2019年02月16日

公開59日目

下北沢トリウッド最終日
ああ、これで現在発表できる上映が終わってしまう。
そういう日だった。

けれど実は数日前に確認をしていた。
最終日までに何か告知できることとかないでしょうか?と。
返ってきた答えは「残念ながら」という言葉だった。
もちろん、当たっている映画館があることは知っていたけれど。
時間がかかりそうだというのもわかっていた。
その時、自分の返信は
「金曜ギリギリまで待ちます」だった。

だから今日一日。
何回、メールの送受信ボタンを押したかわからない。
LINEを何度開いてみたかわからない。
スマフォか短く震えるたびに、即確認をした。
それでもやっぱり何の連絡も来なかった。
映画館には当たっているのだから後日発表だっていいのかもしれない。
それでも最終日に応援してくださる方々に何かを届けたかった。

いつものように下北沢に向かう。
スマフォを握りしめて。
打ち合わせをしている間も実は心ここにあらずだった。
例えギリギリでも連絡があれば、発表方法をその場で決めなくてはいけない。
それでもやっぱり何もなかった。

下北沢トリウッドに到着した時。
トリウッドの担当者様が、配給の担当さんが客席に来ていると教えてくださった。
一瞬で心臓が破裂しそうになった。
何かあるかもしれない。ないかもしれない。
わからないけれど、わからないけれど。
配給さんが来ていることを監督に伝えようか悩んで、何も言えなくなった。
期待させて何もない可能性だってある。
勝手に自分が思い込んでいるだけだからだ。

最終日の登壇は笑顔で進んだ。
とても最終日とは思えないような明るさを持っていた。
しんみりなんかしたくないという自分たちの思いだ。
それでいいと思っていた。
カメラを構える自分のすぐそばに配給の担当さんがいたけれど、目を合わせてくれなかった。
なんで目を合わせてくれないのだろう?
どんな意味があるだろう?
そんな疑問を打ち消しながらシャッターを押し続けた。

スマフォを最後に確認してから、時間の合図を送る。
30分もゆっくりと話せるイベントは下北沢トリウッドならではだった。
その最後の数分が迫っていたからだ。
3人が立ち上がろうとしたとき、ふいに影が動いた。
配給担当さんがそのまま客席通路を進んで監督にメモを渡した。

横浜ジャックアンドベティ、5月上映決定が発表された。

登壇メンバーも、お客様も、一斉に喜んだ。
見学に来ていた女優は既に泣きじゃくっていた。
おめでとう!といういくつもの声が重なっていた。
終わらなかった。
セブンガールズはまだ終わらなかった。
平成が終わった後も上映が続くとわかった。

喧噪の中、いつ決まったのか聞きに行った。
決定して情報解禁がOKとなったのが当日の夕方だった。
いつも自分に最初に連絡が来るから、今回は最初に監督にという配給さんとプロデューサーのサプライズだった。
ロビーは活気にあふれていた。
お客様も出演者も、誰もが笑顔で、誰もがおめでとう、ありがとうと口にしていた。
横浜に近いお客様は目に光るものがあった。

下北沢の打ち上げに行く。
配給の担当さんが今宵のスターだ。
この担当さんはセブンガールズを心から応援してくださっている。
映画館で何度も観ていただいているし、プライベートでご友人にセブンガールズを勧めてくださったりもする。
下北沢トリウッドが決まったのも、この担当さんの思いからだった。
実際に配給を担当してくださる方がここまで作品を愛してくださるのはミラクルだ。
感謝という言葉では表現が出来ない。
仕事という範囲の外でセブンガールズに時間をかけてくださっている。

多くのお客様にも言われたけれど。
登壇した金子透にも聞かれた。
「小野寺も知らなかったの?」
知らなかったよ。信じていたけれど。本当にさっき決まったんだってよ。
そう答えた。
そこでお客様に聞かれたときは、すごいですねぇ!と感心されたのだけれど。
金子透の返しは違っていた。

「お前は諦めないなぁ」

今日までに何かが決定する可能性なんか数%だったかもしれない。
それでも自分は確かに幕が閉じる瞬間までスマフォをポケットの中で握りしめていた。

自分が作品の力を信じないでどうする?
監督も出演者も自分のことになると、大丈夫か?と自問自答をする。
表現に関わっている人はそんなものだ。
だからこそ自分だけは、この作品の力を信じ切る。
そう決めている。

程よく美酒に酔って帰りの電車に乗る。
金曜の夜。
ラッシュアワーのようにぎゅうぎゅうの満員だった。
ふと一人になった時、急に泣けてきた。
暖かくなった頃。
あのTシャツを着たお客様が溢れている客席を想像してしまったからだ。

帰宅してHPやSNSの更新をした。

下北沢トリウッドの上映がこうして終映した。
足を運んでくださった皆様、下北沢トリウッド様、ファッションコラボをしてくださった原宿シカゴ様。
2週間という短い期間でしたが、ありがとうございました。
ここでしか出来ない日々を過ごすことが出来ました。
あの距離間で、あの洋服で、あんな話が出来る機会はもうないかもしれません。
素晴らしい2週間でした。

下北沢という街と。
その日々に。
感謝を込めて。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:21| Comment(0) | 映画公開中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

公開58日目

今日も下北沢に向かう。
バレンタインデー。
南西口から商店街を曲がる角にガールズバーがある。
そのそばでいつも呼び込みをしているけれど。
今日はその呼び込みの声がいつもよりも少なかった。
恋人と過ごす日なのかもしれない。

会場に到着するとすでに出演者が到着していた。
自分と二人の登壇だからカメラマンをお願いした出演者が到着すればそれですべて。
前回もそうだったけれど打ち合わせを特にしないでおく。
事前に質問を用意しても、その答えで道が無限に変化するのは目に見えているからだ。
興味深いことがあれば、そこに突き進むと決めている。

だから一番聞いてみたい部分から聞く。
ねぇ、あの時、どんな気持ちだったの?
そういう話。
台詞があって、動きが決まっていて、その通りにやるのが役者だけれど。
その通りにやるだけじゃないのが役者だ。
そのセリフに嘘がないか、動きに嘘がないか、やってみて湧いてくる気持ちはあるのか。
映画でも舞台でも俳優部のみが持つ「主観」という特性。

セブンガールズは繰り返し舞台で上映してきた演目という事もあってそれぞれの思いがある。
登場人物の全てがスクリーンの中で生きている。
何気なく扉を開ける時ですら、そこに生活があって、そこに日常がある。
人間というのは不思議なもので自分でも想像もしなかった感情が沸き上がってくる。
そこに生きているからこそなのだけれど。
きっと怒ると思っていたのに、涙が流れたり、笑顔になったりする。
ふいに訪れる感情と言う奴はコントロールできるものじゃないから面白いし、嘘がない。
そしてそれを聞くのが自分のやるべき事だった。
驚くような答えが出てきて、それは興奮するような感情だった。
役者ってのは面白いなぁと、もう一度思った。

前回と違って、自分の役作りへの質問もあった。
ちゃんと話せたかわからないけれど。
話ながら、成瀬の感情が頭を支配してきて、ああまだ自分の中で生きているんだなぁと感じた。
生きている。
今も、生きている。
あいつの思いが襲ってくると目頭が熱くなってしまう。

上映後のトークイベントだから。
そこに立った瞬間から、セブンガールズが上映される機会が残り一回だった。
体の中に最期の上映機会がやってくるという気持ちがじわじわと湧き上がっていた。
話しながら、寂しさが鎌首をもたげてくる。
目の前には20回以上足を運んでくださっているお客様がいて。
もうそのお客様には全て見えているんじゃないだろうかと思いながら。
その数十倍の回数自分はセブンガールズを観てるんだなぁと思いだしていた。
カットされたシーンも、シナリオも全てを知っていて。
そんな自分でも知らない事、役者が感じていたことがまだまだたくさんある。
そんなことを考えるたびに、まだ上映したいよなぁと耳元に声が聞こえる。
・・・あの声は成瀬凛太朗の声だろうか?

寒い冬の夜を歩く。
帰路の道。
下北沢トリウッド最終日がやってくるだなんてとそればかり考えていることに気付く。
これまで続いた対談のイベントは作品を掘り下げていった。
UPLINK渋谷でのイベント色の強い日々とはまた違った角度だった。
二週間12回毎回違うテーマで話せたことはすごいことだと思っている。
もう話せることなんかないよとはならなかった。

多くの映画がある。
邦画だけで1000を超える映画だ。
その全ての映画の中でも一番小さい映画かもしれない。
そんな映画の中で必ず特別な一本が生まれる。
誰かにとって忘れられない映画が生まれる。
セブンガールズに何度も足を運んでくださる皆様がいらっしゃる。
それが何故なのか、きちんと考えている、分析している人はどれぐらいいるのだろう?
多くはなるべく多くの観客が来るには・・・という分析で終わっているんじゃないだろうか?
一度だけ鑑賞する人の数をどうやって増やすのか?が最大のテーマのように語られている。
自分だって同じだ。
どうやったら、まだセブンガールズを知らない人たちに足を運んでいただけるのか?
それを考えて、実践して、失敗ばかりだけれど進んでいる。
けれど、もう一つ考えなくちゃいけない。

なぜセブンガールズをこんなに愛してもらえるのかを。

世に名を遺す名監督はそれを大事にしてきたはずだ。
そして、今、本当に求められている作品はそういう作品のはずだ。
それは多分キャストの名前でもないし、クオリティでもない。
ひょっとしたら作家性ですらない。
もっとずっと、それこそ友達に逢いに行くような、寄り添い方が出来るのかどうかなんじゃないだろうか。

お客様が登場人物をまるで古くから知っている友人のように口にする。
●●さんのあのシーンが・・・なんて役名で話す。
それはまるで、子供の頃ジャッキーを見てカンフーの物まねをしていた自分のようだ。
ゴーストバスターズを見てリュックを背負った自分のようだ。

だから最終日とは友達がいなくなっちゃうことなんだ。
そりゃあ、寂しくだってなるさ。

けれどきっと最終日も初めて来てくださるお客様がいらっしゃる。
その人にとっては寂しいとかじゃない。
出会いの場なのだ。
だからその日を特別な一日にしてもらうためにも。
真心を込めてお届けするんだ。
永遠の一日にしてもらうために。

寂しい顔をしてしまうけれど。
最終日だって笑顔で挨拶をするんだ。

また逢えると信じて。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:47| Comment(0) | 映画公開中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

公開57日目

冬らしい寒い日
ついに第二週の後半が始まった。
自分たちにとっては57日目でも初めてのお客様もいらっしゃる。
自分たちに出来ることは心一杯でお出迎えさせていただくことだ。

下北沢に移動する。
監督登壇の日だから打ち合わせは途中参加でいいだろうと食事を摂ってから移動する。
監督も対談イベントになってからもうかなりの数の登壇をしているから流れが体に入っている。
それでも打ち合わせには遅れても行くようにしている。
メンバーだけで打ち合わせている内容に別の角度を一つ二つ提案できることもあるからだ。

いつものように会場に移動する。
下北沢に来るのが残り3回だなんて思えない。
いつも舞台をしている街は、やっぱりいつもの下北沢だった。
寒波にもどうやら都内に住む人が慣れてきた。
来たばかりの頃は皆、下を向いて速足だったのに。
あっという間に人の体は変化に対応していく。

普段劇団で演出助手をしている二人と監督が登壇する。
テーマは演出論。
演出というと殆どの人がイメージしているのは、展開を考えたりすることだ。
ここで照明が入って、音が流れて、ダンスが始まる・・・そんな展開を考える事。
だから例えば、花火大会の演出だとか、結婚式の演出だとか。
映画や演劇の評論家すら、演出とはそういう意味だと認識して評論をしている。
けれど実際の現場では「演出」という言葉は別の意味を持つ事の方が多い。
演者から「演技を引き出す」という意味で、演出という言葉を使う場面の方が圧倒的に多い。
それに、そこにかける時間が一番長い。
ただ、そこで怒って!では演出にならない。
そこで怒るために必要な心の流れや、役者の感情の道筋まで作っていく。
そういう細かい作業こそ、現場でいう所の演出だったりする。

実際に映画に向けて準備期間のリハーサル中のファイルを持ってきていた。
シナリオやシーン表、その時の衣装や必要な小道具、外か中か、昼か夜か。出演する役まで。
そこにメモや重要なことが書かれているファイル。
ファイルを開くと、お客様も興味深そうに覗いていた。
そこから用意したのだ。
そしてその設計図から稽古をして撮影に挑んだ。
撮影中に張り出される、その日の撮影シーンもこれを利用して作られた。
そう思うと本当に手作りだったんだなぁと懐かしくなる。

話は緻密でコアな部分に触れていた。
どんな稽古をしてきたのかなんて中々わかることじゃないはずで。
例えば視線の移動なんて言う細かいことまで稽古しているという話まであった。
日常的な芝居に感情を乗せた分、少し芝居がはみ出る。
そこをそぎ落とす話なんかは、実際にあまり人から聞いたことがない話だった。

会場は残り少ない日数もあって熱気があった。
この熱気が最終日まで続くのかどうかはわからないけれど。
明日はどうなるだろう?どのぐらいお客様が来てくださるだろう?
結局、毎日そんな不安を抱えたまま2週間という日を過ごしている。

UPLINK渋谷でのアンコール上映の時は最終日が木曜日だった。
だから残り二日間はサービスデーの水曜日を監督に一人で登壇してもらって。
最終日は自分が受け持った。
幸い両日とも一人だけの登壇だったにもかかわらず想像以上のお客様が来てくださった。
下北沢トリウッドでは最終日は週末の金曜日。
週末で最終日の方が動員が期待できる分、そこを監督に任せて。
最終日前日に自分が立つことにした。
前回の最終日、一人で登壇して話したテーマは「これから」だった。
それは下北沢トリウッドでの上映の発表も伴っていたからだ。
今は発表できることがない。
それでも目の前のお客様に、精一杯届けられることがあるはずだ。

自分は先週と同じ「役作りについて」を話す。
相手役が変わって、別の女優の役作りを聞く。
前回、とても喜んでくださったから、明日も同じように誠意を込めてお届けするしかない。
セブンガールズがスクリーンに投影される機会は泣いても笑ってもあと2回しかないのだ。
そのうちの1回。
そして、その日が特別な一日になる方だっていらっしゃるのだから。

「これから」について話すのではなくて。
「これから」を感じてもらえるような日になればと思う。

忘れてなるものか。
これは「夢」だったはずだ。
誰もセブンガールズを映画に出来るなんて信じていなかった。
映画にする!と宣言した時はまだまだ夢でしかなかった。
だから、あの頃の自分たちからみたら、今、自分たちは夢の中にいるんだ。
教えてやりたいよ。
本当に映画になるんだぜ!
たくさんの人に愛される映画が出来るんだぜ!って。
くじけたり、悔し涙を流したり、へとへとになってふらふらになってぼろぼろになって。
それでも、足を前に出せと自分に言い続けた日々よ。

今、上映している。
そして、そこに来てくださる方がいるんだぞ。

最終日前日に来てくださった全ての人にとって。
絶対に忘れられない日にしよう。
帰り道でもう一度映画を楽しめるような日にしよう。

こんな夢ありえねぇよ。
おいら心から届けるしか出来ねぇよ。
なぁ、そうだろう。実行委員長。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:14| Comment(0) | 映画公開中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする