2017年08月17日

夏の子供

雨の8月。
親戚が実家にやってきたので、足を運ぶ。
子供の頃は盆、正月、春休みと、休みのたびに会っていた。
そこにはおじいちゃんやおばあちゃんがいて、おばちゃんがいて、おじちゃんがいて。
従兄弟たちで走り回ってた。
父方の従兄弟も、母方の従兄弟も、同世代が大勢いたから大変だった。

大人になると、それも少しずつ距離が空く。
親戚付き合いは、それはそれで、少しだけ面倒になってくる。
大人になると、ただ、お兄ちゃんお兄ちゃんじゃなくなってくる。
それぞれが生活を抱えているし、それぞれが問題だって抱えている。
何かないと集まらないような微妙な距離感。
冠婚葬祭で顔を合わせれば、子供の頃とは違って、盃を交わす。

多分、根本的な部分は子供の頃から何も変わっていなかったりするはずだ。
性格だってそれほど変わっていないし、関係性だってそれほど変わってないはずだ。
多分、おいらみたいなもんは、相変わらずだなぁと会う度に思われている。
りゅーいちは変わらないなんて何度聞いたことか。
それなのに、距離感が変わるのはきっと、大人になると色々余計なものがくっついている証拠だ。
考えてみれば、真っ裸で、一つの浴槽に5人で入ったりしていたのだから。
夏なんか、殆どの時間を水着で過ごしたりさ。
裸から考えたら、そりゃ、色々つく。当たり前だ。
それこそ、もうおいらたちは子供ではなくて、むしろ子供がいるやつばっかなんだから。

あの夏。
間違えてバスがなくなる時間まで遊んでしまった僕たちは延々と海岸沿いを歩いたねぇ。
時々泣いている従兄弟をおぶったりしながら。
足が痛くなって、とても、帰りつくとは思えなかったよねぇ。
どんどん空が暗くなって、波の音が大きくなっていった。
あの時、皆が大人になって、やっぱり、えんえんと進まなくちゃいけないなんて誰も気づいてなかった。
自分の足で、延々と歩き続けなくちゃいけないなんて、想像も出来なかった。

親戚が帰ってから、送り火を炊く。
お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん。
この煙に乗って、つかの間の夏休みから帰っていく。
夏休みはいつも、おじいちゃんに見送られていたのにね。
今は、おいらは、煙を観ながら、見送っているよ。

雨が強くなって。
雨が弱い時間に自転車で実家に来たことを後悔した。
8月なのに、寒い夕闇の中を、濡れながら自転車をこぐ。
おいらの印象がさして変わらないわけさ。

こっそり、りゅーいちには期待してるなんて言葉を思い出す。
もう、こっちはおっさんだぜ。
そんなに、期待されてもなぁ。
えへへ。

変わりようがないんだろうな。
きっと。
距離感が変わろうが、何が変わろうが。
あの夏のまま、生きちゃっているんだろうなあ。

記憶にかすかに残るおばあちゃんの笑顔をふと思い出す。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 14:44| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

Aメロ

ちょこちょこと舞台写真を加工して素材づくりをしている。
この期間に、やれることをやろうと思ってやっているけれど、それほどペースは上がらない。
ペースが上がるのは、恐らく、素材が出そろってからだろうか。

どうしても時間が空くと何かやれることがあるはずだと考えてしまう。
それで、自分でやることを探して手を付け始める。
一歩ずつでもいいから前に進まないと気が済まないのだ。
その一歩がどこに繋がっているかどうかではない。
とにかく、今いる場所からは、少しでも前に進む。

大抵のことがあって、反省するとき。
うちの連中は、まず、自分のどこが悪かったか考えるようにしている。
最初から人のせいにしてしまっては、何にも前に進めないからだ。
自分のここが良くなかった、自分はここが出来ていなかった。
それから、全体のことを考える。
監督もそれは同じで、反省会では時々自分の反省点もポロリとこぼす。
全体の反省会だから、たくさんは口にしないのだけれど。
多分、その監督の姿勢があるから、そうするのが当たり前になっている。

結局、いつも時間の使い方になるのだけれど。

モノづくりというのは、なんというか、計算が立たない。
例えばまとまった時間があったとして、その間に、台本を書いてくれと頼んでも、そんなに簡単じゃない。
時間があれば、あるだけ考えてしまうし、実際にペンを握ったまま一文字も書かないなんてこともある。
逆に、締め切りに追われて、一日で原稿用紙何十枚もかけてしまうこともある。
ペンが乗るなんて言葉があるけれど、乗れば早いし、乗らなければ遅い。

舞台の台本だと面白いもので、書いている期間の稽古が良いと、台本の進みが良かったりする。
役者の芝居が良いと、その先のイメージが進みやすいのだろうと思う。
そして、その続きの芝居を観たいという欲求だって出てくる。
もちろん、進みが早いほど、後から改定が増えるというデメリットもあるのだけれど。
逆に、役者が役作りに悩んでいたりすると、台本の進みも遅くなって行ったりする。
役者が苦しむのと同じように、ペンも迷うのだと思う。

だから、計算しようと思っても出来ない。
もちろん、必ず、〆切は存在する。
いつまでに仕上げなくてはいけないというゴールが存在している。
計算できないままゴールに向かっていく。
それは、対応していくしかない。
だから、時間の使い方こそ、大事になってくる。
計算できないからこそ、計算できるところを大事にしないとだ。

ペースが上がるまではじっと我慢だ。
今は、ちょっとずつ、前に進もう。
多分、ぼぉっとしているような時間帯も含めて、無駄になるような時間はない。
じっくりと進む日も、駆け抜ける日も。

面白くなるのは、もうちょっと先さ。
雨の夏休み。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 12:47| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

創造を愛する日

終戦記念日。
記念なんだろうか?とずっと思っているけれど。

どういうわけか、終戦記念日がお盆の真っ最中というのも、何かある気がする。
お盆は、亡くなった霊魂が帰ってくる期間。
日本に帰ってこれなかった人たちを含めて、帰ってこれるのだから。
日本の歴史上、もっとも人が死んだ数年がこの日に終わったのは偶然じゃないのかもしれない。
それまでのお盆と、それからのお盆は、きっと大きく変わったはずだ。

最近また「平和ボケ」という言葉を目にするようになった。
日本人は長く続く平和で、ぼけているというような意味なのだろうけれど。
おいらは、この言葉が、大っ嫌いだ。
なぜなら、もちろん戦時中のストレスがひどいのは理解しているけれど。
現代人だって、殆どの人がなんらかのものと戦って生きているからだ。
そんなに、ぼけっとなんかしていられないよ。
誰だって、あくせくしてる。
ぼけているなんて、なんて言い草だよって思う。

だから、ちゃんと学ぼうとは思う。
戦時中のことも。
なぜ、あの戦争が起きたのかも。
それも、あまり偏った方向にならないようにしようと思っている。
左も右も、戦争観が偏りすぎていて、おいらはとても好きになれない。
祭日に国旗を飾り、元軍人であり、天皇家の写真を飾った祖父が「戦争は良くないよ」と言っていた。
なんというか、そういう思想に関係ない所で、矛盾していそうな意見ほど大事にしている。
学ばなければ、平和ボケと言われても仕方ないとまでは思わないけれど。
少なくても自分は学びたいなぁと思う。

演劇や音楽や映画が、世界平和を実現するという黒澤明さんの言葉を前に書いたけれど。
それを、わりと、おいらは信じている。とても信じている。
文化芸術は、戦争の反対側にあるものだ。
もちろん、プロパガンダに利用されてきた歴史があるのだけれど。
そして、弾圧されてきた歴史もあるのだけれど。

おいらが一番恐れているのが、大衆の持つ無意識的な空気だ。
別に誰かに納得してもらいたいわけでも何でもないけれど。
自分なりに学んで、色々な資料や当時の証言、年寄りの話を聞いてきて、戦争の原因はこれだと思っていることがある。
戦争の原因は、やっぱり、日本国民の総意だ。
軍部の暴走だとか、マスコミの扇動だとか、全部ごまかしだと思っている。
開国後、日清日露という初の近代戦争で外国に勝利し、ましてや、ロシアというヨーロッパ最強艦隊に勝利して。
そのまま敗北も知らずに、国連での不平等な扱いを受けた日本人は、間違いなく、叩け!と言っていた。
新聞の扇動だなんて言うけれど、今のマスコミと同じように売れる記事を書いていたのだから。
むしろ軍人の中にも冷静に戦争はするべきじゃないと意見する人が何人もいた。
でも、日本国民は、欧米による植民地化政策も、有色人種への差別も、許さなかった。
そして、日本は強いと本気で信じていた。

だから、自分はそういう無意識や空気に流されたくないと、思って生きてきた。
特に、政治的な宣伝、政局を操るようなスキャンダル、そういうものは、大嫌いだ。
雰囲気で、あいつは悪い、こいつはダメだと、今も大衆の空気を操ろうとするやつらがいる。
それが、どういうものに繋がるのかなんて、ちゃんと考えていない。

今、日本の周辺諸国で、きな臭い空気が流れている。
マスコミも連日、様々な想定を放送している。
おいらは、危ないぞ、危ないぞと思って見ている。
誰かが、ちょっと、北を叩けと言う風を流したら、そういう空気になってもおかしくないから。

だから、バカみたいなバラエティ番組だとか。
どうしょうもないお笑い芸人だとか。
何を言ってるんだかわからないような歌だとか。
安っぽいラブロマンスドラマだとかでさえ。
おいらは、そういう空気を霧散させてしまう力を持っていると思っている。
だって、楽しめなくなるなんて嫌だもんな。
もちろん、本物の作品であればあるほど、力がある。
心を動かされるような作品に、誰だって出会いたいんだから。

終戦記念日。
ちゃんと学んだうえで。
エンターテイメントに、どっぷりとつかっちゃえばいいと思うよ。
それは、まるっきり、平和ボケでも何でもないことだ。
クソダサくて、クソつまらない、戦争を馬鹿にする、最高の式典だ。

破壊を蔑み、創造を愛することだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:19| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする