2019年04月21日

I'm hungry

この焦燥感はなんだろう?
わからないけれど、追い詰められた感じ。
これでいいのか?が何度も頭の中にこだまする感じ。
爆発的に何かが飛び出せばいいけれど。
これでいいのかばかりが続く。
追い込まれているような。

もう眠らないとなぁとか考えると焦る。
焦って答えが出る事なんて何もないのに。

いつもとは違う。
時間の流れ方。
アイデアの整理もついていない。

なんか数か月前。
「だめ出し」という言葉についてなんやかんやと流行っていた。
元々は演劇用語で演出家が稽古を観て役者に伝える言葉のことだった。
けれどそれがいつの間にか一般化している。
芸人さんが自分たちだけでネタを創るのではなく、養成所出身になって。
結果的にネタ見せの現場でだめ出しをされるようになって。
それをバラエティで話すようになってから、一気に一般化した感じがある。
お前、あとでだめ出しやからな!なんていうツッコミが一般化していったんじゃないだろうか?
ドラマや映画の製作発表でも、役者が監督にこんなだめ出しをされて・・・なんて普通に口にするようになった。
少なくても自分が初めて「だめ出し」という言葉に触れた時は、世間的に浸透している言葉じゃなかった。

それが最近の若い人の劇団では「だめ出し」というワードはネガティブだから使わないのだそうだ。
フィードバックとか、チェックとか、なんかよくわからないけれど、優し気な言葉にしているらしい。
それをまたなんだか知らないけれど自慢げに誰かが書いたものだから、急に話題になった。
有名な演出家が、そもそも「だめ出し」という言葉で傷つくぐらいのメンタルでは役者はやれないとツイートした。
そうじゃない、演出家と役者との関係性が変わろうとしているんだ・・みたいなのまで出てきた。

なんだかなぁと思う。
そもそも演出家と役者の関係性なんてものにスタンダードはない。
演出家によって違うし、役者によって変わる。
大昔からだめ出しという言葉を使わない演出家だっていたし、そもそもそんなこと気にしていない演出家もいる。
自分にとっての師匠は、演出する前に「だめ出しとは」を説明までしていた。
「君の人間性ではなく、芝居の評価ですので、勘違いはしないでください」
そこまで丁寧に説明した上で、何がダメなのかをきちんと稽古で口にしていた。
そして演出家として、誰にでも平等な演出なんかしなかった。
耐性の低い役者にはそこまで厳しい言葉を使わなかったし、相手によっては人格形成にまで踏み込んだ。
それぞれの関係性と信頼の中での言葉なのだから、定型なんかないんだけどなぁと思う。

というか否定することをネガティブなんて言うのは暴論だ。
作品を良くしようとするために、それは違うとはっきりさせておくことはむしろポジティブなわけで。

でもなんだかそのやりとりを外野から見ながら。
ああ、総じてこういう感じだよなぁと思っていた。
うわっつらだよ。
言葉の上で、当たり障りのないほうが良いよねなんてのは。
駄目なものを駄目と言えない大人が増えているなんて言うけれど。
何かを否定することを「悪」と捉えるような社会になって来てる。
バカにするんじゃあない。
肯定するだけが愛だと思っていたら大間違いだ。
傷つく覚悟がないから、かすり傷で寝込むんだ。
型がなくちゃ、型破りも生まれないよ。

苦しいのが当たり前で。
そりゃ、抜け出したくなるわけで。
それでも踏ん張れるかどうかだ。
そして、そんな中で楽しめるのかどうか。
一瞬の笑顔を最高の宝物と感じられるかどうかだ。
我慢比べじぇねぇか!って言ったら。
それが答えだと言われたこともあるさ。

でも気付いた。
多分、若い演出家はだめ出しが出来ないんだなって。
芝居を観て、その感想を口にしているんだなって。
さすがに、仲良しクラブみたいなことはしていないと思うけどさ。
精神を摩耗させて、魂をすり減らして、本質に迫っていくような稽古を出来る演出家がきっと減ってる。
そしてそれに耐えられる、ダイブできる役者もきっと減っている。
そもそもその向こう側に何かを見つけたいとすら思っていないのかもしれない。
パワハラとかそんな低レベルなことじゃないんだよ。
人間が人間を演じるってそういう事じゃないよ。
演出家は結局役者を追い込めない。
役者は自分で自分を追い込む。
駄目出しとはそのためのものでしかないというのに。
或いは、そこからの助けとなるものでしかないというのに。

これでいいのか?
そんな自分の声が聞こえる。
今、駄目出しをして欲しいよ。
ここから抜け出すには、ちゃんとしたダメを出してほしい。
うわっつらな意見じゃねぇぜ。
それはそれで嬉しいのだけれど。
個人的な感想とも違うんだ。
それもそれで嬉しいのだけれど。

全てをオブラートにくるんで。
なんとなく優しい感じにするような。
そんなネガティブな生き方はしたくない。

本質に迫りたいんだよ。本質に。


映画「セブンガールズ」
公式サイト:http://sevengirls.info/
2019/5/18~24
横浜 シネマ・ジャックアンドベティ:http://www.jackandbetty.net/cinema/detail/1928/
2019/4/30 18時
アルティカセブン 映画「セブンガールズ」応援感謝祭 http://sevengirls.info/2019/04/fanfes/

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2019年04月20日

テクノロジーの全ては主役になれない

横浜 シネマ・ジャックアンドベティのスケジュールを確認する。
大型連休で特殊な発表だけれど、週明けの水曜日には上映時間が出る予定。
あくまでも予定だから前後する可能性はあるけれどいよいよだ。
連休前に予定が出るのが嬉しい。

自分は昔から最新技術の結晶のような製品のカタログを読むのが好きだったりする。
カタログにあるスペックを見ては溜息をつく。
もちろんそれで自分が手にしたいからと言ってなんでもかんでも購入するわけではない。
はぁ、これがあればこんなことが出来るんだなぁ・・・なんて思うだけだ。
機材が必要な時も最高の物のカタログやらは目を通す。
その上で、コストパフォーマンスや実際に使用する範囲内で機材購入に踏み切る。
最高の物を知っているからこそ、今、必要なレベルがわかるのだと思っている。
オーバースペックを知っていれば、等身大の物がわかる。

実際に映画製作する時の多くの機材はレンタルだったりする。
特にシネマレンズと呼ばれる映画にしようするレンズはレンタルが普通なんじゃないだろうか?
個人が所有するには高価すぎるし、種類も多すぎる。
もちろん所有しているカメラマンもたくさんいるのだろうけれど、レンタルの場合も多いと思う。
何本かはやっぱり持っているのかもしれない。
日常的に触っていれば当然技術も上がるし機構の理解も深まるから。
スチール用のレンズとは、設計そのものが違ったりするから。

本気での映像製作をするとなれば当然色々と変わってくる。
セブンガールズは、プロの撮影スタッフが入ったし、撮影スタッフが機材を用意した。
シネマカメラにシネマレンズ、業務用のモニター。たくさんの照明機材、無線のマイク。クレーン。
当時はわからなかった機材もたくさんあった。
カメラ本体についている細かいケーブルや細かい機械の意味すら。
そういうことも基本から学ぼうとしている。
別に手に入れる予定があるわけでもなく。
なぜそれが必要だったのか、あれはなんだったのか?
基本的なことがわかっていないといかんなぁと思うから。

自分たちでもカメラは持っている。
三脚も、マイクも、照明も持っている。
ただどれも業務用というわけではなくて必要最小限のものだ。
これじゃね、ここまでしか出来ないんだよ。ということが理解できているかどうかだ。
スペックを知れば、そのスペックで出来ることがわかってくる。
例えば、スローモーションの撮影はかなり厳しかったりする。

ある程度、陽が落ちたり室内になれば映像にノイズが乗る。
その場合は、ノイジーでも問題ないような映像を目指す。
例えばWEBCMで、イメージカットのようなものを撮影するとなれば自然光しかありえない。
そういうことも理解していかないと出来ない。
手持ち風の映像であればノイジーでもピントが甘くても問題はないとか。
或いは、ローファイな映像を目指すなら、そこまで気にしないでもいいとか。
そういうことも学んでいく。
なんだったら古本屋に行ってまでだ。
それでもまるで知識が追い付いてこない。
覚えることが多すぎるし、蓄積されてきた膨大な技術の全ては入ってこない。
そういえば、いつだったかレールがないから台車で撮影を代用したこともあった。

映像で面白いなぁと思うのは、ローテクとハイテクが混在していることだ。
ものすごい・・・例えば洗濯ばさみのようなもので工夫していることなどもあったりして。
例えばセブンガールズでも高台からの撮影はものすごいローテクで実現していたりする。
一方ではクレーンで撮影して一方では肩乗せや、足場を創って。
そんなことが重なって、映像が出来ていく。

もう何十年も前の映画を観ても面白い作品はあって。
その頃にはなかった技術が今にはあるのだけれど。
その技術がなくても面白い作品はやっぱり面白い。
最先端を行く3D映画でヒットした作品が少ないように。
実際には最先端である必要性がない。
結局は人間の持つ魅力、演技を越える技術はないのかもしれないなんて思う。
CGでどんな景色を創ったって、松明と団扇の煙の方が効果的だったりするのだから。

WebCMを50本作る!と宣言した時は、自分で自分を呪いもしたのだけれど。
なんで、そんなことを思いついて、そしてそれを実行しているのかわからない時間帯も多かったのだけれど。
今になって、その理由が自分の中で見えてきた。
これを知るためなんだなぁというのがわかってきた。
完成の部分、技術の部分、出来ることを増やすこと、色々なことがわかってきた。
シンプルな映像、カット映像、反則的な映像、その他諸々。
その中で、この機材があればこういうの創るんだけどなぁとかも見えてきた。
撮影したい人間、演技というのも客観的に把握し始めた。
役者に伝える言葉のチョイスがどういうところから生まれてくるか源泉が見えてきた。

