役者解禁
美術設営の最終日。
美術さんに確認を取って、ついに男たちにも役者モードを解禁した日。
それぞれが一気に稽古をし始めた。
女優陣は前日から解禁していたから、スカートや靴を履いて、ダンスの稽古を始めた。
外観の写真を、パンパン小屋の玄関から。
こんな足場でどうやって踊ろうか?と話し合っていた。
玄関前には、足場板が置いてある。
これは、当時の写真でもよく見かけるけれど、玄関前はすぐに足元がぐちゃぐちゃになる。
飛び石を置いたり、板を敷いたりしてあるのは、よくある風景だった。
右側には倒壊しないように木材がトタンの建物を支えている。
左側には、籠が積んであって、物干し台が麻の紐で組んである。
元々生えていた苔、遠くに見えるトタンの建物。
地面に後から撒けるように、枯葉も集めてあった。
電池を入れたラジカセが準備してあって、それで練習をした。
皆、セットを組みながら、早くこのセットの中で芝居をしてみたかったのだ。
もちろん、男性陣も解禁したから、女優陣は自分の相手役を捕まえてセリフ合わせも始めた。
この日は全員揃っていたわけじゃないけれど、出来るシーンは皆でやったりもした。
夕方になって美術さんが到着して、全体のチェックに入った。
それが終わった頃、もう一度、一人になって、パンパン小屋で、シナリオをもう一度読み始めた。
スマホがブンブンとうなる。
翌日は完全練習DAYの予定だった。
監督は助監督との打ち合わせもあるから来れないかもという話も合ったのだけれど。
監督も来れるという連絡だった。
それだけじゃなくて、助監督も、撮影監督も来るとの連絡だった。
この二日で芝居を仕上げて、本番で、芝居を見せて驚かせてやろうぜ!なんて話していたら。
もう、その練習日まで付き合ってくださるという事が分かった瞬間だった。
夜のしじまの中のパンパン小屋から、出演者たちにメールで連絡を送る。
なんか、そんなことをしているのも楽しかった。
実はちょっとだけ、泊まっちゃおうかなぁって思った。
このパンパン小屋に生活感を最後に吹き込んでやろうかなって。
布団は毎日干してあったからふかふかだったしね。
娼婦小屋だから、きっと、本当はもっともっと臭い空間だったはずだ。
人の垢と、汗と、精液と、食べ物と、そういう匂いが充満しているような空間だったはずだ。
見た目は汚いし、埃っぽいけれど、どこか神聖な感じが少しだけ残っていて。
最後の最後に人の匂いをつけたいなぁなんて、考えていた。
もちろん、そんなことは懸念でしかなかった。
だって、翌日から倍以上の人間が常に出入りするのだから。
スタッフさんも役者も全員が集まることになるのだから。
一人で夜にいる時とは、当然違うし、人がいるという感じはすぐについてきた。
泊まっちゃおうかなぁという思いは、腹が鳴って消し飛んだ。
翌日からリハだし、スケジュールはタイトだし、皆にも連絡を随時送っているし。
飯を食って、シャワーを浴びて、作業着を脱ぎ捨てて、完全役者モードでここに来なくちゃと思い直した。
役者に切り替え始めた象徴のような写真だ。
彼女たちはついにヒールを履いたのだから。