2016年12月11日

もう一度、下北沢へ

今日は次回公演の準備に一日を費やすことになった。
やはりまとまった時間がないと出来る作業ではない。
本当は昨日の編集作業の整理や、明日の準備、音の整備などなど、そっちに使いたいけれど・・・。
とは言え、もう印刷物の入稿を考えれば、限界だった。


監督にもネット経由で写真を確認してもらい、さきほど、無事印刷物の入稿も・・・。
もう一つ、入稿まで完了したかったけれど、そこは仕方がない。
メインイメージが決まらないと、何も作れないのだから。

さて、今回は印刷物も、イメージも、写真になったのだけれど。
この写真、舞台「セブンガールズ」を記憶している方々には、違和感があると思う。
・・・というのも、たぶん、あのシーンだけど・・・あれ?この人は・・・う~ん・・・なはずだ。
特に違和感を感じない方もいるかもしれない。
正式な映画のキャスティング発表までは、色々と想像していただければ。

そして、同時に、クラウドファンディングのアップデートも含めて、室内の美術の写真の初公開にもなる。
右側と左側で、コントラストが付くような加工はしてあるけれど、基本的には撮影時の写真そのままだ。
陰になって見づらいけれど、機材の写真も初公開なんじゃないだろうか?
かすかに、クレーンのシルエット、録音部の長いマイクのシルエットは確認できる。
撮影監督と、メインカメラは、真っ黒につぶれていて確認できないけれど・・・。
ちなみに、人によっては、右側の真ん中にいるハンチング棒をかぶった方を監督と思うかもしれないけれど、違う。

なぜ、この写真が今回の舞台のメインイメージとなって。
そして、どんな作品なのか。
それは、今回の舞台の広告ではあまり色々としない方向だ。
作品にもよるけれど、この作品は、お客様の想像に委ねた方が良いということらしい。
そんなときのあらすじは、いつも短い。
もちろん、殆どのお客様が想像するであろう、作品になると思う。

舞台の稽古が実はもう始まっている。
この舞台の稽古の前に、編集もやっているのだ。
頭が混濁するのは仕方がない。

本番までの期間が短い。
それでも、作品になるという算段が付いているのだ。

このBLOGを読んでくださっている方々もきっと足を運んでくださることになる。
映画の撮影で、秋の公演を断念したこともここに書いた。
ようやく、皆様と会えるのだ。

下北沢から世界へ

この一行が、いよいよ本当になる。
そんなさなかに、たった二日だけ、もう一度下北沢に行こう。

ネットを介してじゃなく。
直接皆様の前に行こう。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:38| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

偶然のインタビュー

よく小劇場の世界の舞台俳優が仕込みの時に半分冗談のように口にする。
「早く仕込みとかしないで済むような役者になりたいもんだよ」と。
半分冗談、半分本気。
どこか仕込み作業を楽しみながらも、芝居とは別の仕事をすることに違和感も持っている。
現場に行くと、メイクさんや衣装さんが待っていて、楽屋で準備をして。
楽屋にお呼びがかかって現場に行って、ただ芝居に集中する。
そんなシチュエーションは、まるで、舞台俳優にとっては夢のような話だ。

けれど、おいらは、実はそれをそれほど良い状況とは昔から思っていない。
それがどんなセットなのか、どういう流れで芝居を作っているのか。
何もわからないまま、そのシーンだけ芝居しろと言われて、演じるのはちょっと不利だなぁとすら感じている。
人気俳優に至っては、映画3本、ドラマ1本なんていう苛酷な状況下で。
今日はどの映画の○○のシーン、明日はドラマなんて、日々を送っている。
もちろん、俳優たちはそれぞれの仕事を完璧に演じようとしているだろうけれど、ベストではないはずだ。

おいらなんかは、初めての劇場入りすると、その空間の中心に立って、まず大きく手をたたく。
手をたたいた反響音を確認して、その空間を把握している。
どのぐらいの声が、一番後ろまで聞こえるのか、距離感がどのぐらいずれているのか。
空間把握が、芝居感覚の第一歩だったりする。
そういう暇すらない中、芝居をするというのはどんな気分なんだろうなぁって思っていた。
でも、多くはやっぱり、芝居以外の作業はないほうがいいと思っているわけで、変わった考えだと思っていた。

「芝居だけをしている現状がもったいない」と題された2ページにわたるインタビュー。
俳優として作品制作にかかわる中で生まれてきた俳優の持つべき責任について答えている。
おいらは自分が変わった考え方なのかなぁと思っていたのだけれど。
逆に、映像俳優側からも、同じようなことを考えている発言があって驚いた。
実際に、今までこういうことを発言している俳優は、おいらの記憶にない。
まさか、小栗旬さんも、資金調達から製作から美術組み立てから編集まで関わっている俳優がいるなんて知りもしないだろうけど。
考えてみれば、勝新太郎さんも石原裕次郎さんも三船敏郎さんも、自分で映画製作に行っている。
それはきっと、「作品作り」を考え始めたら、芝居という言葉の範囲がどんどん広がっていったのだと思う。
空間把握や、美術の理解、照明の角度の理解も、全て芝居なのだと感じるからこそ、そうなっていくんじゃないだろうか。

現場に行って、そのシーンの芝居だけして帰っていく。
それは確かにプロっぽいけれど、同時に、何かが足りないんじゃないかってずっと思っていた。
少なくても、自分の出番のシーン以外の時間を知らないまま、編集後を待つというのが違和感があった。
それは多分、小栗旬さんだけではなくて、他の俳優でも、何人もいるのだろう。
小栗さんは、座組のトップになって、いくつもの作品に関わって、初めて発言できたのではないだろうか。
小劇場の世界で劇団をやっている連中は、劇場を抑えるところから、チケット販売や、大道具設営まで全部やる。
やりながら、芝居だけしたいよなぁなんて口にするけれど、結局、どちらも、ないものねだりをしているだけかもしれない。

編集前の勉強をしている中で、或いは、この撮影を通じて、そうなんだなぁと思ったことがある。
映像の世界は、徹底的に分業制だっていうこと。
二つの仕事を跨いでいるなんてことが、本当にない。
お互いをリスペクトしているということだし、それは全然悪いことじゃない。
それだけじゃなくて、同じ映像でも、業界の違いがあったりする。
CM業界、テレビ業界、PV業界、映画業界。
それぞれが、扱う映像が違うから、技術体系が違うことを学んだ。
CMは短い映像を豊富な資金で作成するし、テレビはとにかく早い編集を目指す。
だから、編集時に使うソフトまでまったく違ったりする。
化粧品のCMの女優の肌が異常に綺麗なのには実は理由があるし、あれを映画でやることはほぼ不可能ってことだ。
それぞれの業界、それぞれの業種、徹底的に分業されている中で、作業をしている。
だから、
「役者なんてもんは言われたとおりに、そこに立って、芝居にだけ集中してくれればいいんだよ!」
・・・という空気が確実に映像の現場にはある。
それはそれで真理だし、全員が素晴らしい作品を作ろうとしている証拠でもある。

ただそこで、疑問を持ったり、考えたりしている俳優がいるというのは、ちょっと力になった。
そして、同時にこのセブンガールズという映画が、特異な映画であることもよく理解できた。
それぞれには世界があって、その世界にはその世界のやり方がある。
郷に入っては郷に従うべきだけれど、時々、そんな壁をするりと抜けちゃう作品が生まれる。
それはそういう背景なのだと思う。
未来を想像すれば、もっともっと変わっていくのはわかりきったことだ。
Youtubeの登場で、映像や映像編集はより身近になっている。
その上、ソフトウェアもハードウェアも、日々進歩しているのだ。
映像の世界もきっと、まだまだ変わっていく。

ここまで書いて、ふと思い出して、岩井俊二監督のインタビューを再度読んだ。
行くところまで行っちゃってる内容だけれど。
今読めば、また依然と違った感想を持った。

やはり、とんでもなく、幸せな環境で映画製作していることを、強く強く感じている。
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 13:57| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月03日

366

この投稿は366回目になるはずだ。
昨年の11月4日付から始めたこのBLOG。
今、11月3日付で書き始めている。
オリンピックイヤーは、閏年だから、365日+1日。
なんとかかんとか、このBLOGを毎日更新で1年に達したことになる。

このBLOGを書き始めた時。
クラウドファンディングを知っているのは、おいらと監督ぐらいのものだった。
舞台版のセブンガールズを終え、次回舞台公演を決定する頃に、おいらが監督に提案した。
セブンガールズの映画化を提案してみないかと。
監督は、クラウドファンディングの達成は難しいと考えていた。
クラウドファンディング以外にも他の資金調達も含めて、考えるようにしていた。
けれど、やること自体は良いことなんじゃないかと言ってくれた。
その時に、おいらは、監督に一言だけ言った。
いいんですね?小野寺ってやつは、やると決めたら、ガーッ!ってどこまでもやっちゃいますよ?
そういうおいらを監督はとてもよく知っているから、一瞬不安な顔をした。

監督からのGOが出た瞬間から、どのぐらいの金額を集めるべきかとか、周囲に相談をした。
多くの方に意見を求めて、どんどん進んだ。
このBLOGを初めて、約1か月でクラウドファンディングの公開に辿り着いた。
その頃でもまだ、劇団員の多くは、小野寺が何か始めてるよ・・・ぐらいだったと思う。
映画にするといっても、デジタルカメラを使って自分たちで自主映画なんじゃないの?と思っていたメンバーもいる。
まさか、プロの撮影で、プロの照明で、プロの録音で、プロの美術で、配給制作まで連絡しているなんて思っていない。
今見ても、このBLOGを一度もSNSなどでシェアすらしていない劇団員すらいる。
クラウドファンディング期間に、その宣伝を一度もしていないメンバーさえいる。
つまり、ちょっとよくわからなかったのだ。

クラウドファンディングで集めるべき金額と。
実際に必要な金額とでは、大きな差があって、そこは自分たちで埋めるしかない。
それも、最初から想定していたことだ。
本気で映画を製作しようとすれば、うん千万という金額が必要になってくる。
それを可能にするのは、18年という歳月を重ねた劇団の持つポテンシャルだった。
そこまで計算しないと、映画化というのはとても不可能だったからだ。
いや、計算しても、そんなこと出来るだろうか?という意見が周囲に多かった。
でも出来るよって思っていた。
舞台の制作だって、人から見れば、信じられないようなことをやっているんだから。

まだひとりぼっちだった。

もう一度、このBLOGの最初の投稿に目を通す。


何一つ手にしておらず。
ひとりぼっちで。
決意をしている。
ここから始まって、仲間が増えていく。
そして、先週のようにプロのスタッフさんが合流していく。
まだ夢がはじまる前。
夢でさえなかったような日。
それが、たったの一年前だなんて、信じられるかい?

去年のおいらに言いたいよ。
目の前のたくさんの壁を想定して、実は怯えていたよね。
乗り越える覚悟だけ持って、どんなことがやってくるだろうって不安だったよね。
でも、お前は、全ての壁を乗り越えていくぜって。
クラウドファンディングの公開まで進み、達成を果たし、様々な予算削減を乗り越え、撮影まで行くんだぜって。
お前が妄想した、世界の片隅で名作を生むという動きは、たったの一年で、ここまで進んだぞって。

来年には、どうなっているだろうね?
きっと、来年の今を想定して進んでいるメンバーだってそんなにいないだろうな。
今は、映画を撮影したという余韻の中に皆がいる頃だ。

けれど、おいらは違う。
おいらが思い描いた夢は、ようやく折り返し地点に来たばかりだ。
前半に現れた壁よりも、より高い壁が待っている。
ここから先の夢は、きっと、監督やプロデューサーとおいらの中にあるものだ。
ここまで来たのだから、もう何も怖くない。

ちょっとだけ、よくやったねって褒めてあげたいけれど。
まだまだだ。
ここから、力強い一歩を踏み出せるのかどうか。

366回目で、1回目と同じことを、もう一度、書く。

「絶対に出来る。
 絶対に出来ると信じている。
 世界の片隅から名作が生まれる」
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posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 06:00| Comment(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする