輪になるパンパン
午後から雨が降り出した。
前日のピーカンと言い、今日の午後からの雨と言い、去年の撮影とまったく同じスケジュールのようだ。
まるで、天気も思い出しているかのように。
去年の撮影最終日。
なんとなく、皆が微かに興奮していた。
全部、撮りきれるぞ、やれるぞという雰囲気の中。
撮影は、太陽が出ているうちにダンスから始まった。
娼婦たちが客を呼び込むダンスだ。
それから、室内のシーンに移って少しして、ポツポツと降ってきた。
衣装が濡れちゃいけないからと、傘を持って玄関外待機している役者のサポートをする人も出る。
当たり前のように、そうやって助け合いながらの撮影になって行った。
おいらは、一つだけ、立ち回りのシーンを残していたから、屋根のあるところで練習をしていた。
合わせないと出来ないことが山のようにある。
手を決めておいてくれと監督から言われていて、それが出来るかの確認だった。
実際の撮影現場には、セットがあって、それも利用して多少変更も入れていった。
この写真は、その後、パンパン小屋セットで撮影した最後のシーンだ。
奥の壁が取り払われているのがかろうじてわかる。鏡台の後ろだ。
照明さんが少しだけ見切れている写真。
それにしても、奥の襖の汚さはすさまじい。
持ち込んだ時はきれいな襖だったけれど、美術さんに言われて、何人かで汚した。
破いて、泥を擦り付けて、穴をあけた。
おいらは新品のミネラルウォーターをポケットに入れて現場にいた。
このシーンは長くかかるから、埃で喉が詰まったりするかもしれないと思っていたからだ。
本当にそういう場面が出てきて、水を渡した。
後から奥から温かいお茶を出してくれた女優もいた。
それと、実は、とっても思い出深いことがこのシーンであった。
それは、この現場で観ていたもう一人の役者だ。
オーディションで選ばれた仲田さんが、おいらの隣でじっと観ていた。
壁を取ったり付けたりする時も、一緒にやってくださった。
うちの劇団の連中は、そういう作業だって慣れているし当たり前だと思っているけれど。
そうじゃない人には申し訳なくて、大丈夫ですと言ってあった。
それなのに、仲田さんは、常に壁の後ろでスタンバイして、協力してくださった。
真剣に芝居を観ていた。
このシーンが終わると、照明を一部解体して別で製作した小部屋中心の撮影になった。
小部屋を化粧したり、小道具や家具を移動して、どんどん撮影していく。
加藤Pがいつの間にかいらっしゃっていて、その隙間なく働き続ける動きに感動していた。
さっきまで演じている俳優が自分が使用していた布団をそのまま片付ける現場など見たことがないと言う。
そんな現場、実際にどこにも存在していないのだ。
実は、今日の写真は、少し色気のある写真にしようかなと思っていた。
娼婦の作品だから、色気のあるシーンもある。
まだ一枚もそんな写真は公開していないから、そろそろいいかもなと。
もちろん、舞台では出来ないシーン。
いくつかの写真は、観れば、びっくりするんじゃないかなぁと思う。
パンパン小屋以外のシーンは次々に撮影されていった。
一瞬で終わってしまうシーンもある。
一瞬では済まないシーンも当然ある。
それでも、すごいテンポで進んでいった。
全てが終わって、おいらは、スタッフさんと顔を合わせるたびに頭を下げた。
ありがとうございましたしか、おいらの口からは出ない。
照明さんがバラシて搬出までしたいと口にした。
それで、しばらく現場で中野と二人で待っていた。
その時に、撮影監督や、録音部さんと、いくつか話をした。
すごい撮影だったと言ってくださった。
こんなに長回しばかりなんて経験がないと言ってくださった。
少し編集の話もした。
製作スタッフさんと打ち合わせていると、録音部の人が目をむいて驚いていた。
おいらが、編集をやると聞こえて、思わず、編集!?って声を出していた。
データの受け渡しの打ち合わせ。
そう、まさか、さっきまで出演していた役者が、今度は編集までする。
そんなことは、前代未聞なのだ。
録音部さんにもデータについて確認が必要だから話を聞いておいた。
気付けば、中野と二人と、撤収作業をする照明さんだけしかいなかった。
照明仕込みの夜、中野と二人だけで、畳を仕込んだ日と同じような感じだ。
それがほんの一週間前だなんて信じられないほど、濃密な日々だった。
写真のパンパンじゃないけれど、輪が出来ていた。
次の日の朝までしか。
このパンパン小屋は世界に存在しなかった。