スタッフさんの視線
選挙の日。最大級の台風が上陸間近。
そんな日も稽古場に行けばいつものメンバーが集まっている。
稽古ももちろんだけれど、大事な話もする。
自分から、その話題を放り込んで、とにかく一歩でも進める。
結果、放り込んだアイデアをダメだと言われても良い。
進むのか、進まないのか。
それが何よりも一番大事なことだからだ。
それをしなければ、きっと、何一つ動き始めないことも良く知っているから。
メイキング用の映像の入ったメモリーカードを預かる。
搬入日から、撮影最終日までの映像。
クラウドファンディングの特典のために用意しておいたものだ。
これの編集もしなくちゃいけない。
たったの一年前に撮影したのに、もう遥か昔のようだと感じているメンバーが多いようだ。
本当に一年しかたってないのかなぁ?なんて思っている。
でも間違いなく、一年しか経過していない。
去年の今日は、長い仕込み期間を終えていよいよ役者として稽古に集中できる日だった。
仕込みに来れなかったメンバーは、セットを見て、思わず声を上げていた。
映画撮影となれば、撮影前に詳細な打ち合わせが必要だ。カット割りもして、アングルも固めていく。
ロケ地に一度訪問した際に、基本的に長回しで、別アングルを含めて何度か撮影していく。
それを後から編集で、繋いでいくという話はしてあったはずだ。
セットの壁を取り外せるようにしてあることも、セット説明時にしてあった。
だから、それを元に基本となるアングルを決めて、あとは、芝居を見たいという方向になったのだと思う。
詳細にシナリオをカット割りしてアングルを決めてとやっていたら時間が足りなすぎる。
それなら、自主稽古日にしていたこの日に芝居を見て、狙いを理解していく方が早いという事だった。
自主稽古の日だと思っていたのに、スタッフさんに芝居を見せる日になった。
まぁ、それでも良い。稽古は散々それまでしてきたからだ。
だとすれば、真剣な芝居を見せる。監督の演出を出来る時間にしてもらう。
それにただ集中していくだけだった。
役者が芝居をして、監督が演出をする。
それを、助監督と撮影監督は、すごく真剣な顔で観ていた。
途中、撮影監督から玄関に明り取りの窓が欲しいとか、助監督からこうできないか?というアイデアも出た。
撮影に入ってからは時間が取れないから、全て対応していった。
いや、そうじゃない。嬉しかった。
撮影監督も助監督も、セットと芝居を観て、アイデアが出てきていることが。
照明のプランも含めて、アングルも、全部、芝居を観ながら構築しているのが分かった。
事実、撮影に入ってから、芝居をとても深く理解してくださっていることに気付くことになる。
加藤Pがロケ地に初訪問した。
セットをみて、とても感動してくださった。
このセットを解体するのは勿体ないとまで口にしてくださった。
部屋に入って、家具の一つ一つを観ていた。
セットを建て込む映画となれば、当然大きな予算の映画だ。
予算が足りなければ、すでにあるロケ地に化粧をしていくしかできない。
映画としては破格ともいえるほどの低予算なのにセットを建て込んでいて。
そのセットが想像を超えていて、すごいすごいと何度も言ってくださった。
これも、本当にうれしかったことだった。
陽が落ちるまで稽古を続けた。出来るシーンまで。
バスがなくなる時間帯に役者たちは解散したのだけれど。
その後、実は、さらに驚くことがあった。
照明さんが、搬入仕込みをやっちゃいたいと言い出したのだ。
これには、たまげた。
足のあるおいらと中野の二人だけで残って、仕込みをしてもらった。
仕込んだ裸電球にも電気が通り、明り取り用の窓からは陽射が入るようになった。
仕込みが終わるまで待っているのも何なので、中野と二人で畳を仕上げていったことも覚えている。
写真は、撮影監督の視線。
稽古や演出の邪魔にならないように、物陰でじっと観ていた。
何かを思いつくと、小野寺さん・・・あそこの壁も取れますか?なんて聞かれた。
敬語を使われるのが申し訳なくて、同時にその真剣な表情が嬉しくて。
プロフェッショナルと仕事ができる喜びを、感じていた。
本番に入ったら、タイトなスケジュールなことは全員が理解していた。
それでも、スケジュールに収まらないんじゃないかなんて、まだ噂していた頃だ。
セットで2日もリハーサルが出来ることがどれだけ幸せなことか。
仕込みのスケジュールに最初から組み込んでいたけれど。
セットの設営が終わるわけがないと、何人もが口にしていた。
だから、皆、必死にリハーサルできるように、仕込みを頑張ったのだった。
絶対に稽古しようと、皆で言いながらセットを建て込んだのだ。
あの時は楽しくて仕方がなかったんだなぁなんて思っていたけれど。
メイキング用の映像でこの日の映像を確認したら、皆、とても緊張していた。
そうか、撮影前のこの日は緊張していたんだなぁ。
メイキング映像が思ったよりも少なかったけれど、編集次第で面白くなるといいな。
その日その日の、感触が、少しでも出るようなものが出来ればいいけれど。
わかるだろうか?
伝わるだろうか?
この視線の前で、おいらたちは真剣勝負をしていたんだ。