「赤線」と言う言葉を知っているだろうか?
所謂、国が定めた娼婦街を地図に赤い線で囲っていたからそう呼ばれるようになった地帯だ。
国が定めていない娼婦街は青い線で囲まれ、青線と呼ばれた。
赤線と言う言葉が実際に広まったのは実は、30年代以降だそうだ。
小説や映画のタイトルになって、初めてメジャーな言葉になった。
それまでは、警察内部などの言葉だった。
特殊飲食店街。
それが、戦後の娼婦街につけられた名称だ。
今日、用事で大久保近辺まで行った。
帰り、一緒だった皆と別れて、あえて新宿まで歩いた。
旧赤線や旧青線の街を。
もう戦後71年物月日が経つ。
名残など何も残っていないと思うかもしれない。
けれど、終戦後の赤線の写真を見た後のおいらには、そこかしこに名残を見つけた。
今は、BARの看板を出していても、ふと、隣接している建物の間に視点を移したら、レンガ塀だったりする。
良く見たら、トタンのひさしが裏口に設置されている店もある。
大久保から百人町、歌舞伎町と歩くと、ああ、ここも・・・ここもそうだったんだ・・・と次々に見つかる。
新宿には今にもたくさんの終戦直後の風景が残っている。
小便横丁は、親父がラーメンをよく食べた飲み屋街だ。
一回だけ連れていかれたことを覚えている。
今は、思い出横丁なんて洒落た呼び方をされている。
火事になったけれど、今もやっぱり残っていて、それどころか今は観光地になっている。
くぐってみたら、3分の1ぐらいは、海外からの旅行客が軒先で焼き鳥をつまんでいた。
さすがに帰り道から遠く、足は延ばせなかったけれど、花園神社の裏にはゴールデン街も残っている。
店と店の間の小道に入れば、そこが終戦から変わっていないことがすぐにわかる。
ゴールデン街は演劇人たちが今も飲む街だ。
新宿二丁目は青線だった。
帰還兵が占領兵に体を売ったことが今の二丁目の始まりだ。
元々の男色家もいただろうけれど、食うために体を売った帰還兵もいただろう。
それを思うだけで、背筋を冷たい何かが流れていく。
今は、飲み屋であったり、小料理屋であったり。ラーメン屋や焼肉屋になってる。
ここで体を売っていたとは思えないような内装になっている。
建物の外観も、何度もリフォームされて、看板を変えている。
裏口や、小道からの外観を観ないと、戦後の匂いは感じない場合もある。
けれど、その建物の大きさと、密集具合が、元々どのように店が並んでいたかをすぐに想起させた。
歌舞伎町浄化作戦は、確実に、その匂いを消していたけれど、目を凝らせばやはり日本最大の歓楽街だ。
酔っぱらいの間をすり抜けながら。
おいらはいつの間にか国民服を着ている。
軍足を履いて、軍靴を履いている。
ずた袋を背負って、そのごみごみとした活気ある闇市を歩いている。
食べる物はないか?
どこか金になる話はないか?
そんなことを考えながら、バラック街を歩いている。
走り抜けるGHQのジープを睨んでいる。
まだまだガキだった頃。
新宿や池袋で飲んだ。
何も知らずに飲んだ。
そこが歓楽街になった理由など何も知らなかった。
若者が次はカラオケに行こうぜ!と言えるのが何故か。
そんなことに考えが及ぶことなんてなかった。
今、新宿の街が違った街に見える。
今年は閏年。4年に一度の年だ。
ブラジルのリオデジャネイロで夏のオリンピックが開かれる。
そしてその4年後の次の閏年。2020年。
この東京でオリンピックが開催される。
終戦が1945年。
初めての東京オリンピックが1964年。
19年の歳月をかけて、日本はオリンピックを開催できるまで立ち直った。
オリンピックに向けて、たくさんの道が整備されて、区画整理が入って、日本はリニューアルされた。
それから50年以上の月日をかけているのに。
どうしても、赤線の匂いが完全には消えない。
そして、4年後に向けて、もう一度東京はリニューアルをしている。
まだ残っていたバラック小屋も次々に潰されている。浄化作戦も続いてる。
ほんの数年前にあった建物が、見に行ってもなくなっている。
それでいい。
それでいいのだ。
いずれ消えてなくなってしまえばいい。
街は生まれ変わり続ければいい。
ロケ先がみつからないことは、きちんと、日本が前に進んできた証拠だ。
映画や演劇や写真や絵画や。
文化がその名残を伝えていくだけでいいのだ。
現実の生活空間は変わり続けていくことこそが正しい。
少し寂しい。
寂しいけれど、正しい。
初めての東京オリンピックや、大阪万博を誘致した日本人の中に、アイツがいたんじゃないかなって気がする。
アイツは、誰も想像できないようなことを当たり前のようにやっちゃうヤツだからだ。
ドヤ街を闇市を、前に前に歩いたやつだからだ。
アイツの知り合いには、政治家も、アメリカに留学したビジネスマンも米兵までいたからな。
ありえない話じゃないさ。
これからの4年でまた東京は大きく変わる。
どんどん変わればいいさ。
変わっちゃいけないことだけ、しっかりと、自分の中に持っていれば。
赤い線は消された。
青い線は消された。
地図も変わった。
それはきっとそれを望んだ人がいたからだ。