2017年04月25日

舞台のチケット発売へ

いつものことだけれど、このチケット発売日前後がとてつもなく忙しくなる。
DMの準備、宣伝材料の準備、予算の組み立て、各スタッフ様の確保、その他諸々。
より公演に向かって稽古が円滑に進むように、キャスティングや美術のプラン立て。
ディティールまで行かなくても、大きな枠での目標などもどんどん作っていく。
あとで、あれどうするんだよ!にならないようにするだけでも、大変なことなのだ。

それが、打ち上げを兼ねた試写の直前なのだから、作業が重なる。
どうなっちゃうんだろう?なんて思いつつも。
色々、滞っている作業もありつつ、同時進行していくしかない。
チケット発売日も、なんとか、いつもと同じ時期に出来たという感覚だけれど。

チケット発売日前には必ず応援してくださっているお客様にDMを送るようにしている。
実は、演劇界でもDMについては、もうどんどんなくなっていっている文化だ。
SNS全盛の今、ましてや、PC時代と違ってスマフォ時代。
情報を郵便で受け取るという事が果たして、本当の意味でのお知らせになるのか?という部分だ。
実際、今の若い劇団はDM送付などはしていない劇団も多い。
SNSを駆使して・・・Facebookページや、Twitterだけではなく、Youtube、BLOG、LINEなどなど。
今の時代に則した形での、公演告知が殆どになっている。
今や、WEBでの告知すらしないということも、観るようになってきた。
WEBの情報なんて、プレイガイドでも開示されているから、それをシェアしたほうが早いのだ。
もちろん、その為には、劇団に所属する全員のネットリテラシーの向上が必須なのだけれど。

チケット発売日に間に合わなかったのはチラシだ。
これは、本当に面目ないけれど、そもそもどう考えても時間的に厳しかった。
映画がなくても、たぶん、厳しいぐらいの時期に情報が確定していった。
だから、もう逆にじっくり作成する方向に切り替えつつある。
公演の詳細な情報と、映画製作のニュースを同時掲載する。
下北沢を中心とした各劇場などで配布されるチラシなのだから、なるべく多くの情報を掲載する。
実際、これは大きなメリットがあると思っている。

小劇場が、主宰が脚本監督、そして劇団員が出演という形で、映画製作したなんて後にも先にもない。
おいらの記憶が正しければ、史上初の試みだ。
実は、小劇場作品を映画にするというのは数年前から頻繁になっている。
今度のカンヌ映画祭のある視点部門にエントリーされた「散歩する侵略者」だって、元は小劇場作品なのだ。
カンヌ常連の黒澤清監督が、著名な俳優をキャスティングして映画化している。
少しずつだけれど、世間様がどうやら小劇場と呼ばれる世界に、すごい作品があるらしいと気づきつつある。
大人気になったドラマ「カルテット」の表現技法も、小劇場界ではもう20年も前にやられていた技法だ。
これを、テレビでやると新しいなんて言われるんだねぇなんて、後輩と話したりする。
でも、そのぐらいのタイムラグが実際にあるんだなぁと思う。
もし、この「Seven Girls」という企画がなんらかの足跡を残せたら。
もっとずっとずっとダイレクトに、小劇場作品が世に出る機会を多く持つことになるだろうと思う。
様々な困難な壁があるとしてもだ。
そういう挑戦している劇団なのですよとチラシに掲載するのは、とても良いことだと思う。
それは、劇団の姿勢を見せることになるから。

そして、同時に、映画にとってもメリットになる。
劇団が映画を創ったらしいという話が、劇場周りで少しずつ広がればいい。
その中から何人かが、いずれ映画館に足を運んでくれるのかもしれない。
そして、そこでこの映画を知った人が、映画について話す場所は、やはり小劇場近辺になる。
映画という世界ではニッチな部分かもしれないけれど。
そういう場所で噂になったり、口コミに上がることは、間違いなくプラスのことだからだ。

同時進行になるのは、そういう意味で必然なのだ。
表裏一体。
実は、同じことをしているのかもしれない。

未来をみて、進む。

それだけだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:55| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

百面相

朝起きて、打ち上げの連絡を回す。
打ち上げを兼ねた初号試写の案内。
むしろ、打ち上げがメインと言った方が良いかもしれない。
監督から、早めに現場スタッフさんと打ち上げを設定しなさいと言われて。
どうせなら、映像を流した方が良いと聞いてから、今日まで伸びてしまった。
どのスタッフさんも忙しいから、中々、日程調整も合わなかったのだ。

PCを背負って稽古場に向かう。
次回公演の印刷物を作りながらの稽古。
その稽古の途中に印刷されたDMが到着する。
宛名シールを貼り、切手を貼る。
お知らせは、チケット発売前に送らなくてはいけない。

届いたDMのデザインをPC画面と比較して、チラシのデザインの確認もしてもらう。
数人から意見をもらって、まとめていく。

実は、次回公演の台本が進み、キャスティングも済んでいるのだけれど。
今日の稽古場のメンバーで、唯一、おいらだけが台本に登場していなかった。
だから、作業に専念できるかもなぁと思ったけど、そうはいかなかった。
出ていなければいないで、代役をしなくてはいけない。
一人だけ本役がないから、かえって、誰よりも登場回数が多くなって忙しくなってしまった。
まぁ、台本を持っての代役とは言え、稽古できることは、確実にプラスだ。
気付くこと、台本の構造に触れること、流れを掴むこと。
代役をするだけでも、作品について多く知っていく。

今日までの台本を一通りなぞっていって。
そのあと、すぐに演出に入る。
稽古を眺めながら作業をしていたのだけれど。
なんか、まったく、進まなくなってしまった。

稽古後に食事。
たまに、飲み屋じゃない方にも行く。
今日の稽古について、ぐだらぐだらと、話す。
不思議なことだけれど、あまり、肯定はしない。
肯定しあっていても、なんの進歩もないからだ。
満足してしまうことに恐怖を感じる。
足りない部分を感じていないと、止まってしまうかもしれないからだ。
まだまだだ。全然だめだ。
常にそれを繰り返す。
そういう中からしか本当の自信は生まれてこないからだ。
厳しい意見の中で生まれた小さな肯定こそ、ポジティブな道を照らす。
まだまだだ。これからだ。全然だめだ。どうしよう。まずいよな。
目をそらさないで、そこを見ていく。

話しすぎて、いつもより、時間が遅くなっていた。
電車に飛び乗ると、M.A.済みの、ステレオ音声が届いた。
いよいよ、手元には、完成された映像と音声が揃ったのだ。
テロップと微調整で、完パケデータを納品できる状況にまで行く。
もちろん、打ち上げを兼ねた試写にも間に合う。

帰宅して、印刷物のファイルを開き、今日の整理作業だけしておく。
同時に、ブラウザ経由で、音声のダウンロード。
2.4GB・・・。
音声だけで、相当なデータ量だ。

さて、作業を続けようと思ったけれど、やっぱり、やめにする。
朝送ったメールの返信が溜まっているのに、そのお礼も出来ていないことに気づく。

今日一日で、自分の頭の中に流れ込んだ情報量の大きさを思えば、少し早めに就寝した方が良いと感じた。
朝早く起きて、メールを送ってから今まで、次々に色々なことが起きたのだから。
それに、届いた音声と映像を合わせて、再度見てみたいという強烈な欲求が今、湧きおこっている。
駄目だ。
今から、それを見たら、あっという間に朝がやってくる。

寝て起きれば。
自分の中で、今日の出来事が整理されているはずだ。

一番強烈に感じたことがある。
それは、足を前に進めてきた証とも思えるものだった。
逃げなかったものにしかわからないことだった。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:35| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

光射す道

季節のものを食す。
タケノコ。
今は一年中食べれるけれど、元々は春にしか食べることが出来ない。

考えてみたら映画も同じだ。
元々劇表現は、実際に足を運んで劇場でしか見ることが出来ない。
進歩は、それを、その範囲を拡大していく。
季節と外れた食材が手に入るようになったことと同じように。
劇表現は、映像に残すことが出来るようになった。

やがて、映像は映画館を飛び出して、家庭のテレビでも観ることが出来るようになる。
今は、テレビすら飛び出して、ネットワークを通じて、携帯端末でも観ることが出来る。
本来は神との交信ですらあった劇表現が、気軽にどこでも楽しめるようになった。

科学の進歩は常に、光射す方向に向かっている。
便利になっているというだけではない。
もっと、素敵だなと思えること、もっと、美しいなと思えること。
そういう方向に進もうと思うからこそ、便利になっていくだけだ。
冬にキュウリをかじり、夏にタケノコを食べることが出来るのは、誰かが光を観たからだ。

戦争は飛躍的に科学を進歩させるという。
確かに、それも、間違っていない。
けれど、全ての科学が本当に兵器開発から生まれたと思っているのだろうか?
ほとんどの開発は、光射す方向を観て、研究され開発されたはずだ。
それを、兵器に転用できると、考えてしまう欲望を持った人がいるだけの話。
世界最古の鉄器が、剣だと本気で考えている人がいるのだろうか。

急速に発展した科学が向かう道が、どこに行くのかなんて、誰もわからない。
結局、想像力で埋めていくことしかできない。
けれど、間違いなく言えるのは、だれもが光射す方向を観ているという事。

忘れてはいけない。
進むことを恐れてはいけない。
光射す方向を見続けなくてはいけない。
進歩は、いつまででも、出来る。
向上は、どこまででも、出来る。

おいらが、歩く道は、そこに向かっている。
強烈な光に。
些末なことや、つまらないレベルに迷わされても。
目指している場所は、いつだって、変わることはない。
それは、欲望から生まれてくるものではない。
それはきっと、生活そのものからしか生まれてこないものだ。

土の中から、頭を出すタケノコ。
光を求めて。
あっという間に、一直線に、天に向かって伸びていく。
竹の持つ純粋さを、おいらは、食べているような気分だったよ。
光を求めて。
篁に潜む、大いなる力を。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:53| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする