稽古日。
速めに行って前の班が本読み稽古をしている間に、稽古場にビニールテープを貼る。
俗に、「バミる。」という。
場を見るという語源だとか言うけれど、本当なんだろうか?
稽古場に、本番のステージの大きさがわかるように、貼っていく。
巻き尺を伸ばして、尺貫法で測って、なるべく正確に線を引く。
出はけ口には、マークを付けて、登場できる入口までわかりやすいようにしておく。
とは言え、床にテープを貼っただけだから、二次元でしかない。
実際には柱や壁や天井やパネルがあるし、床が平らかどうかだってわからない。
或いは、椅子や机やたんすなどの大道具が置いてある場合だってある。
舞台は実際には三次元なのだから、そこは創造力や仮の箱を置いて想像力で埋めるしかない。
今まで打ち合わせを重ねていた班もいよいよ稽古が始まった。
本読みから、解釈説明。
なんというか、ついに、3作品出揃った感がある。
なんとか、今週中には概要の発表まで行きそうな気配だ。
バミリをしていたから、自分の班では、頭のシーンから絵を決めておく。
仮で創っておいた動きで対応できる個所もあるから早い。
早いけれど、時間はどんどん過ぎていく。
集中しながら観ていたり、観ているようで頭の中で考えていたり。
ただ、確実に良くなっていっているという実感がある。
客観で感じる、良くなった感じと、演じている役者の主観の感覚にはズレがある。
違和感を失くしてしまえば劇的ではなくなるし、違和感だらけでは自然にならない。
感覚的なズレは、劇的と自然の闘いなのかもしれない。
最後の班、バミリはそのままにしておいたのだけれど、稽古の途中から活躍し始める。
組み立てていたミニチュアモデルまで持ち出して、動きを付けることをしだした。
実際に劇場の大きさを意識しながら、動くと、やっぱり役者は火が付く。
観ていて、何人か、確実にそれまでの稽古と動きが変わっていった。
舞台を想像しながら稽古をするから、創造的な刺激を受けながらの稽古になる。
本番を意識した稽古は、何よりも役者のテンションを上げていく。
稽古終わりに、情報を送信して、まとめる。
あと1つ2つ情報が集まれば詳細を発表できるだろう。
稽古の終わりに、ビニールテープをはがしていく。
バミりをはがすまでが稽古だ。
プリセットまでが稽古だ。
あっという間にただの床になる。
仮の印。
嘘のセット。
稽古は芝居は、それを本物にしていく。
だから、はがした瞬間、何かが足りないような感覚を覚える。
脳内で、すでにそこに壁を創っていた自分に気付く瞬間だ。
3班あるうちの別の班の人間が、バミリを覚えるようにしていた。
来週からは、どの班も、実寸での演出に入っていくだろう。