2017年10月19日

ちぎったチャコールフィルター

ディティール.jpg
パンパン小屋のディテール
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去年の今日は「美術設営2日目」というタイトル。
皆でセット作りをした日程の中でももっとも重要な日だった。
前日の夜に部屋の形が出来たので、外観に手を付け始めて、可動部分も完成。
翌日の撮影監督やスタッフ陣の訪問前までにある程度、形が見えるようにと頑張った。
2週間かかると言われていたセットの設営をわずか2日で形にしていったのだった。
音楽を担当する吉田トオルさんが訪問してくださって差し入れもくださった。
夜間まで続いたから、懐中電灯で手元を照らしたりもしてくださった。
あの時には既に、部屋は完成して、外観もほぼ基本は出来上がっていた。
おかげで、翌日からはディティールを詰めていく作業に入れたのだった。

ふと思いついて、パンパン小屋内部のディティールの写真を切り出してみた。
撮影したメンバーだったら誰もが知る、パンパン小屋のほんの一角だ。
鏡台には古着の着物の切れ端がかかっている。
蓋の付いたゴミ箱には、貼り付けた紙の残骸がこびりついている。
80cm四方もないような小さな机には筆立てや、すずりなど文房具がある。
余った炭を拭くために、ティッシュのない時代だから切れ端を置いてある。
その向こうには茶箪笥。物のない時代だからぎっしりではないけれど、必要最低限は揃っている。
畳は乾燥して波打っている。

今になって、こう見ると、人の生活の匂いさえ漂ってくる。
とても、映画用に作られたものとは思えない。
全ては美術の杉本亮さんのアイデアがあったればこそ。
とは言え、それを劇団員で、詰めていくのだから、改めて驚く。
ほんの数日前はここには、なんにもなかったのだ。
生活どころか、20年以上も人が入らなかった空間だったのだから。

茶箪笥の引き戸の色の禿げ方のリアルさは、装飾したものではない。
実際に100年以上続く老舗の旅館から頂いたからこそ、そのままはめることが出来た。
おいらたちは、ほんの少し、茶器を置いたり、他の家具と組み合わせたりしただけなのかもしれない。
生活に根差した色の禿げ方をしているのだから、リアルそのものだ。

思い出すのは、むしろ、この古家具たちの使い方をすでに知らない女優もいたことだ。
鏡台の鏡の固定の仕方もわからないなんてこともあった。
角度を決めて、このつまみをねじれば固定できるよなんて、レクチャーまでしたのを覚えている。
つまり、この風景を創りながら、実際にはこの風景の中で生きたことすらなかったのだった。
おいらの記憶に残る昔の日本間でも、ここまでの部屋は中々なかったと思う。

これが、部屋の一角だ。
もちろん、部屋は一つではない。

映画製作に当たって学んだことは、結局こういうことだ。
舞台なんかよりもずっとずっと分業が徹底されているけれど。
それぞれが、微に入り細に入り、ディティールを詰めていく。
ディティールが積み重なることで、圧倒的な存在感が生まれていく。
役者は当時の人間の演技を詰めるし、美術は当時の風景を詰めていく。
今は、対外営業の方が、そういう作業をしてくださっている。
ロマンがあるようでいて、そこにはリアリズムしかないという事だ。
夢だけれど、だからと言って、勢いだけで出来ることじゃない。

そういえばこの机には平皿のガラスの灰皿が置いてあった。
スタッフさんの吸い殻なんかもぽんと置いてあったんだけれど。
気付いた人間が、その吸い殻のフィルターをちぎって捨てていたなぁ。
当時の煙草には、フィルターが付いていなかったから。
そんなのカメラに映るとも思えないのだけれど。
そこにあっちゃいけないというだけで、フィルターをちぎり続けた。

埃のすえた匂い。
湿気のある布団。
漂う蚊取り線香の香り。
歩けばミシミシとなる床。

もうあのパンパン小屋は世界のどこにも存在しない。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:04| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする