映画の告知から始まった舞台「カクシゴト」の4日目を終える。
昼夜2ステージに渡って、今日も多くの皆様に足を運んでいただいた。
実は映画出演者も何人か客席にいて、特設チラシを手にしている。
チラシ、喜んでいてくれているかな・・・。
なんというか、期待していなかった、大きな賛辞を日々いただいている。
期待していないというのも変だけれど・・・。
オムニバスである公演そのものはきっと、面白がってくれるぞと思っていたのだけれど。
自分が、作・演出した作品は、きっと人によって好みが分かれるし、それでいいと思っていた。
それが思いもよらないほどの賛辞を受けて、なんというか、こそばゆい思いだ。
とっても分かってくれる人が、毎回何人かいればいいさ、ぐらい肩の力を抜いていた。
それが、たくさんの人に、声をかけてもらえて・・・。
ありがとうございます。
「カクシゴト」という舞台の中で「演者」という作品を創った。
偶然の要素もあったけれど、素晴らしいキャスティングも出来た。
台本を書いて、演出して、稽古を重ねた。
真剣に・・・というとなんとなく違うかもしれない。
誠実に稽古に取り組んできたというのが、一番、しっくりくる。
余計なものをそぎ落としたり、技術的なレベルがある一定のレベルを超えた時点で観念的な部分に触れたり。
バックボーンを話してみたり、本当に小さな欠片を拾い集めるような。
少しずつ段階を踏みながら積み上げてきた。
自分が解釈している劇団の自慢の3人の女優の素晴らしさを、美しさを、目指してきた。
それにしても、映画と比べて、なんと舞台は儚いのだろう。
もう明日には、終わってしまう。
13時、17時開演のたった2ステージで、終演してしまう。
どれだけ長く稽古を積んできても、何も残らず消えてしまうのだ。
お客様の記憶の片隅にだけそっと残る。
そして、いつか消えてしまうのかもしれない。
映像はいつまでも残るのに。光として残るのに。
舞台はいつか影になっていく。
どうにも出来ないこの寂しい気持ちは、一体何だろう?
本当は観て欲しかったけれど、来場できなかった人には、二度と見せることも出来ない。
小屋入りしてたった1週間なのに、毎日同じ空間に一緒にいた日々も同時に終わる。
その後やってくるのは、日常だ。
本当だろうか?
本当に終わるのだろうか?
映画「セブンガールズ」で、その時代の空気そのものを生み出していた3人の女優。
その女優達に、同じように、時代の空気そのものを演じてもらっている。
空気を演じる?
不思議かもしれない。
けれど、それをやってのける。
彼女たちの中にすでにいるであろう登場人物たちは、どこに向かうんだろう?
自分が感じている寂しさを、彼女たちも感じているのだろうか。
あの三姉妹がもういなくなってしまう。
誠実に取り組んできた。
企画公演だからと言って、手を抜くようなことは出来ない。
大道具にも、音響にも、工夫を重ねてきた。
その姿勢が、これからに繋がると思ったからこそ。
繋がるからこそ、セブンガールズの情報解禁を同時にすることになったんだ。
まっとうするだけだ。
「カクシゴト」という舞台を。
「演者」という作品を。
もちろん、自分が演じる「木田さん」を。
ただただ、最後の一瞬まで、まっとうするだけだ。
それが、明日へ繋がる道になるのだから。
寂しいけれど。