便利な時代だ。遠く離れた場所のFM放送もインターネットを介して聞くことが出来る。
聞けるかどうか微妙なスケジュールだったけれど、繋いだ瞬間に流れてきた。
「それでは今週の映画の紹介・・・」とジャストタイミングだった。
セブンガールズは最初に紹介されて「星がいっぱいでも」がラジオで流れた。
不思議な感じだった。
Youtubeでも流れているから、同じように不特定多数には向かっているはずなのに。
やっぱりラジオというメディアは感覚的に違っていた。
ネットとは違って探して辿り着く場所でもないのだから。
外で聞いていたからなのか余計に感慨深かった。
映画の宣伝というのは面白いなぁと思う。
宣伝配給がいて、映画館がいる。
殆どの場合は売り上げが折半だから、両方が宣伝をする。
映画館には映画館独自の宣伝があって、宣伝配給には宣伝配給の宣伝がある。
映画館のお馴染みのお客様や地域に根差した宣伝があって、配給側のパブリックな宣伝がある。
当たり前かもしれないけれど都心部よりも、地方に行った方がその色の違いがはっきりしているなぁと思う。
ブックレットやチラシを創っていたり、DMを送っていたり様々だ。
自分の実感としてだけれど。
実際に映画館に足を運んでくださる皆様と、SNSやレビューサイトで感想を書いてくださる人数には大きな差がある。
実はネット上で見えるお客様は全体の1~2割なんじゃないだろうか?
この時代に?嘘だろ?と言われるかもしれないけれど、実感としてはそんな感じだ。
もちろん、ネットを使用していないわけではないと思う。
SNSのアカウントも持っているのだと思う。
でも、例えばTwitterも週に1回覗く程度の人も結構な数がいるはずで。
セブンガールズについて書いてくださる方の中にも、映画を観るまであまりTwitterは見なかったという方もいらっしゃった。
それに加えて発言はせずに、見るだけ、ROMるだけという方もいらっしゃる。
そういう意味で言えば、ひょっとしたら、全体の3~6割まで上がるかもしれない。
それでもきっと全体の数分の一なんだろうなというのが実感だ。
セブンガールズはややその割合が高いと思う。
実際に感想を書けば、必ず出演者たちが目にする。
双方向になっている。
大きな映画であれば感想を書いても読んでくれるかどうかもわからないのだから。
そういう意味ではスクリーンの向こう側との距離が近い。
その近さが直接SNSの比率に繋がっているはずだ。
だというのに、実感がそうなのだから。
そんな皆様がどうやってセブンガールズを知り、どうやって足を運んだのか。
それはやっぱり口コミなのだと思う。
一緒に映画観ない?と誘われた方も含めて。友人や知人も含めて。
だからメディアがある。
ラジオがあって、テレビがあって、雑誌があって。
とにかく、まず知ってもらうために、知名度を上げるために、メディアがある。
それがまた新しい口コミを呼ぶ。
あ、この映画こないだ観に行ったんだよ!そんな会話だって生まれていく。
だから本当はもっともっとパブリックな宣伝が出来ていないといけない。
全然、宣伝してない映画じゃないか!と映画館に言われてしまっても仕方がないレベルなのだ。
その知名度自体が全然足りていないはずなのだ。
それでも人口の多い都内であれば、まだ劇団の知名度もある。
でも都内を離れたら、とたんに劇団を知ってくださる方は目減りしていく。
メディアに取り上げられるまでは、もう少し実績や話題性を高めていかないといけない。
そんな中で大阪十三のシアターセブン、名古屋シネマテークでの上映が決まったのだ。
そして映画館はいつものように、いつもの宣伝をしてくださっている。
感謝しか出来ないのだろうか?
大人としてそれでいいのだろうか?
SNSで、インターネットで、出来ることは全部やって行こうと思った。
でも本当にそれだけでいいのだろうか?
お客様がたくさん入ることが、最大の恩返しなのだから。
その為に何かできないのだろうか?
自分なりに名古屋の地に立つことが決まった日から少しずつ名古屋について調べた。
名古屋と言えば重工業。
戦時中も飛行機の向上などが並んだ地だった。
だから名古屋大空襲があった。
名古屋城が空襲で焼け落ちているのはどのぐらいの人が知っているだろうか?
戦後修復したのが今の名古屋城だ。
熱田神宮が焼けたのはどのぐらいの人が知っているだろうか?
三種の神器。あのアヤマタノオロチの尾から出てきた草薙の剣が奉納されている神宮がだ。
東山動物園の悲しすぎる話は、少しぐらい有名だろうか?
今池駅に近い公園に爆撃の跡が残った壁が残されていることは知っているだろうか?
尾張徳川家について書いたけれど、その城下町は一度徹底的に瓦礫の街になっていたのだ。
そして、名古屋にもパンパンがいたのを知っているだろうか?
自分はまずそれを知ることからだと思った。
そんなことして動員が増えるわけじゃない。
でも知ることなんだと思った。
宣伝なんか出来ない。
自分たちで手作りでやって来たんだから。
だから、出来ることは全部やって、その上できちんと思いを残すことだと思った。
その土地に自分なりの思いを残すことを誠実にやろうと思った。
それがいつか何かに繋がるかもしれない。
それがいつかセブンガールズという作品のリアリティになるかもしれない。
作品の肉付けになって、厚みになるかもしれない。
その時、名古屋シネマテークも、シアターセブンも恩返しできるかもしれない。
全部、かもしれないだ。
それでもいいじゃないか。
また自分は焼け落ちた街に行く。
また自分は闇市だった街に行く。
現代を生きる人に映画を観てもらう。
そうやって2019年の初上映が始まるんだ。
それは上映の開始だけじゃない。
新しいことが始まるということだ。
宣伝じゃない。
”思い”だ。