別アングル
撮影期間中、晴れの可能性が高かった4日目。
外のシーンがメインの長めのシーンを立て続けに撮影した。
地面に撒く枯葉、生活煙、アクションシーンの装飾。
外は広く、必要なものがとても多かった。
「営業中」の看板をひっくり返すことや、洗濯物の交換、思い起こせばきりがない。
この日、男性陣が、どれだけ右往左往して活躍したか。
枯葉の入った籠を持って走り、煙に風を当て、血糊を用意し、影が出来ないように通行を見張った。
出演していた役者も知らない。
もしかしたら、監督やスタッフさんも、あまり知らないかもしれない。
それは役者は芝居に、スタッフさんは撮影に、集中してほしいからこそだった。
この写真、わかるだろうか。
写真の右上に、三脚の足が見えている。
よくよく見ると、助監督も映っている。
監督は、左奥、パンパン宿の玄関の方で別の演出をしている。
つまり、これは芝居を見せている時の写真という事だ。
そして、カメラテスト、本番と続くけれど、カメラを置いた場所からわかるように。
映画では全くの別アングルで撮影されている。
これは、写真画像のみでしか残されていないアングルだ。
舞台版のセブンガールズを観た人は、どのシーンか想像してしまうかもしれない。
けれど、そのどのシーンにも当てはまらないことに気付くのではないだろうか?
それどころか、舞台にはいなかったキャストがいることにも気付くと思う。
このシーンのシナリオを読んだ時に、ああ、一つ深くなっていると感動したことを覚えている。
この日は、昼に杉本さんから差し入れのお弁当を頂いた。
更に、夕食には製作スタッフさんが、手作りの豚汁を用意してくださった。
デイもナイトも室内セットよりも外の撮影が多かったので、体が温まった。
自分の芝居的にも、こことここと決めていた2つの芝居をする日になった。
2つともカットとしては、ものすごく短くて、一瞬で過ぎるシーンだけれど。
だからこそ、一瞬で過ぎないように、印象的な芝居をしようと心に決めていたシーンだ。
セリフすらないシーンだったけれど、ほぼ一発OKをもらえたのは嬉しかった。
毎日、その2つのシーンのシミュレーションをしていたからだ。
カメラの前では、テストと本番だけだけれど、自分の中では何百回と繰り返したシーンだった。
この日まで毎日毎日、撮影予定スケジュールを巻き続けた。
毎日、やれるシーンはありますか?と聞かれて、出来そうなシーンをピックアップし続けた。
壁に貼られた撮影スケジュールの紙が、一枚だけになった。
もう、翌日にはどのシーンならやれますと伝えることもしないで良い。
なぜなら、残ったシーンをやっていくだけだからだ。
大きなシーンは3つほど。
そして、後回しにしてある別の小さい部屋用のセットでの撮影をどんどんしていくだけ。
そのスケジュールが壁に張り出されることになった。
短いシーンが続くから、シーン数自体は多かったけれど。
これなら、終わるだろうと、感じるスケジュールだった。
終わるかもしれないという言葉が、あちこちから聞こえた。
助監督も、撮影監督も、製作スタッフも。
こんな撮影方法は聞いたこともないと口にして。
そして、明日、いけると口にしていた。
最終日は一つ撮影するごとにセットチェンジが必要になるシーンが続く。
いつも舞台でやっていることさ。
壁をあっという間に取り去るおいらたちの動きをスタッフさんたちも信頼してくださってた。
だから、そういうスケジュールになっていると言ってもいい。
誰かが口にした。
俺、もうあと短いシーンだけだ・・・。
アップしている人もいたかもしれない。
それでも、翌日、当たり前のように全員が集まった。