2016年11月05日

タイムマシン

父の七回忌に向かう。
数年ぶりに会った姪っ子も甥っ子も、想像以上に大きくなっていた。
子供の成長は早い。

時間とは、個人の観念のモノだという。
毎日顔を合わせている仲間の変化には気付きづらい。
嫌なことをやっていれば、最後の1分は永遠のように感じる。
楽しいことに夢中になっていれば、あっという間に時間は過ぎていく。
脳の認識で時間の長さは変わる。
世界は、常に脳が認識していることがハッキリとわかる。
父が亡くなって六年という歳月もちょっと、自分の中では理解できない。
きっと、夢中になっていた年月は、どんなことだって、あっという間に感じさせる。

先週の金曜日は、撮影の最終日で、一番遅くまで撮影した日だった。
おいらは、照明さんのバラシが終わるまで待ったから、帰りがとても遅かった。
それがまさか、つい先週の話だなんてちょっと信じられない。

法事を終えて、某企業に足を運ぶ。
いつものように、笑顔で対応してくださるご担当者様。
お借りしたロケ地の鍵一式をお手元に返却した。

いつになるかわからないけれど、2~3年のうちにあのロケ地がなくなるかもしれないという。
20年以上眠り続けてきたあの敷地は、いよいよもって、更地になろうとしている。
おいらたちは、そこに空気を入れて、美術セットを組んだ。
何年も放置されていたあの場所を最後に映像に収めてもらえることは嬉しいことでした。
そんな言葉をご担当者様に頂いた。
もったいなさすぎるほどの言葉だ。

おいらは朝陽館の若主人の言葉を思い出していた。
廃業する歴史ある旅館の家具や建具をいただいた時に言われた言葉。
この旅館は僕の人生そのものです。ここで生まれて、ここで育ってきました。
どうせ捨ててしまうこの家具を、使ってくれるのは、とても嬉しいことなんですよ。
そんな言葉だ。
まるっきり、同じような言葉を、おいらは別の方から頂いたことになる。

愛情にあふれている。
愛着のある土地に、愛着のある家具でセットを建てたのだ。
そして、おいらは、今、あのロケ地に愛着を持っている。
あそこが更地になるかもしれないという話は、とても寂しいなぁと感じていたのだから。

時間の観念は、脳の認識で大きく変わっていく。
100年続いた旅館の家具と、20年以上眠っていたロケ地と、18年間培ってきた劇団という団体。
その全てが70年前を描いた2時間超の映画になっていく。
結果的に、その映画を観てくださるお客様にとって、それがどんな時間になるんだろう?
映画に封じ込めるのは、脳が認識している世界だ。

鍵の返却が終わった後、久々に新宿の紀伊国屋に行った。
編集の勉強を少しでもしたかった。
amazonじゃ出来ないことだ。
ソフトウェアの使用方法よりも先に、全体の流れ、基本的なことを知りたかった。
おいらは時間を忘れて、本を探して、読んでいた。
これから始まる編集作業から公開までの流れを。
おいらは、後になってどんな時間と感じるだろう?

おいらもいつかは、親父のように目をつぶる日が来る。
その時に、自分の生きた人生をどう感じるかな?
あっという間だった。
そんな風に感じられたらなぁって、つくづく思うよ。
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2016年11月04日

ナグリを置いて、マウスを手にする

11月4日になった。
親父の七回忌。
ロケ地がみつかっていなかったら、行けないことも覚悟していたけれど。
なんとかかんとか行けそうだ。

・・・とは言え、それが終わればロケ地をお借りした企業様に鍵を返しに行くことになっている。
時間がかかるようなら早めに辞するつもりだ。
お世話になったあのロケ地の提供は本当に本当に大きなことだった。
ご担当者様の優しい言葉のメールが、今も胸に残る。
ご迷惑もおかけしたから、お礼をしなくてはいけない。
数十年も眠っていた土地が、映画として記録に残る。
あの素晴らしいロケーションは、もう一度、深く眠ることになるだろう。

このBLOGを書き始めて、一年経過して鍵を返す。
本当に折り返し地点のようで偶然にしては出来すぎな気もする。
でも、これはきっと、そういう偶然が重なってできていく物語なんだ。
現実だけれど、同時にサクセスストーリーでもある。

撮影はまだ少しだけ残っている。
とは言え、早ければ午前中に終わってしまうようなボリュームだ。
一か所だけ、ナイト撮影があるけれど、そのシーンをどうするかで決まるだろう。
あのロケ地では撮影できない、或いは、あのロケ地じゃなくても良いシーンなだけだ。

撮影は終わっていないけれど、編集はもう開始できる。
100シーン以上撮影が出来ているのだから、先行して始めることが出来る。
おいらの手元に来るのがいつになるかはまだ未定だけれど、前倒しして勉強を始めている。

編集と一口に言っても、いくつかの段階がある。
撮影部のハードディスク、録音部のデータを取り込んで、並べていく。
基本的な設定などまでは、やっていただく。
最終的な納品形態にする時に、なるべくコンバートをしないでいいようにだ。
それから並べ替えた映像をこれでもかと追い込んでいく。
ここにカットチェンジを入れるとか、シーンとシーンの繋ぎを変えていくとか。
映画の流れを作っていく編集だ。
それが終われば、今度は色味の調整がある。
同じシーンなのに、別のカメラで別の角度で撮影すれば、色味が微妙に変わったりする。
繋いだ時に、違和感を感じないように全体的な色味を均一にしていく作業だ。
それから、MAと呼ばれる整音が待っている。
オーディオデータを、トラックに並べて、実際の映画館で耐えられるようなものに変えていく。
海外の映画が吹き替え可能なのは、セリフはセリフのトラックに入っているからだ。
効果音や音楽とは別に、セリフのトラックがあるからこそ、吹替が可能なのだ。
それで、納品形態にして、納品。
納品後に、字幕などを含めた映画上映できる形式に変換する作業も待っている。
もしDVDになるのであれば、ここからさらにオーサリングという編集作業も残っている。

おいらが担う作業はその中でももっとも時間がかかる、並べ替えていく作業だ。
おいらがやることのメリットはたくさんある。
もちろん、予算的なメリットもあるけれど、それ以外にもきっとあると思っている。
作品をよく知っているし、監督の意向も理解している。
そして何よりも、監督と二人での作業の時に、監督は、おいらには、好きなように言えるだろう。
馬鹿だの、センスがないだの、ボロクソにこき下ろしたところで、おいらが気にしないのをよく知っている。
監督が思うだけ、やりたいだけ、編集を追い込むのであればそのほうがいい。
そのあとの、色味調整以降は、やはり編集のプロと機材にお願いすることになるだろう。

ただ一つ、問題が残っている。
通常、日本における映像編集は、MacのFinal Cutで行うのが普通とされていた。
最近では、AdobeのPremiere PROを使う人が増えてきたというけれど・・・。
それから最終的な色味の調整など、大きな作業は、Avidというソフトウェアで、やはりMacで仕上げる。
音楽のレコーディングはいまだに、Protoolsがメインだけれど、そのProtoolsを出しているのがAvid社だ。
プロユースの編集、レコーディングソフトウェアを開発している世界的な会社だ。
今回、取り込んで並べ替えるまでのところを、やっていただき、Avidでの調整が出来るように納品することになる。
どちらもMacで、スタートがFinal cutだ。
おいらが編集をやる場合、WindowsのPremiere PROになる。
MacとMacの間に、Winが入ることになるのだ。
ハードディスクのフォーマットから、データ形式、元データを読み込めるかどうかまで。
調べながらやらないと大変なことになりかねない。
最終的にシーケンスデータは渡せずに書き出した完パケを渡す形になることだってあり得る。
Win特有の映像データで保存したら最後、Macで開くことは出来ないのだ。

唯一の救いと言えば、現在、映像の現場では、どんどんPremiereが主流になりつつあるという情報だ。
Adobe社の他のPhotoshop、Afterefectsなどのソフトウェアとの連携や、使いやすさ、4Kの対応、読み込めるデータの豊富さ。
それが、一気にプロユースの中でのシェアを拡大しているという。
最近でいえば、シンゴジラの編集もPremiereだったと記事にあった。
音楽PVなんかは、エフェクトの多用があり、どんどんAdobeになっているらしい。
だから、ネット上で検索しても、本屋に立ち寄っても情報は山のようにある。
おいらもPhotoshopは使っているし、Premiereでいくつか短い編集は経験済みだ。
それに、Adobeは、チュートリアルが非常に丁寧で、今日も一日チュートリアルビデオをネット上で見ていた。
わからなくなっても、すぐに調べられるというのは大きなアドバンテージになる。

おいらが目指していたのは映画を作ることではない。
映画を作って、それを世界まで持っていくことだ。
ただ映画を作って、楽しかったねで終わらせる気なんかない。
そのためには、宣伝であったり、チラシ、ポスター、試写会会場探し、上映館探しと、山のように作業が残っている。
けれど、その全てを円滑にするためには、この編集で、追い込めるところまで追い込むことが先決だと思っている。
すごい作品をまず仕上げておけば、宣伝の効率がぐっと良くなるのは当たり前だからだ。
世界中の人に届けるにはどうしたらいいだろう?なんて考えるのであれば。
この最高の素材を、どれだけ編集で、更に良いものに仕上げていくか悩んだほうがいい。

先々週は大工だった。
先週は俳優だった。
今週からはエディターだ。
エディターが終われば、今度は制作だ。
なんだってやるさ。

学べ。
学ぶんだ。
たぶん、役者にしかわからない編集っていうのがあるはずだ。
それがきっと大きなアドバンテージになるだろう。

まぁ、その前に。
明日、親父の墓に、報告だけでもしておかないとか。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 01:27| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月02日

ジブ

朝目覚めたときに、とってもとっても、不思議な感覚を味わう。
肉体的な疲労感なんか何もない。
2週間も毎日通い続けたあのロケ地に行かない日がやってきた。
むしろ、肉体は、自転車をこがないのか?とおいらに問いかけてくるようだ。
体が動きたがっているのに、動く理由がない。
頭はさえわたっているのに、あの日々ほど回転させるべき作業がない。
外車のスポーツカーが日本の道路を走っているような不完全燃焼感。
呆然とすることもなく、やりきった感もなく、ただ、もっと走れるぜという、おいらの無意識。
搬入の頃は、筋肉が悲鳴を上げた日もあったけれど・・・。
今は、むしろ忙しかった頃に肉体が慣れている状態なのだ。

様々なスタッフさんや、ロケ地を貸してくださった担当者様へのお礼などを送る。
その返信を読むたびに、ぐっと来てしまう。
全ての方々のご協力が一つでも欠けていたらと考えるとぞっとする。
気合や根性、情熱だけではどうにもならないことがあることは大人だから知っている。
今まで舞台でも、そんなものだけではどうにもならないことが何度もあった。
それでも、不可能と思われることを乗り越えるには、絶対的に気持ちが必要なことも知っている。
不可能を不可能と諦める前に、それをする方法を頭で考え、行動に移し、気持ちで乗り越える。
そのいくつかが重なると、信じられないような偶然を呼び寄せる。
もし、もう一度同じ企画があがっても、今回のようにはならないだろう。

役者たちにとっては、ここがゴール。
撮影が終わったら、もう役者に出来ることなんか殆どない。
あっても、音声NGからのアフレコぐらいのものだ。
だからこそ、仕込みを早めに終わらせて、リハーサルの時間をなんとか作った。
次に映像を見るときは、ほとんどが一号試写を終えてからのはずだ。
その頃には、自分が現場でどんな芝居をしたのか忘れている部分も出てくるかもしれない。
きっと、今見るよりもずっとずっと客観的になっているだろう。

撮影期間のブログを読むと、まるで、夢のようだ。
本当にこんなことをやったんだなぁ。

今回、こんな短い期間で、この分量を撮影できた理由はいくつかある。
スタッフワークや俳優の準備、総力戦だったことももちろんだけれど。
実は、これが数年前であれば、ちょっと難しかったんじゃないかとも思っている。
技術の進歩が、この撮影を可能にしていたからだ。
回っているカメラは、デジタルシネマカメラだ。
灯っている照明の何割かにはLEDが灯っていた。
記録媒体は、ハードディスクだ。
録音部だって、当然、デジタル機材を駆使しているはずだ。
フィルムだったら当然、こんなに早く仕事が終わっているはずがない。
LED機材が普及していなかったら、電圧が足りなくなっていただろう。
カメラに使用していたレンズだって、数年前にはなかったものかもしれない。
ハードディスクの容量も、ここ数年で急激に上がったからこそだ。
確認のためのモニターも今は液晶になった。
画質も音質も、数年で劇的に進化している。今も進化し続けている。

編集だって、ノンリニア編集を、今や、編集スタジオに入らずにノートで出来る時代なのだ。

本当は、撮影中に、こっそり機材の確認をして、こんなのを使用している!と書こうと思っていた。
忙しすぎて、そこまで手が回らなかったけれど。
いつか、どこかでこのBLOGを参考に映画を作ろうと立ち上がる人がいた時に参考になると思った。
けれどきっと、そのいつかには、また機材は進化しているだろう。
今や、iPhoneの映像や、GoPROの映像すら、映画に使われることがある時代だ。
ドローン撮影をはじめとして、アクションカムは、数年で映画界にどんどん入ってくると思う。
だから、現時点での機材の説明なんか、あまり意味もないのかもしれない。

ただこの機材だけはここに書いておきたい。
実際に観る人にとってはどうでもいい情報かもしれない。
物語に没頭するには、機材情報なんか余計なものでしかないからだ。
けれど、製作日記を毎日更新している以上、これだけは記録しておきたいという機材がある。
それは「ジブ」と呼ばれていたミニクレーンだ。
2m近いアームにウェイトが付いていて、それがあらゆるカメラの動きをスムーズにする。
ローアングルからのあおりも、ハイアングルからの動きも可能にする。
クレーンが生んだ動きのある映像は、絶対に手持ちや三脚だけでは生むことのできない映像だった。

写真と動画の違いは、動きがあるかどうかだ。
黒澤明監督作品では、動いていない映像が1カットも存在しないといわれる。
カメラが動かないような引きのシーンであれば、煙を炊いて、風を待ち、旗を立てたという。
カメラだけでも、もちろん、動きのあるシーンは取れる。
ズームを駆使する、フォーカスを変更する、露出を変化させる。
様々な動きをカメラだけで表現することが出来る。
けれど、クレーンが生み出す動きは、それをさらに3次元的にしていく。
手前にも美術を配置して、奥行きを出して、人物を狙った映像が、スムーズに動いていく。
もうそれだけで、そこに映る映像は、映画的なものになっていく。
加藤Pが撮影現場に来て、ジブは最初から使ってたんですか?凄い!と口にしていたのを思い出す。
低予算映画や、自主映画で、ミニクレーンが駆使されるなんて中々ないことなのかもしれない。

予算上、1カメになっちゃうと言っていた、監督やプロデューサー。
それが、実際には2カメでの撮影になった。
三脚固定したカメラと、ミニクレーン撮影したカメラが同時に2アングルの撮影を可能にした。
編集でそれがどれほど活躍するのか、ちょっと想像しただけでもわかる。

舞台との最大の違い。
演じることは同じでも、それが作品になるまでのタイムラグ。
今が、そのラグタイムだ。
もう一度、台本を開いて、どのシーンでどんなカットがあったのか思い出す。
編集の時に、そういえば、こんなカットがあったなと思い出せるかどうかで、編集のスピードが変わるからだ。
カットを思い出すたびに、おいらは、ちょっと震えてしまう。
ただの1カットだけでも、泣けてくるような映像が、たくさんあるのだから。

11月に入って、新しいスタートが自分の中で切られていることを自覚した。
肉体は、自転車に乗りたがっているけれど。
意識はすでに、編集に向かっていた。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:27| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする