何を食べようかなぁと思った時に、ふと思い出した店があった。
子供の頃に行った記憶が微かに残っているラーメン屋が今も営業しているといつだったか目にした。
あの店にふらっと行ってみようかなぁ、なんてふと思い立った。
もう35年も前、小学四年生に転校して以来そのあたりを歩いたこともない。
なんとなく、勘を頼りにこの辺じゃないかなぁと辺りを付けて向かってみた。
そのラーメン屋はやっぱり今も営業していて。
むしろ、一部のファンがついている有名店になっていた。
あの頃はそんなに有名な店でもなかったのに。
子供の頃はコーンラーメンがディスプレイされていて、食べたいなぁといつも思っていた。
今は、ディスプレイはなくなっていた。
店を出てそのまま駅に戻ろうかと思ったのだけれど。
なんとなく、遠回りして、次の駅まで歩こうと思った。
10歳の頃の土地勘がなんとなく残っていて、そこの信号を曲がれば次の駅の方に出るなぁと思った。
信号を曲がってしばらく歩いた。
細い細い道だった。
まるで子供の頃に見たことがない景色だった。
これは、迷ってしまうかな?と少しだけ不安になったのだけれど。
あれ?でも、この生垣だけは、なんとなく見覚えがある気がするなぁなんて思った。
少年の頃の10年間の記憶。
曖昧になっている記憶。
左手に見える大きな民家に記憶が刺激される。
あれ?この家は完全に見覚えがある家だ・・・。
そも思った時に左手に、低い低いコンクリ塀があった。
瞬間、記憶がどどっと蘇った。
自分はこのコンクリ塀の上を、フラフラ揺れながら歩いたことがある。
この電柱に飛び乗って、いつか登ってやろうと思っていたことがある。
砂利の敷かれた駐車場。
その奥に小さな平屋の家が建っていた。
少年時代、自分の住んでいた場所だった。
この駐車場のエリアにかつてその平屋の家と同じ建物が六棟集まっていた。
中央に泥んこのスペースがあって、そこを囲むように建っていた。
自分は左手の真ん中の家に住んでいて、その奥の家に従兄弟の家があった。
庭とも言えないような狭いスペースにポールを立てて、場違いの鯉のぼりを飾った。
自分の住んだ家も、従兄弟の住んだ家もない。
このスペースでお父さんとキャッチボールをして、あんまり近くでやろうとするから馬鹿にするなと怒った。
次々に子供の頃からのイメージが蘇っていく。
だとしたら、道路の向かいの生垣の民家は、きんちゃんの家じゃないか!
あの角を曲がれば、お父さんが駐車場を借りていたところに出るじゃないか!
ここは梨畑だった場所で、ここは田んぼだった場所で、ここで女郎蜘蛛をつかまえたじゃないか!
伽藍とした駐車場。
きんちゃんの家と材木屋と一軒だけ残された平屋。
思い出でしか繋ぐことのできない住宅街になった景色。
記憶を頼りに歩く。
まっすぐ行けば大家さんの家があるはずだなぁ。
あの家の前には、いつもモグラがつくった土の線があったなぁ。犬がいたなぁ。
なんて思いながら。
大家さんの家はもちろんあったけど、景色は全然違っていた。
あんなに大きな道路だと思っていたのに、狭い狭い道だった。
チョークでたくさんいたずら書きした道路は、ただの狭い道だった。
ここが少年時代の世界の全てだったのか。
思った通り次の駅の駅前に出た。
明るくなった駅前に出て、さっき見た真っ暗な住宅街と、真っ白な思い出が、入れ違いで浮かんできた。
あんなに遠いと思っていた駅前は、大して遠くもなかった。
いつか、家出をした。
大冒険だった。
思えば、大した距離でもなかったんだなぁ。
結局、しゃがんで、びーびー泣きじゃくてった。
あれは何に腹を立てていたんだっけ?
あれから何度泣いたんだろう?
もしかしたら本当に大冒険を始めたのかもしれない。
自分の世界の全てから飛び出して。
何かに腹を立てながら。
結局、寂しくて、びーびー泣きながら。
そこから、飛び出していって。
振り返ればもう梨畑も、野ウサギも、モグラもいない。
田んぼも、青大将もいない。コウモリも飛んでない。
冒険してもしなくても、変化は続いていた。
それでも、あの日の少年は、きっと冒険を続けている。
少しだけ知恵を付けて。
少しだけ大人になって。
少しだけ薄汚れて。
大丈夫。忘れていない。
全部、自分の中にある。
全部、抱えたまま、冒険している。