け!といくら念じたって、コップは動かないんだ。
本当に世界が変わるとしたら、その為に、ありとあらゆる準備と汗が必要だ。
念じただけで、どうにかなるものじゃない。
そんなに、甘い世界に生きてはいないのだ。
だから、意味なんかないのだろう。

だから、意味なんか求めていない。
これは、つまり、覚悟だ。
この企画を始めた自分の持つべき、最低限のノルマだ。
だから、信じるのだよ。
意味もないし、何かが変わるわけではなくとも。
信じるのだよ。

その先にしかない。
まず、信じることから始めるしかないのだから。
どんな現実だって、その先にしかありえないのだから。

あなたへのプレゼントは、まだここに残してる。
それじゃないんだ。本当は。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:42| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月22日

Hot coffee

BLOGを書こうと思っては、書き出せない。
なんにもない。
なんにもない日だ。
本当は言いたいことなんかなんにもないのかもしれない。

いや、なんにもなかった。
なんにもなかったはずだ。
それが、今は、何かを持ってる。
今まで持っていなかったものを持っている。

色々なことを考えてしまう。
そんな時は、小説を読んだり、ダラダラテレビを流して観たり。
別の情報を、ただ入れてみたり。
或いは、すごく真面目に、データ解析とかして見たり。

そういえば、芝居を初めて、ずっと色々な稽古場に顔を出したりして。
なんだか、色々な舞台を、もう何でもいいから見まくって。
難しい本を読み漁って。
そういうのが過ぎて、ふとした瞬間に、真っ白になったことがあった。
あの時となんだか似ている。

やらなくちゃいけないことはあるけれど、今、やろうと思えない。

クーラーの効いた部屋で、暖かいコーヒーをすする。
色々と自然に反した行為だ。
これが文化だ。
これが出来るのは、世界でも実は限られているんだってことも忘れている。
少なくてもおいらがガキの頃は、窓を全開にして、蚊取り線香を炊いて、スイカと麦茶で胡麻化してた。
扇風機はあったけどさ。
おいらがガキの頃よりも更に数段、文化は進歩しているみたいだ。

パソコンの画面にまだ見ぬ世界の景色を映し出す。
なんだか、Googleで、宇宙の景色まで観れるようになったって?
Windowsとはよく言ったもんだ。
この窓は、あらゆる景色と繋がり始めている。
引きこもったって、世界と直結できるんだから。

さて。
何を手にしよう。
何を持とう。

なんにもなかったのに。
何かを手に入れた。
それに価値があるのかどうかは別として。
それまでと、それからでは、大きな違いがある。
麦茶は、ホットコーヒーになったんだ。

たくさんのミラクルが起きて。
今、ここにいる。

胸を張るべきだとわかっている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 17:38| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする