2016年11月08日

スチール

撮影中にお願いしてあったスチールのデータが届く。
11GBを超える膨大な撮影時の記録。
ダウンロードするだけで、時間がかかっていく。
これを今度はアップロードして、ロケ地を貸してくださった企業様に確認いただく。
特別、場所が特定できるような写真はないから問題ないだろう。

この写真のいくつか・・・。
少しずつ公開していきたいなぁと思いつつ。
もちろん、最終的に公開に向かうときの宣伝にも使用する写真なのだから慎重になる。
昨日までのクラウドファンディングのアップデートには、意図的にパンパンが写っていない写真を選んでいる。
ネタバレうんぬんは、まぁ、これだけはだめだなと思うの以外はそれほど気にしていないけれど。
プロデューサーにも確認が必要になってくるだろう。

・・・というか、ちょっとこれは出演者には見せてあげたいなぁ。
どうしたらいいだろうか?
とは言え、データだから簡単に拡散できてしまうのも問題がありそうだし。
SNSとか、どこにも載せないでね!と伝えれば当然それは守るだろうけれど。
そういう問題ではなく、セキュリティの問題でもある。
情報はやはりある程度のコントロールが必要になるものなぁ・・・。
正直、全員の良い写真がある。
そして、見るだけで、ああ、あのシーンだと思い出せる。
来週、パソコンを稽古場に持っていくという手もあるけれど・・・。
どうしようかなぁ。

でも、逆に今は観たくないという役者もいるかもしれないしな。
当然、写真と映像では色味も違ってくるし・・・。
中々、扱いが難しいけれど、ちゃんと考えて、管理していくしかない。
許可が下りたら、これなら・・・という写真や、仕込み風景は、少しずつ公開して行こう。

芝居をしている姿は、もうその役にしか見えない。
そいつ本人に見えてしまうということは、本番でもそうだってことだ。
リハの写真と本番日の写真だけでも違いがある。
なるほど。
役者って、こんなに顔が変わるんだなぁ。

ハイポーズなピース写真にはない。
まるで、昭和の終戦直後を切り抜いたかのような写真たち。
パンパン小屋に住んでいるパンパンたち。

クラウドファンディングで、リターンの一つだったスチール写真もこの中から選ぶことになる。
どの写真にすればいいのか、素晴らしいショットばかりで、悩んでしまうよ。
きっと喜んでいただける。
そんな写真がたくさんある。

映画にはその現場の空気がそのまま映ると教わったけれど。
写真にも空気感がしっかりと映っている。
そして、すでに写真の時点で、映画じゃないかと思わせるようなものもある。

おいらは今、この写真を何度となく見続けている。
このあと、映像を何度のなく見続ける予行演習のように。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:35| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

スチールが語るモノ

前日に続いて、スチールのアップロード。
フォルダを分けて、それぞれの写真をチェックする。
スチールのカメラマンが立っていた位置と、実際の撮影カメラの位置は違う。
だから、当然、アングルも変わってくる。
写ってはいけないものが写っている場合もある。
膨大な数に四苦八苦する。
特に、女優陣の写真には気を配る。
気にしすぎかもしれないけれど、プロダクションに確認してもらうなどの工程がない以上、やるしかない。

今回、Googleフォトにアップロードして、共有するという方法を取った。
クラウドサービスだから、後から、スマホでもいつでも確認ができる。
そこまでは知っていたのだけれど、いつの間にか進化していた。
連射写真などは、自動でアニメーションを作り、コラージュ写真を自動で制作し、ムービーまで作られている。
ここまで多機能に進化しているのは知らなかった。
逆にアップロードして正解だったかもしれない。
共有も、共有したい相手のメールアドレスを入力して送信するだけだからとても簡単だ。

女優の写真で、ちょっとこれはさすがに・・・と思った写真も、一発で送信できた。
場合によっては、アニメーション化して、アドレスを送った。
以前は写真をより分けて、フォルダに入れて圧縮して、メールで送って。
向こうで解凍してもらってからの確認だったのだから、圧倒的に早い。

アルバムを2つ作成して、ロケ地を貸してくださったご担当に共有のメールを送る。
これで、写真の確認をしていただける。
場所が特定されるような写真はないはずだから、問題はないと思うけれど、念のためだ。
最近はデジカメでもGPSが搭載されている場合があって、位置情報が入っていることもある。
公開前に全てのスチールは加工をするから位置情報は抜けるけれど・・・。
そこは注意していかなくてはいけない。

なぜそこまで気を使うかと言えば。
ロケ地を貸してくださった恩があるからなのだけれど。
同時にやはり、ロケ地に人が入るようなことのないようにだ。
普段人が出入りしない場所で、実際に機械警備も入っているから、人が敷地に入れば、すぐに警備員が来るのだけれど。
とは言え、子供が侵入して遊んで怪我をするなんてことがあってはいけない。
それが、この映画のロケのせいだなんてなったら、申し訳が立たない。
お借りした以上、そういうところをきちんとするべきだとおいらは思っている。

だけど、少しだけ気が引ける・・・。
写真の数は2500枚を超えるのだ。
もし、役者陣がスマホで撮影した写真などがあれば、更に増えていくことになる。
今日はとりあえず400枚超を送る。
その後の宣伝や、アップデートに利用するためになるべく早めに出来ることをやっておかないとだ。
これを全てチェックしていただくのは、大変な手間だと思う。
そこだけが、心配だなぁ・・・。

色々クリアしたら、アップデートだけではなくて、ここにも、いくつかの写真を掲載できると思う。
もちろん、映像が届けば、映像から切り抜いた画像も使えるようになる。

今日はここまでかな・・・?

編集について勉強しながら色々なことを思う。
いつか、監督と二人で編集に行った日のこと。
自分が監督をしたショートムービーの編集のこと。
写真で感動してしまうおいらが。
あの映像を目にしたときに、いったい、どうなってしまうだろう?

スチールがたくさんのことを語り掛ける。
おいらは、やっぱり、こそばゆくなる。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:50| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

24P

アメリカの大統領選が、世論調査を覆した。
日本の株価は乱高下を繰り返した。
実際に選挙演説で言っていたようなことが本当に起きるのかはまだ誰も知らない。
やっぱり2016年は何が起きるかわからないんだなぁ。

トランプの兵隊さんは、不思議の国に帰るのかな?
アリスのように、日米同盟の夢から醒めるのかな?
起きてもいないことに一喜一憂しても仕方がないか・・・。
お隣の大統領も、辞任が近いのかな。
日本と関係性の近い国も、どんどん変化していっている。
アラブの春から、中国の変化、イギリスのEU離脱と、少しずつ世界は変わっている。
それが、ついに近づいてきたって感じだ。
日本も変化の兆しが、ここ数年続いていて、いよいよ差し迫ってくるんだろうなぁ。
日本人には日本人の特性がある。
文化という場所にいるおいらたちは、今こそ、文化の力を強く意識するべきなのかもなぁなんて思う。
東京五輪を控えているのもあるし、そういう面こそ、今、一番力を持つと思う。

あらかた、スチールの整理は終わった。
とりあえず、ロケ地オーナー様の承認を待つばかりだ。
ちょっと、この写真は・・・というやつは、本人にも確認してもらった。
この現場スチールは、実際の公開が近づいた時にWEBや宣伝媒体で使用する正式なものだ。
簡単に共有したりしないように、扱いには注意を払いたい。

こうなると、あとは残りの撮影と編集だ。
以前、劇団でショートフィルムの企画を立てたことがある。
10分の作品を4本製作して、VHSで劇団公演会場での販売をした。
もう、倉庫にも1~2本しか残っていない貴重品だ。
あの時の編集を思い出す。
あの時も、上映会はやった。
大きなスクリーンで見た映像に感動したことを覚えている。

テレビとスクリーンは、根本的に違うものだ。正反対と言ってもいい。
テレビは、自身が光っている。
スクリーンは、光を投影されるわけだから、鏡像と言ってもいい。
だから、OFFにすると、テレビは黒くなり、スクリーンは白くなる。
光の量で、映像を映すにしても、お互いは正反対の方式ということだ。
PCのモニタは、テレビのように発光するから、実際のスクリーンの映像とは違ってくる。
黒の階調や、白の階調の得意不得意が逆になるからだ。
印刷物なんかもそうで、モニタの画像と、実際に印刷されたものには差が出てくる。
スクリーンにはスクリーンにしかない色味や味が出てくる。

同じように、実際の映像方式も違う。
テレビは電気信号だから、発光させる映像の情報が常に送られている。
1秒間に60コマが通常で、これを走査線上に絶えず半分ずつ送る。
だから、テレビ画面をビデオで写すと、走査線に投影しているリズムとずれが出て、黒帯が出たりする。
一時停止を押すと、なんか微妙に痙攣しているような動きがあるのもそのせいだ。
半分ずつの情報を送る形式をインタレースと言って、60iなんて書かれたりする。
アニメなんかは1秒間に30コマが通常らしい。

映画は、35mmフィルムを投影機で回して、スクリーンに映す。
従来の映画は、1秒間に24コマで、タイムコードが時間軸なのだから12進数なのは納得できる。
各コマは、半分の情報などではなくて、フィルムに描かれた1枚の写真情報の全てだ。
1コマごとに全ての情報が書かれている場合は、プログレッシブと呼ばれる。
つまり、映画は24Pと称される。
デジタルでの撮影が始まった当初は、編集された映像を、最後に24Pに変換するという作業があった。
テレビ用のデータと、映画用のデータでは、まったく形式が違うのだ。
今は、映画の投影機もデジタル化されて、ハードディスクやデータから投影できるようになっているけれど・・・。
それにしても、投影機用のデータに変換が必要になってくる。

おいらたちがショートフィルム企画をやった直後ぐらいから、撮影機器での24P撮影が出来るようになった。
編集後の変換ではなくて、撮影時にすでに、1秒24コマでプログレッシブでの記録が出来るようになったのだ。
秒間60コマの方が数が多いんだから綺麗なんじゃないかと思うかもしれない。
そういう意味でいえば、精細感はそっちの方が高いのかもしれない。
オリンピックの放映がやけに高精細に見えるのは、そんな意味がある。
ただ高精細かどうかじゃなくて、質感が変わってくる。
秒間24コマだと、なんというか、しっとりとした映像になってくる。
人間の目にはそのぐらいのスピードになると、違いを質感として感じるのかなぁ。
実際に見比べればすぐにわかるけれど、24Pを見ると、ああフィルム感が凄いと感じる。
だからこそ、24P撮影機器が発売されたし、今も、映画館は24Pなのだと思う。
ぱっと見ただけで、ああ、映画の映像だなと感じる映像は、そんなフィルムの感じだ。

映画の本当のマニアになってくると、更にはどのメーカーのフィルムを使用しているとか、すぐにわかる人もいる。
だから、出来上がった映像に、その時代に合ったフィルムの特徴を乗せるエフェクトも存在している。
わざわざデジタルで撮影しているのに、アナログのフィルムに近づけていくという作業工程があるのだ。
不思議な感じがするかもしれないけれど、それだけで、映像の感じが変わってくるのだから不思議だ。
この辺は、映像データがなくデータ量の軽い音楽業界の方が先に、行われてきたことで、何度も感じたことだ。
全てデジタルでレコーディングして、最後のマスタリングの工程で、アナログなコンプレッサーを通すなんてことがある。
考えてみれば、視聴者が人間である以上、デジタルよりも、よりアナログの方が受け入れやすいのかもしれない。
人間はアナログで、世界はアナログなのだ。
映画は情報ではなくて、物語だ。
デジタルは、そもそも作業工程を単純化するところから始まった技術なのだ。

撮影中。
何回か液晶モニタで映像を確認した。
あそこに映っていた映像は、まぎれもなく、映画の質感だった。
24Pで撮影されて、リアルタイムで見えていたからだ。

24Pの編集というのはまだやったことがない。
大した違いはないかもしれないけれど。
きっと、今までやったどんな編集よりも、質感に圧倒されるんだろうなぁ。
それが今から、楽しみで仕方がない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:03| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月11日

夢みたいだぞ

ここに何を書こうかなと思ったらFacebookからポップアップ。
音楽監督の吉田トオルさんから、メッセンジャー経由で、曲が届いた。
すぐに再生を押して曲を聴く。
な・・・なんて便利な時代になったんだろう・・・。
昔は音楽ファイルだって、重すぎるから、結構な時間かかったのに。
ほぼリアルタイムで曲を聴ける。

トオルさんのBLOGを読んでいる人は知っているかもしれない。
すでに、シナリオを読み、ロケ地の空気を感じて、撮影風景を見て。
トオルさんは20曲を超える曲を書き下ろしている。
舞台版のセブンガールズにも流れていなかった完全書き下ろしだ。
どれだけたくさんのイメージが流れ込んだら、そんなに曲ができるのだろう。
まして、曲作りをしてそのまま寝て、夢に出てきたアレンジをそのまま生かしたなんて書いている。
起きているときだけじゃなくて、夢の中でまで作曲している・・・。

監督とトオルさんのコンビは、もう随分と長い。
劇団創立前からなのだから、20年以上の歳月が流れている。
一緒にバンドをやっていた頃だから・・・。
だから、二人はツーとカーで、お互いのセンスをぶつけることが出来る。
今までも、何度もそういう場面を見てきた。

よその劇団の演出家が聞いたら、嫉妬して、驚くようなことを実は舞台でもやっている。
クライマックスの音源を用意して、劇場で、曲を組み立てるようなことを実は今もやっているのだ。
これは、たぶん、今までどこにも書いてないし、いつものことだから、特別にしていなかったけど。
今、思えばとてつもなく、すごいことだ。
具体的には、クライマックスの音源を、Aメロループ、Bメロ、サビとバラバラで用意してある。
-実際の芝居を観て、このセリフを言って役者が振り向いた瞬間にAメロをループで流す。
-このセリフの直前にAメロをカットオフ、セリフ終わりにかぶせて、Bメロを1つだけ。
-アクションがはじまると2つ間を空けて、サビ。
そんな風に実際の芝居を観て、音を再編集していくのだ。
当然、照明さんとも打ち合わせて、照明効果の切り替えともリンクさせていく。
クライマックスの曲に合わせて芝居をするのではなく、芝居に合わせて劇場入りしてから曲を完成させている。
一瞬のブレイクなどは、何度も場当たりで確認して、詰めて決めていく。
少なくても、そこまでしている劇団なんか、実は見たことも聞いたこともない。
音響オペレーションをしているKORNさんは、レコーディングエンジニアで、その場で曲を完成させることが出来る。
同じ曲でも、何パターンもマスターを小屋入りしてから作っている。
限られた時間でも、そこまで追い込む。

そのままもう一曲と最初の曲のアレンジ違いの合計3曲を聞きながら、チャットを続けた。
ふと思うことがあった。
通常、映画では絵編集が終わってから、音楽監督に曲を乗せてもらう。
先進的な映像だ!と褒められて映画に挑戦するPV映像作家がいるけれど。
PVは、逆に音楽ありきで、音楽に合わせて、映像を組み重ねていく。
音のテンポや、曲の変わり目で、アングルを変えたりする。
けれど、映画はその逆で、映像ありきで曲をかぶせるわけで、先進的というよりも、基本的な土台が違うのだと思う。
けれど、監督とトオルさんであれば、きっとどちらからでも編集出来るなって思った。
しっとりしたシーンは、映像にトオルさんに曲を当ててもらって。
テンポの速い激しいシーンは、音楽に監督が映像を当てていく。
そんな相互関係も可能なんだなと気づいた。
映画的な迫り方も、PV作家的な迫り方も、同じ映像作品に組み込める。
ディスニーのミュージカル映画なんかは、音楽ありきで絵コンテを立てていくと思うのだけれども。
それに近いことも可能なんだなぁと、漠然と思った。
まるで曲作りにおける、詩先、曲先みたいだ。

実際の繋ぎの編集作業が始まったら、先にここの曲のデモありますか?とか確認もできる。
場合によっては、タイミングが合えば、編集作業に呼ぶこともできる。
そしたら、いつも舞台で、クライマックスに1時間近くかけている詰め方を、色々なシーンで出来るかもしれない。

すみません。
この興奮が伝わるかわからないけれど。
今、おいらは、そんな編集を、心の底から夢みたいだぞって思っているのです。
わからないかもしれないけれど。
監督とトオルさんの、クリエイティブな時間。
それが、映画作品というフィールドで実現するっていうのは、ちょっと前まで夢だったのです。
おいらがショートフィルムで「オクリビ」という作品を製作した時に、トオルさんから、このセリフの後に流してと渡された曲。
そこで、合わせたら、全ての映像、すべてのセリフとリンクしていって、映像の終わりぴったしで曲が終わる。
そんな体験を思い出しながら。
それが、今度は、長編映画で出来ることに、チャットをしながら気づいていったのです。
しかも。
その作品で、世界と対峙するんだぜ!!
ああああああ。
伝わるかなぁ。この興奮。

もちろん、芝居がダメだったら、なんの意味もないけれど。
そのために、芝居も準備を重ねたんだものね。
おいらは、撮影現場を思い出す。
杉本亮さんのデザインした美術と、照明さんの灯りや撮影監督の映像がマッチした瞬間を思い出す。
当たり前だと怒られるかもしれないけれど、おいらから見れば、それだって奇跡だった。
そこに、音楽や編集まで入ってくる。
どんな奇跡が起こるだろう?
これは、奇跡だけど偶然じゃない。
そうなるように、準備してきた。
奇跡が起きるように準備を重ねてきた結果だ。
大変な作品が出来るよ。
たくさんのミラクルが詰まっているんだから。
おいらは、確信を深めている。

贅沢なデモ音源だ。
メロディだけじゃなくてアレンジまでしてある。
完全書き下ろし新曲が20曲以上。
これに舞台版の音源やメインテーマまである。

純粋に作品に立ち向かえる準備は整った。
こんなところまで立ち会える役者が、おいら以外にこの日本のどこにいる?
こんなに幸せなことが他にあるものか。

届ける。
届くはずだから。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:56| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

今にも動き出しそうな

夜のパンパン小屋.jpg
夕闇のパンパン小屋~リハ日より 

ロケ地のご担当者様に現場スチールを送って、承認が下りた。
写真の数も多く、承認まで時間がかかりますとすぐに返信があったから覚悟していたのに。
すぐその翌日の夕方に、承認してくださった。
ありがたい話です。

承認された写真は全て、監督と制作プロデューサーには共有していただく。
このスチールが、いずれ、映画のポスターやWEBなど宣伝に利用されていくだろうからだ。
仕込み~リハ中の写真、ポスター用の写真、そして本番中の写真。
どんなふうに宣伝に使われて、どの写真だとネタバレするのかもわからない。
だから、仕込み~リハの写真の一部からしか、しばらくはこのBLOGにも掲載しないつもりだ。
この写真は公開までは・・・のような写真があるかもしれないから、他の役者たちにすら配布も共有もしていない。
実はすでに、クラウドファンディングで支援していただいた方のみお楽しみいただけるアップデートには更新している。
ログインすれば、コレクターの皆さんのみ楽しめるようにしてある。

ただ、やっぱりこのBLOGをずっと読んでくださっている皆様もいらっしゃる。
たまには、今日のように掲載出来たらなぁと思っていたりする。
この写真は、元の写真を多少加工してある。
色相とコントラストをいじって、4:3だった写真を実際の映画と同じ縦と横の比率に切り抜いている。

夕闇のパンパン小屋・・・
窓から漏れる生活の灯。
玄関の向こうには、小あがりに腰かけた寺庵先生が見える。

ただ書いてあるように、これは撮影本番ではなくて、リハ日の写真だ。
実はリハの前日に照明の仕込みを殆んどしてあって、暗くならない程度に回路を繋げておいてくださった。
だから、この漏れている灯は、パンパン小屋の地明かりの基礎の基礎だけだ。
それでもここまで絵になっているのは、場所が持つ力と、美術のバランス、そして、トタンと木造とガラスで出来た美術のおかげだ。
実際の映像はこれに更に照明効果が追加されて、動きが生まれてくる。
もちろん、画質や色味も大きく変わってくる。

今日また一つ進んだ。
来週には映像データを受け取れること。
そして、最後の撮影日が、候補とは言え仮で決まったこと。
スタッフさんのスケジュールすり合わせに問題がなければ、そのまま進むことになる。
そして、来週にはいよいよ編集がはじまるということだ。
MAについても、まず最初の一報を入れた。
もしかしたら、歌録りだけ、早めにやりたいかもしれないとの意見をいただく。
確かに、MA前に歌のマスターが出来ていた方がスムーズにいく。
アフレコがあったとしても、歌とはまた全然違う話だ。
だとすれば、MAやアフレコとは別日で、レコーディング日も決めていかなくちゃいけない。
そうなれば、監督と音楽監督と必要な人員だけはスケジュール調整をしなくちゃだ。
音楽監督のオケが今のままなのかで、まだまだ変わるから未定だけれど。

編集に先駆けて、確認したいことがあった。
それは、実際の映像のサイズだ。
今や、デジカメは数千万画素での写真撮影が可能になっている。
今日掲載している写真も、元々は1200万画素はある。
そのサイズ感を知っていると、映像のサイズというのは、ちょっと小さいかもしれない。

最近では、4Kなどと騒がれているけれど。
それがどんなサイズで、どれほど高精細か、なんとなくしかわからないことも多いと思う。
映画館の映写機というのは、フィルムをセットして、フィルムを送って、それに光を当てて、スクリーンに投影する。
ただ徐々にデジタルでの映像制作が増えて、フィルム自体の数も減ってきて、いよいよ映写機もデジタルになった。
今回の企画の打ち合わせの最初の頃に、プロデューサーに、映画完成後の予算の話をしてもらった。
その中で、海外に持っていくにも、映画館で上演するにも、DCPにしなくてはいけないと聞いた。
このBLOGを読んでいる方はもうお分かりだと思うけれど、おいらはその日のうちにDCPについては詳細に調べた。

デジタルシネマパッケージ。
映画館で映写機にかける時の統一規格としてのデータだ。
規格として、2Kと4Kがある。
縦横比は、1.85:1
今のHDが、16:9だから、それよりも更に横に長い。
基本的には、殆どの映画が2Kで納品される。
4Kは未だにデータ量も多く編集も困難だからだ。
4Kで発売されるブルーレイの映画の中には、2Kからのアップコンバートもまだまだあるのだ。

映像は動くから、写真の画素数で考えるとちょっと少ないと感じるかもしれない。
2Kで200万画素、4Kで800万画素になる。
静止画は細部まで見るから、もっともっと画素数が多いだけだ。
実際、今のテレビだって、4Kが最高のはずだ。
ただ200万画素というのは、実際にとてつもない進化だ。
かつてのテレビ画像はSDと言われていたけれど、640×480のおよそ30万画素だった。
HDで130万画素になって、フルHDでようやく192万画素になった。
映像は縦と横に加えて、タイムラインの軸があるから、2Kというのは、相当な高精細なのがわかるだろうか。
1秒間に、その画像が24枚並ぶということなのだから、データ量は比較にならない。

フルHDが1920×1080とすれば、シネマスコープの2Kは、2048×1080。
この大きさを一度実感しておきたくて、実は掲載した写真をそのサイズに調整していたのだ。
Premiereで、徐々に露出を絞るというアニメーションをかけてみたりして、サイズ感を感じておいた。
きっと最初は操作に時間が取られるけれど、今から少しずつシーケンサーについても慣れたかった。

いわば、この写真は、おいらの勉強のための副産物だったりする。
色の調整をして、なんだか、そのままなのもと思って、ここに公開した。
もちろん、再び、WEB用にサイズを小さくしてあるけれど。

写真は動かない。
改めて、それを思う。
写真と動画では、まったく違う。
同じ圧縮技術などを使っているのに。
出来上がるものは、まったく別の文化になる。

止まっている画像を眺めながら。
この画像が動き出すことに、まるで、恋みたいに胸が高鳴った。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:28| Comment(0) | そして編集へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする