新しいマスターデータを梱包して出かける。
雨の日だ。
大きな雷を聞いた。
あれほどの巨大な音量も、あれほどの光も、あれほどの電流も。
人間の科学では未だに創れないだろう。
信じられないような雨量で、目の前が霞んでいった。
幸い新宿に向かう頃には小降りになっていて。
新宿に降り立った時は、雨が上がっていた。
空を見上げたけれど、昨日の立派な満月はさすがに見えなかった。
ここ数日ですでに3度目の新宿。
公開すれば、もっと通うことになるのだろう。
マスターデータの再々納品。
その場でチェックできるかと思いきや、チェックは明日になるという。
もし、明日試して見て、相性問題以外に何かが出てきたら。
もう一度新宿に行くことになる。
そして、その為には、もう一つデータの作成が必要になる。
データに不備はないけれど、絶対性を目指すのであれば。
そこは出来るだけ避けたいけれど。
それでも、念には念を入れて準備だけはすることを決意する。
うちの劇団は随分と演劇の世界の慣習のようなものをうち破ってきた。
アイドルが出てきちゃったり、前編後編で途中で終わっちゃったり。
その中でも、旗揚げして2年後ぐらいからやっていたことがある。
それは、衣装を着たままのお客様の送り出しだ。
実は演劇の世界では、衣装を着たままロビーや客席に行くのはご法度だった。
恐らく、当時、そんなことをしていた劇団なんてほとんどないはずだ。
なぜなら、衣装を着た俳優は、役そのものであって、日常を見せることは夢を壊すことだからだ。
古い演出家や制作、役者は今でも口が酸っぱくなるほどそれを口にする。
けれど、うちは、そんなことは関係ないよと、無視して全員で衣装のままお客様を送り出した。
そもそも、カーテンコールで普通にしゃべるのが当たり前の時代になっている。
だったら、衣装のままお客様と写真撮影したりした方が良いという判断だった。
「お客様サービス宣言」というのを掲げて、皆で衣装でロビーに出た。
最近の劇団では、衣装で出ても怒る人もいないのか、見かけるようになったらしいけれど。
映画は、とっても崇高なもので、スクリーンの向こう側は手の届かない場所だ。
それは、ずっとずっとそうだった。
でも、最近の例えば舞台挨拶の映像を観ると随分空気感が変わっている。
役者も監督も、普通に笑いながら冗談を口にしている。
真面目に撮影時の苦労を話したりしているようなものは今は盛り上がらないのかもしれない。
もちろん、宣伝プロデューサーがある程度コントロールしているのかもしれないけれど。
フリートークしてるなぁというのを見かけたりする。
ある程度、質問は決まっていても、その場で変わっていそうなことが良くある。
お客様とのティーチインで質問を受け付けたりもしている。
ミニシアターでは、お客様との距離が更に近い。
ロビーでお客様と話したり、サインをしたり。
思っている以上に有名な監督さんがそんなことをしている写真も見たことがある。
そういうのって素晴らしいと思う。
役者たちで、新宿の街でチラシを撒いた時も言われたことなんだけれど。
そういうことをすごいすごいと言っているのは少し違和感がある。
なぜなら、そういうことをもう20年間も続けてきている。
自分たちにとってはこれ以上ない普通の風景だ。
皆で宣伝をする。お客様とも話をする。握手をする。
そうやって、ずっとやってきた。
だから、そういう行動自体がすごいなんてことはないと思うんだ。きっと。
もっとずっとシンプルなことが、本当に大事なんだと思う。
チラシを撒いたことがないまま板に立っている役者は不幸だなぁとさえ思う。
そういうことを経験していることが、実際に役者にとってどれだけ大事なことかもわからないままなんだから。
個人経営のレストランと、企業運営のチェーン店舗のような違いなのかもしれない。
結局、太刀打ちできないことが多いから、個人経営は別の勝負を選ぶ。
どちらも良さはあるけれど。
どちらの方が上とか下ではなく、どちらも平等に矜持を持っている。
多分ダメなのは、チェーン店を馬鹿にする個人店舗であり、個人店舗をリスペクト出来ない企業だ。
どちらもないものを持っていて、どちらも胸に抱くものは平等なのに。
価値観の違いだけで、比較しようもないものを比較するようなものだ。
だから、恥じることはない。
劇団のやり方ってのだって、20年の歳月を重ねて、自分たちで考えて考えて来たことなのだ。
映画館ではあまり見かけないような風景になるのかもしれない。
ロビーでお見送りをしようと思っている。いつものように。
長い時間が無理でも、少しだけでも。
積み重ねてきた自分たちのやり方でやろうと決めている。
例えそれが映画の世界では、慣習とは違っていたとしても。
さて。
無駄になるかもしれない作業に入ろう。
公開3日前だぜ。
うそみたいだ。