2018年02月01日

奇跡の中で

見上げると、煌々と輝く満月。
皆既月食が始まる前。
通常より大きく見える、スーパームーン。
今月の2日もスーパームーンだった。
余りの輝きに、空の色が群青色になっていた。

移動して、少ししたら、月の一部が暗くなっていた。
皆既月食がはじまっていた。
それでも、そんな影をものともしないような明るさ。

帰宅して、そろそろかな?と、外に出て、空を見上げる。
想像以上に暗く、真っ赤な、フルムーンがそこにあった。
1時間以上も続く皆既月食なんて、過去にあっただろうか?
地球の影・・・。
あまりの壮大な天体ショーにしびれていく。

なぜ、日食は太陽が隠れてしまうのに、月食は赤くなるのだろう?
いつも調べようと思って忘れてしまう。

太陽の大きさと、地球の大きさと、月の大きさ。
天体モデルなんかで、その大きさの差を見たことがあるだろうか?
信じられないほど、太陽が馬鹿でかいのに、知らない人は大体驚く。
なぜなら、見上げた空にある太陽と月の大きさは、それほど差がないからだ。
でも、実は、それは、奇跡なのだそうだ。
地球から見た太陽と、地球から見た月。
大きさも距離も違うこの二つが、ほぼ同じ面積に見えるのは、ただの偶然なのだ。
地球が太陽にもう少し近かったら。
月が、もうちょっと小さかったら。
そういうことは起きない。
偶然にしては、出来すぎている。
太陽の神様や月の神様が本当にいるんじゃないかと思ってしまう。
時として、奇跡は神の意図に見えてしまう。
偶然にしては、本当に、正確に同じような面積なのだそうだ。
まるで、誰かが太陽の真似をして作ったかのように。

日食が起きるのは、同じ大きさだからだ。
同じ大きさに見えるからこそ、産まれた文化、宗教がある。思考がある。
違う大きさだったら、今とは全然違う世界になっている。
そう思えば、おいらたちは、奇跡の中で生かされているのだと思うよ。

天文学者の多くは、宇宙人の存在を、信じるらしい。
余りにも広い宇宙空間に、地球と似たような惑星があって。
だとすれば、地球外生命体もきっといるだろうという結論になるんだそうだ。
まぁ、知的生命体とか、超文明があって地球に現れるなんて信じている人は、全然、少ないらしいけれど。
けれど生物学者の多くは、宇宙人の存在を、信じないらしい。
無機質から有機質が生まれる可能性。その有機質が単純生物になる可能性。
そして、生物が生まれるまでにかかる時間。工程。
その可能性を調べれば調べるほど、今わかっている宇宙空間の広さでも、生命は生まれないんだそうだ。
だから、地球に生命が生まれたことは、ほとんど、奇跡的な確率だと言う。
こんな奇跡が、他の惑星でも起きているとなると、もうほとんど0%に近い数字なのだという。

言葉を有して、道具を使いこなす、知的生命体が生まれることなんて。
確率論からすれば、限りなく0%に近い事。
そもそも、おいらたちが生きて、考えて、悩んでいること自体が、奇跡なのだ。

奇跡の中で生かされているのだと思うよ。

運命なんて信じない。
星の動きが、人生を占えるわけがない。
現実はいつだって目の前にある。
でも、実は、生きていることが奇跡というのも現実だったりする。
天体の動きは、遠くエジプト文明やメソポタミア文明の時代から、読まれてきた。
そこに運命を感じるのは、あながち、わからなくもないじゃないか。

膨大な空間と。
膨大な時間と。
その中で、産まれた小さな奇跡。

地球の公転軌道と、月の衛星軌道が、交差することで生まれた赤い月の奇跡の日。
月を隠したあの影は、おいらが立つこの大地の夜。
小さすぎる自分に愕然としながら。
あの大地の夜の一部であることを信じられないでいる。

奇跡の中で生かされている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:51| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする