雨なのにやけに暖かいと思っていたら、夕方になって急に風向きが変わった。
急激に下がる気温。
もうコートを脱いでいる人もいて、皆、傘を持ちながら足早だった。
5月の公演に何をやろうかと決まらなかった時期に、一本、長編を書いた。
長編を書きながら、あ!と止まってしまうことがあった。
それは、監督の書く台本っぽさが出てきた時だ。
20年も監督の台本で舞台をやってきたから、もう肉体にそのリズムが染み付いている。
言葉のチョイスも、いつの間にか、体に入っている。
もちろん、似たようになるだけで、まるで違うものなのだし、人によってはどこが?と思うかもしれない。
それでも自分で、ああ、ちょっとこれはダメだなぁと、消してしまった。
参考にするし、構造を検証するし、当然、影響はあるのだけれど。
影響以上の意識的な似たようなことは、やめないといけないという縛りをいれていた。
なぜならそれは、一歩間違えるだけで、パロディーになりかねないからだ。
その前・・・数か月間。
皆で、色々な作家の台本を持ち寄って、稽古を繰り返していた時期がある。
ほぼ監督の台本以外で舞台をしたことがない役者もいた。
久しぶりに、監督以外の台本を演じる役者もいた。
そこに新鮮な驚きや、こんな芝居もあるのか?という体験も重ねていった。
スタイルも、やれるところまでやってみたりした。
色々なことが浮かび上がった。
監督の考えていること、演出意図、求めていること。
それがすぐにわかるという強みを持っている。
けれど、監督専用俳優になってはいけない。
それは監督も実は求めていないことだ。
だって、伝えたとおりだったり、想像通りになってばかりでは面白くなくなっていく。
こんな芝居になっちゃうのか!?という意外性や驚きがないままだと、何かが止まってしまう。
常に川が流れ続けるように、動きがあるからこそ、作品の幅や深さが出来ていくのだから。
どこに出したって恥ずかしくない個性を持っていて、ホームがあるという自信も身につけて。
その上で、監督専用ではない自分という役者の確立をしなくちゃいけない。
そういうことがとても浮かび上がる稽古だった。
いや、未だに、監督の意図を中々汲み取れないことだって、実際にはある。
毎回、同じことを繰り返し言われてしまう俳優だっている。
全員が同じスピードで歩いているわけではないし、個別にそれぞれあるはずだ。
監督の意図を理解して、その上でアイデアを持ち込める幅を創っていくのは意外に大変なことだ。
ただ、自分はこうやりたいというものを出したって、そんなの大抵はダメだ。
そういうことを考えて、監督と同じリズムにならないようにと、注意しながら台本を書いた。
5月公演に実際に上演することになったその後に書いた作品でも、そのルールを継続した。
それは、20周年記念企画後の、20周年記念公演に向けて、必要なことだと感じたからだ。
出来ることをやるよりも、やってなかったことをやろうという視点から始めた。
10月に迎える劇団の20周年に向かっているようで。
実は、20周年以降についてずっと考えている。
その公演で、集大成をみせるのは当たり前のことで。
その当たり前以降に、おいらたちは、何を見せ続けなくてはいけないのかが大事だ。
20周年は、20年にわたる道程をみせるというテーマがある。
けれど、それ以降は、お客様にやっぱり作品を通して、夢や新しいものを見せていかなくちゃいけない。
10周年の時、15周年の頃、思い出す。
そこを区切りに多くの劇団員が劇団を去っていった。
集大成というのは、一見するとゴールなのだから。
でも、おいらは、ゴールなんかしたくない。
いつだって、そこが途中だと思っていたい。
次の一手。
5月の公演は、10月の20周年へのスタートだ。
重大発表も用意している。
けれど、それだけじゃない。
21年目に向かう、助走でもなければいけないと思っている。
とてもとても重要な公演だと思っている。
それは「セブンガールズ」公開以降の展開も含めて。
未来に繋がっていくだろう大きなピースになる。
その宣言に似たようなことだ。