セット裏
裁縫道具を持つ女優。
ここは、仕込み時のセット裏だ。
当然、映画では出てくることもない場所。
仕込み時だから照明もないし、早替え用の部屋もない。
雑然としている。
女優の後ろにパネルの裏側、トタンが見えるだろうか?
木枠を組み合わせ、トタンで埋め、更に化粧を重ねていったその裏側だ。
灯漏れのための暗幕も見える。
左側に並んでいる青いケースは、劇団で持ち込んだ道具箱。
倉庫から持ってきた、基本的な工具や文具、黒幕、無線機などなど、全て役に立った。
右側には、余った部材が雑然と置いてある。
立てかけられたトタン、木っ端材、発泡スチロールのブロック。
大き目の机は、仕込み時には作業台に、撮影時には小道具置きに使われたものだ。
パネルは実は、別の映画のセットで廃材になったパネルの一部をもらってきた。
昭和期の駅前のセットだから、トタンを貼り付けたパネルがいくつか出てくる。
街一つを創っちゃうような映画だったから、廃材もとんでもない量だったはずだ。
その中の、トタン張りのパネルだけ、基礎的な小屋を建てるためにピックアップして頂いてきた。
多分、その映画を観ても気づくことはない。
前面の化粧が変わってしまっているし、向きも違うし、使い方も映り方も変わっているから。
撮影前に、あの机の向こうに早替えようの部屋を仕込み、裏導線を仕込み。
小道具用の机も、もう一つ増やして、更に裏導線を創った。
二人が裁縫箱を持っているのは、鏡台のカヴァーを製作していたからかな?
鏡台はバラバラの大きさだから、一つ一つカヴァーの大きさが違う。
カヴァーを付けないと、撮影で余計なものが写り込んでしまう可能性があるから、基本カヴァー付きにした。
一度作ってしまうと、大きさが決まっているから、多少余裕の大きさで創るにしたって。
創る前に、色味を確認していた。
余った古着の着物を広げて、鏡にあてがって、並べて、色味を確認して。
それからの作業だったよなと記憶している。
ある程度、セットが組みあがってからじゃないと、装飾が出来ないということの一端だ。
美術がほぼほぼ組みあがって。
片付けや、細かい装飾に移ったことで、自分なりに役者モードにスイッチしていった。
この日の夜、皆が帰ってから、ランタンを灯して、セットで贅沢に一人稽古をしていたんだな。
暗くなると作業効率が落ちるし、バスの時間もあるから、わりに早い時間に作業が終わった日だった。
一人で、シナリオを読み、動きを確認し、当時の時代を思い浮かべていたら。
なんだか、ガサゴソと音がして。
なんだろう?と思ったら、この二人が一度帰ったのに戻ってきた。
その後、あの部屋で、三人で稽古をした。
今思えば、あの時間は、とっても濃密な時間だったな。
皆は、夜のこの現場をあまり知らないと思う。
陽が落ちてからの撮影ももちろんあったけれど。
毎日20時前にはほとんどの俳優が撤収した。
その後は、一部のシーンだった。
・・・おいらのシーンはほぼ毎日最後だったというのもある・・・。
鍵を閉める係だから、助監督が後回しにしてくださっていたからだ。
BBQも真っ暗な中だったけれど、実は夜は夜でも、日が落ちただけでそこまで遅い時間じゃない。
夜のこの現場は、なんとも言えない空気が流れていたよ。
バスの時間を気にしないでいいメンバーだけが覚えているはずだ。
陽が落ちたら真っ暗になるあの空間は。
真っ暗になって、数時間経つと、虫の音と、カサコソと聞こえる夜行性動物の足音に包まれるんだ。
そして、しっかりと、星が見えていた。
毎日がヘトヘトだったけれど。
それはまるで、夜の夢のようだった。