舞台よりもずっと逆算だ。
編集後の映像を想定して、撮影している。
役者はその編集後の映像のイメージを完全に伝え聞くことは不可能に近い。
それは監督の頭の中にしかなくて、とても言葉で説明できることじゃない。
どんな絵を狙っているのか、作品の中でどんなエッジにしたいのか、せいぜいそこまで。
映画が出来上がるまで、役者には想定できない部分が見えてきた。
まして最新の技術がわかれば、もっともっと想定できないのだ。

自分が製作した映像でも。
多分、役者はどんなふうに仕上がるか10%もわからなかったはずだ。
やって欲しいことは説明しても、そこまでは説明できない。
かと言って、役者だって何を欲しいか知りたいわけだから。
その意志疎通の道が見えるか見えないかは本当に大事だと思う。

あ!こうなるんだ!

役者であれば必ずそう思うはずで。
幸い監督と編集した時間があるから逆算も大分できるようになってきた。
また監督と作品を創りたいし、自分でも作品を創りたいなぁって思う。
まぁ、それはまた別の話だけれど。
逆に役者を経験していない映画監督はこの感覚がわからないかもしれない。
そういうことを想像するのも面白い。

カタログを観たり。
古本屋でレガシーな技術を読んでみたり。
こういう全てが芝居に繋がる。
うまく言えないけれど、その実感がある。

すごいなぁとどんどん思うのだよ。
最新の技術を知れば知るほど。
役者の持つ圧倒的にネイティブな肉体そのものを!!

まぁ、あと映像機材って高価すぎるね。まったく。


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2019年04月19日

全ての線が世界を覆う時

煌々と煌めく満月。
二日間ぐらいは満月と呼んでよい円を描く。
柔らかい月光とは違った刺すような光を放っていた。
ぼんやりと頭の中に浮かんできたのは笑顔。

何かが終わったような。
或いは何か新しいことが始まるような。
そんな夜だ。

上映まで一か月をきったタイミングで連絡が来る。
兜の緒を締め直さないとなと思う反面。
不思議なぐらい満月に当てられて。
今日という夜をしっくりと感じていた。
いつものように自分を奮い立たせるようなタイミングのはずなのだけれど。
ぼんやりとしているわけでもなく。
何か、感じなければいけないぞという声が聞こえてくる。

全てのことは繋がっている。
そう感じることが多くなった。
一見無関係のようなことだって。
どこかで繋がっていく。
繋がった糸が形を成す。
そしていつかやってくるその時。
ああ、今がその時だったかと思うような日。
それを知っている。

ふと思いつくようなことがあるじゃないか。
大抵の人は素通りしてしまうような簡単なアイデアが。
そこを素通りしないで自分なりの形にする。
ただのアイデアノートだったとしても。
それはいつかどこかに繋がっていく。
それでも、ついつい忙しさの中に零してしまったアイデアがあったはずで。
その零れ落ちたアイデアたちが澱のように重なっているんじゃないかとか思ってしまう。
繋がるはずの糸をいくつかどこかに置き去りにしているんじゃないかと思ってしまう。

バンドをやっている時はそれに注意していた。
日々の中で出てきたものを落とさないように。
発信し続けていればそれが出来る。
形にならないものも含めて。
そして実際にそれが今も線になって繋がっている。
一見関係のなさそうなことも、実際には繋がっている。
血となり骨となり肉になる。
そう言えば監督も、雑誌連載が大きかったなんて言っていたことがあった。
発信し続けることは、こぼさないこと。

月光は放射するように、光の線を描いていた。

自分だけではない。
たくさんの人の頭の上で光の線が広がっていく。
全ては繋がっているのだ。
例え見え方が違っていたとしても。
そこに月光はある。
知らないだけだ。忘れているだけだ。
月を見れば自分に光っていると思ってしまうだけだ。
誰にでも平等に公平に月光は降り注ぐ。
地球にいるのだから。

毎週色々なことが起きている。
今週末も予定があって。
これはなんだろう?
何が起きようとしているのだろう?
どこに繋がっているだろう?

目に見えなければ、形がわからなければ。
人は二つの反応をする。
ただただ不安になって怖くなることもある。
けれど楽しみでわくわくすることだってある。
同じわからないものへの反応なのになぜ正反対の反応があるのだろう?
好奇心があるから人は前に進めてきたけれど。
猜疑心がなければ人はとっくに絶滅していたかもしれない。
どちらも大事だけれど。
そのどちらとも違うような場所があると知る。
達観というには若すぎるけれど。
何か起きるのは知ってるぜとどこか腹の座ったような。
ああ、今日はこういう日か。
どうせ明日の自分は違うのだけれど。

開け。
自らの中のありとあらゆるセンサーを。
あの細い月光の線をも感じるほどに。

そっと撫でるように。
触れるのだ。

真の満月は今宵だ。


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