「黒薔薇」というスペシャルドラマを観た。
亡くなった野際陽子さんが出演していた。
髪は明らかに、かつらを着用している。
顔は、少しむくんでいるけれど、化粧でとても美しい。
妖艶な役を、色っぽく演じていた。
恐らく、病院から撮影に通っていたその時期に撮影されていたものだ。
本当は3月に放映される予定が延期になっていたのだという。
番組改編期に放映するスペシャルドラマで、9月の枠は埋まっていたのだろうけれど。
まさか、放送予定9か月後に、野際さんの芝居が観れるなんて。
あるシーン。
ピザをほおばっていた。
少し指が震えているのが目に入った。
それが本当はどれだけ苦しい事か。
若い俳優が冬の海に飛び込んだと自慢げに話した所で、遥かに及ばない。
あんなこと、本当に出来るのだろうか?
役者であったら、芝居であったら、出来るのだろうか?
いや、やっていたのだけれど。
恐怖も、苦しみも、芝居で乗り越えていた。
かすかに震える指は、それを物語っていた。
それだというのに。
そんな大変な芝居だというのに。
相手役に向かって、微笑んでいたんだよ。
妖しく、美しく、どこまでも魅力的に。
刑事物で始まるこの作品は、松本清張さんの名作の一つ。
いつの間にか、事件の中心にいた黒幕が存在することがわかる。
けれど、その黒幕の後ろに、もっと妖怪めいた存在が見えてくる。
黒薔薇というタイトルは、野際陽子さん演じる女性を指す。
登場すると、「生きていたのか!」というセリフで野際さんが現れる。
その瞬間、女優とは、映像の中に生きているのだと、まざまざと知ることになる。
素晴らしいなぁと感じたことの一つは。
まったく野際陽子さんの遺作放送!という宣伝をしていなかったことだ。
普通にスペシャルドラマだという宣伝しかしていなかった。
観た後に、SNSなどを観たら、まさかの出演!というコメントがいくつも上がっていた。
出演を知らずに観ていた人の方が多いぐらいだ。
それが故人の意思なのか、遺族の希望なのか、製作側の希望なのかはわからない。
けれども、作品の宣伝であり、遺作を前に出したくなかった意思が確実にあっただろう。
芝居は命懸けだ。
堂々と、病魔を感じさせることなく、そこに存在すること。
あの微笑みは、多くのことを教えてくれた。
涙も出ない。
ただ、その生きざまに感服する以外に手がない。
後進は、その姿に学ぶことしかできない。
役者は永遠に存在し続ける。
亡くなっているなんて、誰が思うか!