2016年11月01日

搬出日二日目

ロケ地最終日。
さんざん毎日登り続けた坂を自転車で駆け上がる。
この道で次に自転車を飛ばすのはいつになるだろう?
既に撮影現場ではなくなったロケ地の鍵を開けて、おいらは静かに座った。

目をつぶれば、毎日聞こえてきた音が聞こえる。

昨日までと違って少人数。
仲間が到着する。
土日に返却できない荷物を車に積む。
そう、今日は平日しか営業していない相手への作業しか残っていないのだ。

バキュームカーが到着する。
地域の汲み取り業者に連絡してあった。
土日は営業していないから、月曜朝いちばんで来ていただいた。
下水がないからトイレも仮設だった。
一昔前の仮設トイレだったら、女優陣は耐えられなかったかもしれない。
今の仮設トイレはとても清潔だ。

汲み取りが終わり次第、軽トラを借りに行く。
レンタカーではなくて、近所の会社が貸してくださった。
前日に声をかけると、カギをさしっぱなしにしておくから乗ってよと言ってくださった。
ついでにベルトとロープを借りて、慣れない南京縛りで固定した。
織田は初の軽トラの運転に四苦八苦。エンジンさえ初めはかからなかった。
風が吹けば揺れるようなトラックで、あの大きな仮設トイレを運ぶ。
通常高額な仮設トイレも、近所のリース会社で格安で貸していただいた。
返す時には、映画を楽しみにしていますと声をかけていただく。

昼食を取ってから、廃棄業者を待つ。
到着次第、男三人だけで、産廃物を積み込んでいく。
あっという間に、あれほどあった木材もトタンも布団もゴミもなくなった。
さっと、その辺を掃除して、いよいよロケ地は元あった姿に戻った。
さあ、行こうと、男三人で歩いた。

近隣の方々に挨拶回りだ。
お騒がせしました。
ご迷惑をおかけいたしました。
お留守のお宅もあったけれど、どの方も、笑顔で対応してくださる。
映画を楽しみにしてくださっている。
2週間も得体のしれない連中が静かな土地を出入りしたのだから、嫌だったんじゃないかなぁ。
それなのに、笑顔で。
最初にあいさつに回った日と同じ笑顔で。

織田と高橋は、おいらがどんなふうにこのロケ地を探して、挨拶に回ったのか。
最後の最後に知っていくことになった。
3人で車に乗って、管理している不動産屋さんに向かう。
お世話になったお礼にビールを渡して、やっぱり、笑顔で話す。
水道はどうだったか、電気はどうしたのか、どんな状態に復旧したのか報告する。
扉を直したといったけれど、あそこは誰もまた何年も開けないから・・・なんて言う。
そして、やっぱり、最後に、映画の公開はいつごろになりそうなの?なんて聞かれる。

織田が言う。
「今日来て、色々知れたから、なんか、良かったよ」
土地を知り、その歴史を、伝説を知る。
そこに住まう人々と触れ合う。
様々なものをお借りしてご協力いただいた。
ただ撮影に参加しただけではわからないこと、見えないものが見えたのかもしれない。
あの土地は再び静かな日々に戻ることがわかったのかもしれない。

名残惜しく、駐車場で話す。
映画賞を取ったらすげーよなーって、相変わらず馬鹿みたいにそんなことばかり。
夢は続く。

自転車にまたがって、最後の復路を進む。
その風景を目に焼き付けるように。
おいらは大きく息を吸った。

明けて11月がやってきた。

さて、このBLOG。
撮影が終われば、終わりかなぁと思っている人もいるかもしれない。
まだ、一度もここに書いていないことがある。

この映画の編集は、おいらがやる。

もちろん、監督と共にだ。
たぶん、知らない役者もいる。
あの映像を誰よりもいち早く観て、PCに取り込んで、編集作業が待っている。
撮影が終わったから、そこで終わったのではないのだ。
この素材を組み合わせて、今度は、信じられないような最高の作品に組み立てていくのだ。
泣きながらの作業になっちゃうかもな。

編集の勉強を今度はする時が来た。

このBLOGは、まだまだ続くのだ。
このBLOGは、本当に最初から最後までの映画制作日記なのだ。


ありがとうね。
自転車で風を切って。
おいらは、満面の笑顔だった。
続きを読む
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 00:00| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月28日

初期衝動2~前方公演墳

3本、自分の作・演出・出演という形で舞台をやった。
作家になりたいわけではないのに、やったのは、他に方法がなかったからだ。

その経験を買われて、前方公演墳の旗揚げの手伝いをすることになった。
状況を聞いて、それが初舞台だという俳優がたくさんいることを知ったからだ。
初舞台は絶対に忘れることが出来ないものだし、たくさん反省するものだ。
その反省が、別の方向になっちゃいけないと思っていた。
照明さんが、照明会社に入ったばかりで、プランも初めてというようなスタッフと言われて。
それは手伝わないとまずいなって思ったからだ。
照明の仕込み図を読める人間も恐らくいないし、一人で仕込むなんて絶対に不可能だと思った。
照明がつかない初舞台だったり、電圧計算がずれて、本番中にきれたりしたらと思ったらぞっとする。
プランを見せてもらって、とにかく、なんとかしようと思って劇場に行った。

中野ザ・ポケット。
こんな舞台で初舞台を踏めるなんて幸せだなぁって思った。
おいらの初舞台は定員80名の客席の椅子も足りないような劇場だった。
小屋入りするなり、どんどん照明を吊って、回線を仕込んでいった。
落下防止チェーンのチェックも、怖いから全てやった。
照明の事を知っている人間はやっぱり誰もいなくて、仕方ないから脚立だけ支えてもらった。
にもかかわらず、仕込みの時間が異常に少なくて、本当に開幕できるのか冷や冷やした。

なんとか、照明が灯って、お役御免と思ったけれど、それだけでは済まなかった。
まともな劇団の制作がないままの旗揚げだったのだ。
セッティングした客席の数よりも多い数のチケットを売っていた。
受付は用意されていたけれど、場内整理という概念がなかった。
おいらは、開幕まで走り回って、劇場にある椅子という椅子をお客様が来るたびに運んだ。
すでにお代を頂いているお客様を席がないと追い返して大クレームになるような初舞台にするわけにはいかなかった。

今になって落ち着いて考えると、前方公演墳の舞台もまさに初期衝動の塊のようだった。
チラシは、デビッド・宮原本人が、写真を切り貼りして、自分で創ったものをカラーコピーしていた。
チケットも、手作りでコピー機でコピーして切ったものだった。
大道具も、どこからか切り出してきた竹や、ビールケースを組み合わせていた。
照明さんも、初めてだったし、音響さんはセブンガールズの音楽担当でもある吉田トオルさんだった。
全て、劇場側のスタッフさんに確認しての仕込みだった。
そして、制作部がなかった。
手伝いに行ったおいらやほかの何人かの食事がなくて、あわてて買いにいっていた。
結局、劇場の外にブルーシートを敷いて、そこで、おにぎりを食べた。
スタッフさんの食事すら、誰もどうするか考えていなかったのだ。
舞台経験者は何人かはいたけれど、役者として立っただけで、劇団運営や、制作の経験者なんていなかった。

それにしても、その状態で、よく旗揚げまで漕ぎつけたよなぁと思う。
主宰が写真を切り貼りしてチラシを作っただけでも、今なら驚いてしまう。
制作面も、照明も、ほとんど準備がないまま、よく本番を迎えたと驚いてしまう。
今のおいらが見たら、怖くて、公演なんかできない。
役者は、スタッフ仕事なんか役者はしないでしょ?と当たり前に思っていた。
客席をつくるために、楽屋の椅子を運んでいたら、普通に役者からクレームさえ言われた。
お前の初舞台を成功させるためだわ!とは、言わなかった。
とにかく、知らないのだから。
ああ、わからないんだ。そうか。わからないまま本番を迎えるのか。
おいらは、そう思っていた。

そのまま2回、公演を手伝って、2回目の公演後に、劇団に誘われた。
誘われた経緯は前にここに書いたと思う。
2回目の公演後の反省会から、おいらは稽古に参加して、今に至る。
その反省会は、ちょっと、面白いほど、トゲがあった。
ああ、こういう感じなんだなぁ。
そんな風に思った。

その2回の公演は、やはり初期衝動というもので動いていた部分がたくさんあったと思う。
少なくても、最初の2回の公演は、前後編に分かれている同一の作品で、旗揚げ前から書いていたものだ。
おいらが参加した3回目からは、実際に旗揚げをしてからの新作になる。
舞台を想定して、何をするのかがわかって、そこからが継続と向上のスタートだった。
そこから先は、衝動だけで出来るものではない。
続けることだけを決めても、どこかで息切れしてしまうのは目に見えている。
チケット収入から逆算した予算の確立、公演前の制作班の設立、年度ごとの目標。
舞台をやる!だけでは出来ない、継続するための準備期間に入った。
少しずつでも、大きな劇場に進出していくという目標の中で、作品性も、スタイルも固まっていった。

デビッド・宮原という人は、おいらなんかに比べれば、ずっと慎重な人だ。
おいらほど無謀な事をするタイプの人ではない。
それでも、自ら台本を書いて、演出して、チラシまで作って、劇団を旗揚げさせた。
とにかく、船を海に浮かべてみた。
慎重な人だからこそ、おいらに手伝ってと声をかけたのだと思う。
その後、何度もおいらが提案した無謀な話をいさめてくれている。
そんな人が、もうやらなければいけない。そういう決断をしたってことだ。
そして、その決断からもうすぐ18年という月日が経った。
初期衝動だけでは絶対に不可能。
ましてや、大きな劇場に進出したものの、メジャー劇団と言われるわけでもなく、誰かが売れるわけでもなく。
安定した老舗の劇団的に言われることも多くなってきた現在の状況で。
それでも、続けられるのはなんでなんだろう?と考える。

慎重な人の決断は重い。
思うようにいかなかったことが殆どだけれど、信念はずっとあった。
いや、あったではなくて、今もある。
その信念が、初期の衝動として旗揚げに向かったのだと思う。
自分たちの力で前に進む。
そういうことだ。
安定なんか何もしていない。
経験が積み重なっているだけだ。
今でも、やっぱり、挑戦し続けている。
きっと、ずっと応援してくれている古くからのお客様はわかってくれていると信じている。
安定や現状維持を目指したことなんか、一瞬たりともない。
曲がらない信念のまま、今に繋がっている。
今思えば、無茶な旗揚げ公演も、やっぱり無茶な理由があるのだ。
無茶でもなんでも、始めなければ、始まらなかったのだ。

まるで地下から空を睨むかのような。
そんな衝動でこの劇団は始まった。
もちろん、劇団員たちもそこから始めている。
今でも、空をみているか。眺めているか。睨んでいるか。

あの初期衝動は間違いなく今回の映画化にも続いている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:28| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

【終了まで残り12日】直接お願いできる事

兄貴.jpg
「兄貴」 2015 前方公演墳/「劇」小劇場 撮影 SKY 
本日もご支援ありがとうございます!
ラストスパートに入っております。
また、舞台「声はきこえているか」劇場にて、特別支援プログラムでのご支援もありがとうございます!
舞台初日でしたが、直接目の前の皆様にご支援をお願いできる機会となりました。
たくさんの方が、支援してくださいました。
本当にありがとうございます。

それと・・・
とてもとても嬉しかったことの一つに。
舞台初日公演直後の時間にご支援があったことです。
もちろん、舞台に来てくださった方が、その日のうちに・・・という事なのかどうかまではわからないのですが・・・。
本当に舞台直後だったのです。
もう、舞台後の食事中に?ぐらいのタイミングで驚きました。
きっとこれからも、公演期間中、観劇の勢いでのご支援もあると思います。
ぜひぜひ、皆様も会場でお配りしているパンフレットのQRコードなどを確認してくださいませ!

また本日の舞台初日。
利用させていただいている「MotionGallery」の代表の大高さんにご来場頂きました。
ページの開設から、不明点の質問まで・・・
もう何度もメールで問い合わせるばかりだったので、直接会える機会になりました。
失礼かな・・・?と思いつつ、終演後の飲みのお誘いにも、来ていただいて。
演劇畑の中に、居づらくないかなと心配しつつ、酒を酌み交わしました。
クラウドファンディングのこと、映画の事、ここからの事。
様々に直接、話を聞いて、もうひと踏ん張り・・・本日からの12日を頑張ろうと思った次第です。

とてもとても面白い話、興味深い話が多かったなぁ。
舞台も楽しんでいただけたようで何よりでございました。

わざわざ時間を作っていただき。
まして、チケットをご予約いただき。
その上、ご支援をお願いするなんて、とてもぶしつけだなぁと思います。
けれど。今日、おいらが触れ合えたご支援してくださった皆様方の暖かい目を忘れちゃいけない。そう思います。
応援するよぉ。と、声をかけていただいた皆様のお顔を忘れません!

大きな大きな勇気をまたしても頂きました!

日々の会場での支援金額。
後日になりますが、クラウドファンディングのページのコレクター一覧に少しずつアップします!
入金方法について、色々と検討中なので、今しばらくお待ちくださいませ。

あと7ステージ。
折角直接お願いできる時間を頂いたのですから。
今週いっぱいまで。
頑張って進もうと思います。
「よろしくお願いします。」
ようやく、生の声で、皆様に伝えることが出来るのですから。

まだまだ皆様のご支援が必要です。
皆様の暖かいご支援をお待ちしております。

「セブンガールズ」映画化プロジェクト
2016年2月22日(月)ゾロ目の日 23:59 終了

posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:13| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする