早めに起床してホテルの簡易朝食をいただく。
みそ汁の味噌の味が少し違う。
醤油が甘いと聞いたことがあったけれど、みそも少し甘い。
少し片づけて出る準備をする。
堀川のチェックアウトの時刻を聞いていたからそれに合わせて出る。
大分県では有名なデパートに中にある有名な冷麺のお店。
開店時刻より少し早かったから別府タワーの1階の喫茶店でホットコーヒーを。
昨晩、大将にふるまっていただいたからそこに行く。
堀川は食べることのできなかった別府冷麺を。自分は別のメニューを。
豊田監督についていらっしゃった方も来ていらした。
とりあえず堀川とは一旦分かれて別行動に入る。
別府は温泉地、歓楽街。
山は富士、海は瀬戸内、湯は別府。
歓楽街としての歴史を刻んできたような細い路地を探索する。
別府湾があり、実は日本軍、そして今は自衛隊の基地も近い場所。
今はもう飲食店街だけれど、青線の名残が至る所に残っていた。
人がすれ違う事も出来ないような小径の奥には、見たこともないような自転車がホコリをかぶってた。
恐らくは青線ではなく赤線であった地域に行く。
竹瓦小道は日本最古のアーケード。木製のアーケードで小さな店がひしめき合ってた。
その中心に竹瓦温泉があったので、そのまま湯をいただいた。
千と千尋の神隠しに出てきそうな温泉。
全て源泉は同じなわけではなくて、それぞれ特徴があって効能も違うようだった。
想像以上に熱い湯だったけれど、あっという間に慣れて芯から暖かくなった。
一緒に湯に入っていた方も東京の人だった。
セブンガールズ最終日。
上映後の登壇だと思っていたら、前にもというリクエストが前日に来ていた。
そうなるとそれほど長い時間はとれない。
どうしようかなぁと思いながら、街を歩いてみる。
思っていたよりも閉店している店舗が多い。
かつての強烈な歓楽街から、観光地へと変貌している。
ストリップ小屋は閉館になっているし、怪しげな小道も様変わりしているはずだ。
ピンク映画館が一軒残っているけれど、周囲は飲食店ばかりだった。
戦後歓楽地は、映画館、飲食店、カフェ、ストリップ小屋、赤線青線。
全てが小さな地域に凝縮されていた。
今も歴史を残す映画館はそんな地域に残っていることが多い。
息をすれば人間の匂いがしそうな歓楽街は名残となって、その時間帯はひとっけも少なかった。
お年寄りが公園の日向でうまそうに缶チューハイを呑んでいた。
きっと彼らはかつての歓楽街を熟知している。
その足で街を観ながら海門寺温泉に行って湯をいただく。
玄関の地蔵の手前にも湯が沸いていて、ひしゃくで頭からかける。
だからお地蔵さんの頭に湯の花が咲いていた。
さっきの温泉とは違ってこちらは綺麗なお風呂だった。
市が立て替えて、移動したのだという。
ひなびた温泉も素晴らしいけれど、綺麗なお風呂もそれはそれで心が和んだ。
ホテルに一度帰って、準備をする。
そこまでゆったりできるほどの時間はなかったから。
15分ぐらい仮眠をとってから別府ブルーバード劇場に向かった。
今日も良く知っている顔があって、ほころんだ。
別府ブルーバード劇場の階段の途中に灰皿とソファが置かれている。
その上に看板があって、かつては2階だけではなくて3階にも映画館があったことがわかる。
今は3階は劇場として貸し出していて、イベントや催事に使用されていると聞いていた。
豊田監督の記憶に残っている映画館は恐らく3階だっただろう。
照ちゃん館長、岡本さんの二人の会話は面白い。
・・・というか圧倒的に強さを感じる。
別府の女は強いのだと思う。
実際に出会ってきた地元の女性は強い人ばかりだった。
夜に出かける予定でおしゃれをしているのだけれど、気に食わないとすぐにやりなおす。
館長補佐の森田さんは東京の人だから、笑っている。
強さを持っている女だからこそ、この一大歓楽街で88歳の今まで現役で映画館にいるのだ。
思えば、セブンガールズという作品内容だけじゃなくて、出会ってきた女の強さを何度も目にしてきた。
森田さんはすぐに岡村さんに突っ込まれる。
その感じもなんだかほほえましいやり取りで思わずニコニコしてしまった。
上映前に登壇というのは初めてだった。
前日に話したことももう一度話したけれど、今日は今日で新しい言葉だった。
芝居を辞めようと思っていた堀川は、映画を通じて人と人との繋がりを感じて、ついに大分まで来て。
そういう話をしていた。
自分も結局、色々な人に観て欲しいという話をした。
話をしていたら森田さんが目を拭いていて泣いているのがわかって。
振り返ったら、堀川も泣いていた。
多分、大分では泣かないと決めていたのだろうけれど。
たくさんの感謝が、最終日に堰を切ったのだと思う。
セブンガールズに出てくるあの女たちの強さを本当の堀川は持っていない。
逆を言えば、だからこそ猫役を演じることが出来たのだと思う。
登壇が終わって少し話をしていたら。
女性三人が出かける時間になった。
元々、上映後の登壇予定だったけれど、二回やることになったのは用事が出来たからだ。
何もそんなにまでしていただくことないのに。
照ちゃん館長が受付から出てきてハグしようと言った。
堀川も自分も館長とハグをした。
なんだか全部わかられているんだなぁって思った。
自分みたいな若輩者の考えているレベルなど、とうの昔に通過している。
例え耳が遠くなって全ての会話が聞こえていなかったとしても、表情だけで内容がわかる。
おばあちゃんって言えばかわいい存在かもしれないけれど自分はどうしてもそう思えなかった。
人生の達人の一人に出会ってしまったような感覚をずっと持っていた。
映画館は、映画会社、配給会社、地元のコミュニティ、様々な関係性の中で成り立っている。
歓楽街の時代からこの街を生き抜いてきて、今も現役の人はどれだけの戦いをしてきたのだろう。
いつもにこにこして、かわいらしい存在だけれど、自分はどうしてもそれだけに思えなかった。
今はこの街の顔の一つになっているのだ。
三人が出かけてからすぐ近くの駅前高等温泉に行く。
上映前と上映後があるなら、その間にお湯をいただいておこうと思いついた。
自分の住んでいない街に出かけたら、その街と融合するべきだと思う。
何をしようかなと思って、それが一番だと思ったからだ。
駅前温泉は、あつ湯とぬる湯で分かれていて、結局ぬる湯を選んだ。
今までで一番、トロトロとしたお湯に感じた。
映画館に戻って用意しておいた浴衣に着替える。
堀川は既に衣装に着替えていた。
お礼を伝えて簡単な質問が来る。
何度も稽古して、どうやってリセットしているのかという質問が来る。
毎回フレッシュに演じることは難しい事だけれど、その訓練をしていて。
予定調和に関しては厳しくチェックしている。
自分にとっては当たり前の話も大きく頷いていて、ああ、自分のいる世界も異世界なのだなと思った。
お客様と一緒に堀川がダンスをして、恒例の記念撮影をしてからロビーに出た。
自分にも話しかけてくださって、サインを書かせていただいた。
2回目の方が泣けたよ、今日で3回目だよ、そんな声が自分にも届いた。
ミチロウさんが最後にライブしたのが別府なんです!なんて話まで聞く。
不思議な気分だった。
終わってそのまま堀川は実家に向かう。
最後の夜ぐらいゆっくりすればいいのだから。
電車の時間まで甘えられたらいいけれど。
ご両親も仕事があるはずだ。
せめて、ことや食品のお弁当を、帰りの電車で頬張ればいい。
きっと新幹線の中で、寂しくてたまらなくなるんだから。
狭い暖簾の掛かった居酒屋に行く。
そこもおばあちゃんが元気に切り盛りしていた。
何を呑む?と席に座るや否や。
飯、食いたいんですけど・・・と伝えると、いいよいいよ!と。
名物のりゅうきゅうがあったから、それを飯にぶっかけてくれとお願いする。
いいよ、どんぶりにしてあげるよなんて。
今、お茶入れてあげるから、ちょっとだけ残して茶漬けにしなよなんて言ってくる。
やっぱり圧倒的に強い。
ばんばん切り盛りをしているし、目が行き届いてる。
お願いするよりも前にどんどん聞いてくる。
りゅうきゅうは、元々、魚の捨てる場所や前日の刺身を漬けにして無駄なく食べる漁師の文化だったそうだ。
だから関サバ、関アジが混ざっていたりする。
一口食べると、信じられないぐらいのゴリっとした歯ごたえ。
自分たちが普段食べている刺身とは鮮度が違う。
むしろそのコリコリとした歯触りを楽しむような料理だった。
お茶をかけて、最後の米の一粒までかきこんだ。
漬けのタレと、海苔と、白ごまと、お茶と、少し柔らかくなった刺身がたまらなかった。
そのまま旅人さんどうぞと表に書かれていたBarに入る。
大阪でもあった地元の人との交流をしたかった。
マスターと二人で、かつての別府について聞く。
別府は、満州帰りの人が多かった。
地理的にも九州全体が日本の中でも割合が多いはずだ。
別府冷麺も満州の朝鮮族に教わった味を再現したのが始まりだった。
中華の古いお店は、大陸の味そのままだし、餃子も有名なのだと聞く。
地元の人と、外国人と、日本各地から集まる大学と、その留学生と、観光客。
そんな人たちが毎日のように交錯する街なのだと知る。
その小さな出会いが重なって街を形成していった。
漁師の飯と、満州帰りの冷麺と、観光地としての名物と。
全ては人と人との間で生まれてきた。
ホテルに戻る。
二日間で出会った様々な人の顔を思いながら。
0時を過ぎてからブログを書くけれど、多分、寝てしまうなぁと思った。
どうせ眠ったって、4時間もすれば起きてしまう。
そういう体になった。
堀川が実家に向かってすぐに路地裏で仔猫に出会った。
実家で飼っている猫と同じカラーの兄弟。
二匹はじっとこちらを見ているけれど、おびえて近寄ってこなかった。
堀川が演じた猫ちゃんは、野良猫を見て自分で自分にそんな源氏名をつけた。
好奇心はいっぱいなのにどこか心では怯えている。
強い女たちに出会って、猫の弱さってやっぱりあるなぁなんて思う。
あさひや、コノに憧れて、猫は強がっていただけだ。
真奈は全部知ってた。
映画館のロビーに漏れてきたいくつかの音が強くなろうとする真奈だったとき。
急にグッと来た。
音を聞くだけで、それが開始から何分で、どんな絵か頭の中に浮かぶ。
このかつての歓楽街であの仔猫は逞しく生きていくだろう。
そして別府という街は変わりながら、保養地として続くのだろう。
ラグビーワールドカップ予選で、伝統の一戦が大分県で開催することになった。
街のいたるところに子供たちの書いたラグビーの絵が飾られていて。
きっとこの子供たちが次の別府を生み出していくのだなぁなんて思ったよ。
全ては繋がっている。
全てが続いている。
今はなき遊郭もストリップ小屋も。
形を変えて。
そしてそれは間違いなく前進なのだと思う。
前へ、前へ。
きっと今日も逞しい女が生まれている。
再訪したい。
心から願う。
そういう街だった。