2020年08月09日

公開86日目

母親の住む家に向かっていたら大きな羽音がした。
見上げると、手が届かないぐらいの高さをオスのカブトムシがゆっくりと空を飛んでいた。
こんなのはあまり見たことがないなぁと思いながら見えなくなるまで目で追った。
人間だけが大騒ぎをしている。
毎年のように繰り返しの夏がやってきている。

抗生物質が発見されるまで風邪は厄介な病気だった。
風邪から肺炎を起こして命を落とすというのは当たり前の話だった。
江戸時代、大人になることが出来る子供は生まれた数の半数だったのだから。
だからこそ、菖蒲湯、ゆず湯、風邪をひかないための風習は今も生活に浸透したままだ。
ネギや生姜や、味噌が風邪に効くなんて言う話もたくさん残ってる。
医学が発達をしたから出産の安全率も上がったし、その後の病気も薬で多く治るようになっただけだ。
映画「セブンガールズ」は戦後の物資不足の時代を描いているから、風邪も危険な病気として描かれている。
ストレプトマイシンもペニシリンも手に入らなければ、風邪は危険な病気になった。
コロナはただの風邪と言えば、攻撃されるようになっているけれど。
そもそも風邪が危険な病気であることを勝手に忘れているだけだ。
治るようになった風邪が治らないと、こんなにも世界は変わってしまう。

恐らく日本は島国で、村社会で、結界があって、鬼瓦があって。
大昔から「風邪」の流行に敏感な国だった。
鰯の頭で猫を誘いネズミを駆除したのだって、大きな意味では疫病対策じゃないだろうか。
仏様にお線香をあげるときは手で仰ぎなさいと言われたのだってそうだ。
息を吹きかけることは不浄で、手水で手を洗い口をゆすがなくてはいけないのだから。
離島での感染が問題になっているけれど、日本の村社会は小さな集落で出来ていたのだから当たり前かもしれない。
今のような予防接種もなく、抗生物質もない時代は、疫病が原因で廃村になった場所だってあるはずだ。
日本人に死者が少ない理由は、長い歴史の中で積み上げられてきた様々な知恵が今も生活の中に浸透しているからじゃないだろうか。
イタリアやドイツで、今では玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えるようになっているなんて時代がやってきている。

カブトムシが空を飛ぶように。
実は何一つ世界は変わっていない。
変わったのは人の心だ。
それもここ数十年の人の心だ。
風邪をあなどるようになって、いつまでも平和が続くと信じて、豊かであることが当たり前になっている。
夜が明るいことだって、地球の裏側のニュースが読めることだって、当たり前じゃない。
ほんの数十年前には女性に選挙権はなかったし、国連で人種差別撤廃を提案しても取り下げられる世界だった。
僕たちは間違いなく一歩ずつ一歩ずつ、様々な人を想いながら正しい道を探し続けてる。
そんな時に地球は僕たちにもう一度問い詰めてくる。
災害や、疫病は、僕たちに当たり前のように襲ってくる。
そのたびに世界が変わっていないことを思い知らされる。
変わっている人の心が、実はとんでもない遅いスピードでしか進歩していないことを。

今、地球上で唯一、映画「セブンガールズ」が上映されている場所が別府ブルーバード劇場だ。
物語の中で卑小な人間がそれぞれ滑稽に生き抜こうとしている。
あの撮影の日々、公開してからの熱い日々から時間が経って。
今も上映の機会が巡ってくることに誇りを持ちながら。
ほんの少しだけようやく俯瞰でこの映画が持つ意味を見ることが出来ている。
終戦直後、様々な感染症、性病の恐怖と共に娼婦たちは生き抜いている。
町医者はいつも娼婦たちの健康を気にしている。
今日も誰かが死んだなんて話が当たり前に出てくる。
必至に生き抜く彼女たちを今の僕はどう理解すればいいだろうか?
僕は今、生きていると言い切れるのだろうか?
もっともっと自分を追い込むべきなんじゃないだろうか?

今、地方にあるミニシアターは大変な困難の中経営している。
そんな中で「セブンガールズ」を選んでくださったからこそ、少しだけでも貢献したかった。
一人でも多くの皆様が足を運べるように、舞台挨拶を出来たらなぁと思っていた。
想うばかりで、何もできない今の僕は、生きているだけで、生きていないようなものだと思う。
でもなんだか同時に、コノやあさひに笑われるような気もするよ。
さ、仕事、仕事ってさ。

明日も朝が来る。
狩りにも、収穫にも行かなくたってコンビニで朝ご飯が食べられる。
別府では温泉が湧き続けている。
湯煙が今日も街を包むだろう。

映画館の椅子に座って。
暗闇の中で光るスクリーンを見て。
あの女たちの歌を聴いたら。
今、僕はたまらない気分になると思うよ。

SNSでセブンガールズを観てくださった方の言葉や写真を見る。
いつか僕も足を運んだ場所の写真を見て懐かしく思う。
あの店で食べたそばの味を思い出す。

たった一人でもいいから。
セブンガールズにまた出会う人が増えますように。
あの温泉街の映画館に一人でも誰かがやってきますように。

世界は何も変わってないのだから。
変わってしまった僕たちの心をもう一度見つめ直しながら。
僕は生きているのだと叫びたくなっている。


posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:42| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

公開85日目

別府ブルーバード劇場にて終戦75周年特集上映に呼んでいただいた。
その初日が終わった。
遠く関東から、ああ、今、上映が始まったなと思いを馳せる。
ロビーに飾られた花を見て、ああとため息が出る。
またセブンガールズが誰かと出会えているといいなぁと思う。

新型コロナウイルスの蔓延はどの業界よりも早くエンターテイメント業界に直撃した。
そして恐らくは、一番最後までその影響が残るだろうと言われている。
人が集まって同じ時間を共有する事は古来から続いてきた人間の持つ社会性そのものだ。
コンクリートに囲まれて、健康食かなにかを食べて、ネットニュースを読んで世界を知ることなんかできない。
たった一人の人間を理解することだって困難なのに、自分の事すらちゃんと理解できないのに。
人と経験を共有することまで断たれてしまえば、きっと人は社会性を失い悪い方向に向かっていくだろう。
人は人の温かみを知っているからこそ、ようやく封建的な社会を通り過ぎ、今の時代を迎えたのだから。
液晶モニターに映るそこには体温が通っていないのだから。
世界を知った気になっている人たちが溢れて、簡単に個人も人種も他国も攻撃してしまう。
反対側にいるものを汚い言葉でなじり、狭いムラの中で自分は利口だと鼻息を荒くする。
コロナ禍以降、それは加速しているように思えてならない。
感染症の蔓延がどんなに直撃しようとも、そこに人の体温を感じることのできる何かを絶やしてはいけないと思う。
自分の反対側にいる人間にも家族がいて、体温があって、相互理解を求めるべきだとわからなくなるからだ。

多くの作家たちがコロナ以前に書き始めた作品をコロナ禍後に書き直したのだという。
現実がフィクションを越えるような事態に、コロナ以前に書いたものをそのまま出すことは表現者としての死だと自覚した。
世界が変われば表現は変わっていく。
確かにどこかそれが起きる前の作品からリアリティが喪失している。
今という現実の中で、折角書いたそれまでの原稿を破り捨て、新しい時代に向かってペンを走らせる。
それを僕は祈りだと思う。
今も多くの表現者たちが変わってしまった世界の中で、これからの明るい方向を探している。
それを僕は願いだと思う。

映画館も様々な制約の中で、上映を重ねている。
多くのミニシアターがこの8月の中旬に戦争映画特集を組んでいる。
お声がけいただいた時はまさに緊急事態宣言の真っ最中。ステイホーム期間だった。
まったく先が見えない状況。県外移動などはとてもじゃないけれど想像も出来なかった。
あの日々、僕はただただ頭に来ていた。
正体不明のウイルス。
学者たちの提言に従うことしか出来ない自分の情けなさ。
身体の事を気にしながら、心が病んでいっていると感じながら。
その心のためにある演劇も映画も止められていることへの違和感。
僕はただただ頭に来ていた。
ふざけんなよ。ふざけんなよと思っていた。
そして別府に行くと心に決めていた。
特別な時期に上映をしてくださることを決めてくださったことに感動していた。

いや、正直に言えば今も頭に来ている。
誰かにとか何かにではなく。
継続してずっと頭に来ている。
自分になのだろうか?
それすらまったくわからないけれど。

先月から再び感染者が増えてきた。
あの頃よりも多い感染者数。
けれどあの頃よりも緩和された規制。
一縷の望みをかけていたけれど、またしてもあの「不要不急」なんて言葉を耳にする日までやって来た。
何で誰かに不要不急を決められなくちゃいけないんだろう?
僕にとっての必要は、あなたにとっての不要なんてことは普通の事だ。
あなたたちが大事にしているそのプライドは僕にとってはクソ以下のものなんだぜ。
個人的なことなのに、さも社会的なことのように発言しやがって。

別に大分県に関東から向かうことは禁じられていない。
実際に飛行機だってホテルだってある。
あちこちの観光協会はむしろ来て欲しいと手を挙げている。
だから実は今も行けるかどうか検討している。
ただどうしても、やめておきなという声が僕の周りで溢れている。
別府の館長のことを思ったり、母のことを思ったり。
何もできない自分がもどかしくて、心が張り裂けてしまうよ。
冷静に、自分に言い聞かせる。
何が正しいのだろう?

そのまま何もできないのが嫌だった。
先方からビデオレターを撮影できないかと連絡があったのはもう直前だった。
翌日には撮影して、データを送付しなくてはいけない厳しいスケジュール。
それでも何かできることを探していた僕は即答で送ると回答した。
大分県出身の堀川果奈と僕のメッセージを希望していただいたけれど、結局、堀川だけにした。

堀川こそ本当は大分に帰りたいはずだ。
実家があり、母親の新盆でもある。
それでも自分が感染していたらと考えて自粛している。
コロナのそばには「死」という言葉があって。
死生観が揺れている時期にある人ほど、心に大きなダメージを追う。
堀川は実は仲間の中でも、極度にコロナに不安を抱えている一人で稽古場でもゴーグルまで付けて稽古をしている。
部屋を出ることすら本当は怖いだろうと思ったから、堀川の家のそばでの撮影、それも外で出来るように手配した。
一番怖くないように手配して、距離をとって会話しながら撮影をした。

4日分、それぞれの日程でそれぞれの日にテーマを創って話してもらった。
その日来た人だけが見れるし、その後ネットでの公開などもしないつもり。
その日のためだけの動画を夜間に撮影して、深夜に編集して送信した。
最後に撮影したSNSでの告知用の動画を編集している時に気が付いた。
カメラの前ではマスクを外している堀川が。
告知動画のラストのラストに、カメラに向かって近寄って話していた。
僕はカメラのこちら側でマスクをして撮影していたのだけれど。
あんなにコロナに不安を抱えている堀川がマスクを外して近寄っているのは初めて見た。
そのカメラのこちら側には僕がいたのに。

それだけ安心して撮影できたのだったすれば良かったと思う。
まぁ、小野寺さんにだったらいっか的なことかもしれないけれど。
いや、きっと別府への想いが一瞬、コロナを忘れさせたのかもしれない。

湯煙がどこからでも見える街。
映画館の歴史が見えるロビー。
どの店に入っても笑顔に出会える暖かい人たち。
独特な暗がりに光るスクリーン。
きっと撮影しながら、別府ブルーバード劇場を思っていた。

想うだけでいいのかな。
祈るだけでいいのかな。
願うだけでいいのかな。
まだ心が悩んでいる。

三連休が始まる。
本当だったら夏休みの真っ最中。
レジャー施設はどこも人が溢れてこぼれてしまう日々。
湘南の海が芋洗いだ、汚い海だと、毎年のように報道される日々。
それが今年はない。
冷房が効いていて涼しい映画館も、例年ほどは人がいない。
けれど行くと想像以上に安心してスクリーンの世界に没頭できることがわかるよ。
そしてそれは心の中にほつれていた何かをきっとほどいてくれるよ。

たった一人でもまた誰かに会えますように。
大分が遠い皆様も。
時間が空いていたら、ふらりと近所の映画館に行ってくれたら嬉しいなぁ。
スクリーンの向こう側の世界は繋がっているのだから。

ふと夜風に乗って。
あの女たちの歌声がきっと聞こえるよ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:53| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月19日

公開84日目

あべのアポロシネマ 最終日。
二度目の大阪の一週間が終わってしまった。
一度目の大阪の一週間で出会ってくださったお客様が来てくださっていた。
二度目の大阪に足を運んでくださった方が最終日も来てくださっていた。
寄付だなんて偉そうなこと言ってるけれど。
僕は上映をしてくださったことを感謝しています。
だって、この映画が誰かとスクリーンで出会うことが出来たのだから。

実はセブンガールズのホームページのシアターのページに。
あべのアポロシネマの情報と一緒に別府ブルーバード劇場の情報を記載していた。
多分、あまりにも普通に書いていて誰も気付かないだろうなぁと思って。
やはり今日まで気付く人はいなかったのかもなぁ。
毎年、別府ブルーバード劇場さんではお盆の時期に戦争映画の特集を組みます。
終戦直後のこの作品も4日も呼んでいただけることになりました。
またぜひ誰か遊びに来て欲しいという言葉も頂きました。
そんなことを考えていたら、明日から県外に出ていいことになっていました。
まだまだ先の事だからわからないけれど。
舞台挨拶が出来たらいいなぁとこちらは思っています。
何も決まっていないからわからないのだけれど。

そうです。
セブンガールズの上映が終わったのではないのです。
続くのです。
この映画は再び旅を始めているのです。
今、多くの映画館が名画上映に踏み切っています。
ジブリの名作復活とか、ナウシカ上映とか、なんかすごいことになりつつあります。
その中にそっと混ざっていけたらいいなぁと思うのですけれど。

今回のあべのアポロシネマさんの上映ではどうだったのだろう。
今の状況の中では基準がどこにあるかわからないから何とも言えないけれど。
思ったよりもお客様が来てくださったんじゃないかなぁと思っているけれどわからない。
もっともっと来て欲しかったと思っているかもしれない。
ほんの少しだけでも、上映館の助けになっていたらいいなぁ。

大阪の街にまた行ける日は来るのだろうか。
意外と、来週からもう一週だけ!とか言ってくれたりして。
でも実は、関西は大阪だけなんだよなあ。
京都とか兵庫とかさ。
インディーズをかけてくれる有名なミニシアターがいっぱいある。
どこかがかけてくれたらなぁっていつも思う。
シアターセブンで関西初上映した時に、お客様の反応ですごく思ったこと。
関西圏でたくさん上映して欲しいなぁってこと。
それは今も自分の中に残ってる。
もちろん関西だけじゃないけれど。
行っていない場所だってあるのだから。

大阪でセブンガールズに出会ってくださった皆様。
皆様の心にほんの少しだけ何かを残すことが出来ましたでしょうか。
手作りの映画です。
たった5日で撮影しました。
あの小屋は自分たちで創りました。
編集だってしたんですよ。
人との距離をとれという今の世で。
雑魚寝をする娼婦たちをどんな風に観ましたか?
濃厚接触を重ねる彼女たちはどうでしたか?
心は繋がっていましたか?

皆様ご鑑賞ありがとうございました。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 00:32| Comment(0) | 夢の彼方に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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