2017年04月24日

百面相

朝起きて、打ち上げの連絡を回す。
打ち上げを兼ねた初号試写の案内。
むしろ、打ち上げがメインと言った方が良いかもしれない。
監督から、早めに現場スタッフさんと打ち上げを設定しなさいと言われて。
どうせなら、映像を流した方が良いと聞いてから、今日まで伸びてしまった。
どのスタッフさんも忙しいから、中々、日程調整も合わなかったのだ。

PCを背負って稽古場に向かう。
次回公演の印刷物を作りながらの稽古。
その稽古の途中に印刷されたDMが到着する。
宛名シールを貼り、切手を貼る。
お知らせは、チケット発売前に送らなくてはいけない。

届いたDMのデザインをPC画面と比較して、チラシのデザインの確認もしてもらう。
数人から意見をもらって、まとめていく。

実は、次回公演の台本が進み、キャスティングも済んでいるのだけれど。
今日の稽古場のメンバーで、唯一、おいらだけが台本に登場していなかった。
だから、作業に専念できるかもなぁと思ったけど、そうはいかなかった。
出ていなければいないで、代役をしなくてはいけない。
一人だけ本役がないから、かえって、誰よりも登場回数が多くなって忙しくなってしまった。
まぁ、台本を持っての代役とは言え、稽古できることは、確実にプラスだ。
気付くこと、台本の構造に触れること、流れを掴むこと。
代役をするだけでも、作品について多く知っていく。

今日までの台本を一通りなぞっていって。
そのあと、すぐに演出に入る。
稽古を眺めながら作業をしていたのだけれど。
なんか、まったく、進まなくなってしまった。

稽古後に食事。
たまに、飲み屋じゃない方にも行く。
今日の稽古について、ぐだらぐだらと、話す。
不思議なことだけれど、あまり、肯定はしない。
肯定しあっていても、なんの進歩もないからだ。
満足してしまうことに恐怖を感じる。
足りない部分を感じていないと、止まってしまうかもしれないからだ。
まだまだだ。全然だめだ。
常にそれを繰り返す。
そういう中からしか本当の自信は生まれてこないからだ。
厳しい意見の中で生まれた小さな肯定こそ、ポジティブな道を照らす。
まだまだだ。これからだ。全然だめだ。どうしよう。まずいよな。
目をそらさないで、そこを見ていく。

話しすぎて、いつもより、時間が遅くなっていた。
電車に飛び乗ると、M.A.済みの、ステレオ音声が届いた。
いよいよ、手元には、完成された映像と音声が揃ったのだ。
テロップと微調整で、完パケデータを納品できる状況にまで行く。
もちろん、打ち上げを兼ねた試写にも間に合う。

帰宅して、印刷物のファイルを開き、今日の整理作業だけしておく。
同時に、ブラウザ経由で、音声のダウンロード。
2.4GB・・・。
音声だけで、相当なデータ量だ。

さて、作業を続けようと思ったけれど、やっぱり、やめにする。
朝送ったメールの返信が溜まっているのに、そのお礼も出来ていないことに気づく。

今日一日で、自分の頭の中に流れ込んだ情報量の大きさを思えば、少し早めに就寝した方が良いと感じた。
朝早く起きて、メールを送ってから今まで、次々に色々なことが起きたのだから。
それに、届いた音声と映像を合わせて、再度見てみたいという強烈な欲求が今、湧きおこっている。
駄目だ。
今から、それを見たら、あっという間に朝がやってくる。

寝て起きれば。
自分の中で、今日の出来事が整理されているはずだ。

一番強烈に感じたことがある。
それは、足を前に進めてきた証とも思えるものだった。
逃げなかったものにしかわからないことだった。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:35| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

光射す道

季節のものを食す。
タケノコ。
今は一年中食べれるけれど、元々は春にしか食べることが出来ない。

考えてみたら映画も同じだ。
元々劇表現は、実際に足を運んで劇場でしか見ることが出来ない。
進歩は、それを、その範囲を拡大していく。
季節と外れた食材が手に入るようになったことと同じように。
劇表現は、映像に残すことが出来るようになった。

やがて、映像は映画館を飛び出して、家庭のテレビでも観ることが出来るようになる。
今は、テレビすら飛び出して、ネットワークを通じて、携帯端末でも観ることが出来る。
本来は神との交信ですらあった劇表現が、気軽にどこでも楽しめるようになった。

科学の進歩は常に、光射す方向に向かっている。
便利になっているというだけではない。
もっと、素敵だなと思えること、もっと、美しいなと思えること。
そういう方向に進もうと思うからこそ、便利になっていくだけだ。
冬にキュウリをかじり、夏にタケノコを食べることが出来るのは、誰かが光を観たからだ。

戦争は飛躍的に科学を進歩させるという。
確かに、それも、間違っていない。
けれど、全ての科学が本当に兵器開発から生まれたと思っているのだろうか?
ほとんどの開発は、光射す方向を観て、研究され開発されたはずだ。
それを、兵器に転用できると、考えてしまう欲望を持った人がいるだけの話。
世界最古の鉄器が、剣だと本気で考えている人がいるのだろうか。

急速に発展した科学が向かう道が、どこに行くのかなんて、誰もわからない。
結局、想像力で埋めていくことしかできない。
けれど、間違いなく言えるのは、だれもが光射す方向を観ているという事。

忘れてはいけない。
進むことを恐れてはいけない。
光射す方向を見続けなくてはいけない。
進歩は、いつまででも、出来る。
向上は、どこまででも、出来る。

おいらが、歩く道は、そこに向かっている。
強烈な光に。
些末なことや、つまらないレベルに迷わされても。
目指している場所は、いつだって、変わることはない。
それは、欲望から生まれてくるものではない。
それはきっと、生活そのものからしか生まれてこないものだ。

土の中から、頭を出すタケノコ。
光を求めて。
あっという間に、一直線に、天に向かって伸びていく。
竹の持つ純粋さを、おいらは、食べているような気分だったよ。
光を求めて。
篁に潜む、大いなる力を。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:53| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

再始動

肩を落としたままでは何もできない。
とは言え、なぜかスケールの大きすぎることで、本気で落ち込んでいたけれど。
そんな、落ち込んだ状態でも、次に進まなければと、重い足を前に踏み出す。

まず、プロデューサーに今後のスケジュールの確認をする。
最短で上映する可能性があるとすればカンヌだったからそれを基準に完成を目指していた。
仮のゴールだ。
そして、今、梯子を外されたような状況で、どこの完成を目指すかになってくる。
当然、スケジュールは変動するからだ。

返信が来て、スケジュールについて改めて確認する。

まずは初号試写。
そして、マルシェ・ドゥ・フィルムが待っている。
カンヌ映画祭が、世界最大と言われるゆえんは、映画祭の規模と歴史だけではない。
映画界の権威である映画祭と、それだけでは足りないと始まった各部門。
そして、世界中の映画人が集まる南フランスの風光明媚な観光地では、世界最大のフィルムマーケットが開かれるようになった。
それが、マルシェ・ドゥ・フィルム。
先日の香港と、アメリカと並んで世界三大マーケットと言われるほどの大きさだ。
基本的に映画祭では、関係者が集まることもあって、マーケットの併催が多いけれど。
このマルシェ・ドゥ・フィルムは、その中でも規模が違う。
12000人以上もの、映画関係者が集まるマーケットだという。

WEBのトップページにも記載されている。
12000人以上の関係者、3200人のプロデューサー、1200人のセールスエージェント。
1750人のバイヤー、800人の映画祭プログラマー。
世界中の映画関係者が一堂に帰すると言っても決して過言ではない。
前回の香港フィルマートでは、完パケを持っていくことが出来なかったけれど。
今回のマルシェ・ドゥ・フィルムでは、完パケを持っていくことが出来る。
準備できるなら、試写だって可能だという事だ。
実際、3桁の作品の試写が期間中に行われるという。

だからこそ、カンヌ映画祭に、誰もが参加したがるのだ。
どの部門であっても、この映画祭期間に話題になった作品は、必ず世界中で上映されるという。
世界中の映画関係者がそこに集まるからこそ、活発に映画評論が行われるし、情報伝達も早い。
北野武監督の「ソナチネ」なんかも、あっという間に話題になったとどこかで読んだ記憶がある。
そこでは誰もが映画を愛して、誰もが新しい映画を探している。
上映される映画祭参加は、誰もが望むべくして存在している。
見せたいと、観たいの、需要と供給が完全に合致している。
有力なバイヤーの誰かが、絶賛していたらしいという噂だけでも、大きな大きな評判になる場所だ。

もちろん、日本での上映の前に、再度、編集の手を入れることも出来る。
だから、今は、海外用の完パケを、ここで決定!と作り切ってしまうことだ。
映画祭に参加しなくても、「Seven girls」は、カンヌに行くのだ。

まだ、少し、ああ、選ばれていたらなぁなんて、考えてしまうのだけれど。
再起動までは出来ない。
自分の中で切り替えて、初号試写の確認をしていく。
試写室を借り切っての関係者試写にするか、プロジェクターのある個室居酒屋での打ち上げを兼ねたものにするか。
先週のうちに監督に確認して、場所探しも、別で依頼しておいた。
各スタッフさんに、連絡を取る。
電話で話すスタッフさんは、いつものように応対してくださる。

初号後に、手を入れたい箇所が監督から出てこない限り。
ここで、映画が一度、完成するはずだ。
再起動できないけれど、再始動だ。

さあ。
仕上げ作業に入ろう。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 11:45| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする