2017年07月15日

青天井の現実

バックアップ作業を地道に続ける。
残り時間1時間半・・って出てから、記憶がない。
そのまま眠ってしまったようだ。
ただのバックアップは、待ち時間があるだけでやることがないのが困る。
100GBを越えてくると、コピーするにも、時間がかかってしょうがない。
最終的にテラバイトなんていう数字になるんだから、やれやれだ。
読み出しスピードと転送スピードと書き込みスピード。
どこか一つ弱い所があれば、スピードは減算されていく。
目覚めたら、EDITデータと現場写真データ合わせて500GBの転送が終わってた。
今晩は、カラコレデータでも転送するかな?800GBぐらいあるはずだけれど。
転送が始まってからも作業は出来るけれど、基本的にはやらないようにしている。
変なエラーだけは避けたいから。

実際に映画上映をすれば、このデータはいらなくなるのかもしれない。
でも、記録として、全ての情報を保存しておきたい。
だから、バックアップの一つを、記録として作成する。
最終的には、DCP以外の全てのデータを保存するためのものだ。

今、過去の名作を4Kデジタルリマスタリングされて上映!なんていうのもある。
あれは、過去の35mmフィルムを4Kでスキャニングして再度カラーコレクションをかけている。
もちろん、音源ももう一度、デジタル化して取り込んで、ドルビーや5.1chにマスタリングしなおしている。
だから、実際の撮影当時のフィルムや録音データというよりも、上映素材からやっているのだと思う。
凄い世の中になったものだ。
その気になれば、フルカラー版七人の侍を製作することだってできるのだ。
白黒の画像から、色データを予測するソフトもあるから、あの膨大な3時間半に及ぶフィルムを解析していけばいい。
そう考えれば、DCPが出来た時点で、データの保存なんかいらないかもなぁとも思うけれどね。
芸術家は結果が出たら材料など処分してしまうしさ。
それでも、カットしてしまったデータも音声も全て保存しておく。
いつか、どこかで、役立つ日が来る可能性だってあると思うから。

コピー可能なソフトウェアのビジネスがいかに効率が良いのかは、社会人であれば、誰もが知っている。
いわゆるコンテンツビジネスというやつだ。
小説、漫画、映像、アニメ、そういうソフトウェアは、一度完成すれば、その後、無限に広がる。
役者なんかをやっていると、その作品に思いを込めてばかりで、そういうことに気付かなくなっていくけれど。
一般社会に出れば、その凄さというのは、一般常識だ。
例えば小説というソフトウェアは、人気に火が付けば、永遠に広がっていく。
単行本で売れて、文庫本で売れて、続編が売れて、映像化されて、DVD化されて、翻訳版が出版されて。
どこまでもどこまでも、優秀なソフトウェアは、広がっていく。
最初に書いた小説から始まったわけだけれど。
それ以降は、いわゆる原価がかかっていないのと同じだからだ。

舞台という興行と映画の興行はここが圧倒的に違う。
舞台ももちろん追加公演があるし、DVD化だってあるのだけれど。
やはり、映画とは展開力が違いすぎる。
追加公演だって、キャスティングが変われば再度稽古が必要になってくるし。
再演だって、書き直し、演出しなおしになっていく。
劇場の大きさで、当然、大道具を変えたり、演出が変わったりする。
いわゆる、舞台公演はハードウェアに依存する部分が多すぎるのだ。
だからこそ、貴重ともいえるし、一回性の芸術と言われるのだろう。

映画という興行は全く違う。
一つ完成された映画があれば、それは無限にコピーされる。
そして、世界中のどこの映画館でも、上映が可能なのだ。
だから、なんだよ?と聞かれそうだけれど、少し考えればその凄さがわかる。

例えば、「SEVEN GIRLS」が特に話題になることもなく、ただ上映に向かうとすれば。
100席以下の単館映画館で、レイトショー1週間などがリアリティのある上映計画になる。
もちろん、そこから少しずつ、小規模単館映画館で上映してくれるところを渡っていくかもだけれど。
実は、その規模だと、80席と考えても、600席以下になる。
この数字は、劇団の動員から考えても、実はいつもの舞台と変わらないのだ。
もちろん、舞台に比べて映画の方がメディアが多く、話題も広がりやすいからそれだけでもメリットだけれど。
実際に作品を目にする人が、その後のDVDなどを度外視すれば、大して人数が変わらない計算になる。
そして、その可能性もかなり高い確率である。
舞台に比べて、チケット単価も安いのだから、興行としては、劇団以下の興行なのだ。

けれど、そこから考えて欲しい。
例えば、どこかの映画祭で話題になったと、上映館が150席の映画館になるかもしれない。
その上、上映期間が1週間から2週間になったとする。
更に、レイトショーだけではなく、一日4回の上映になったとする。
すると、一気に、1.5×2×4で12倍の、キャパシティーに広がるのだ。
原価が同じまま、12倍の売り上げというのは、商売をやっている人から見たら垂涎の数字だと思う。
粗利率がどんどん、青天井で上がっていくのだから。
その600席から、7200席まで一気に増えるのだ。
例えば、その上映が話題を呼び、連日満員になって、他の映画館から声がかかったとする。
20の映画館で上映されることが例えば決まったとすれば。
当初の上映計画から、240倍ものキャパシティーに広がっていくのだ。14万以上の座席数。
もちろん、平日昼間の動員などは、映画館だって苦戦しているわけだけれど。
それでも、座席数がどんどん無限に広がっていくのはイメージできると思う。
流行っている映画が、動員100万人突破!とか、興行成績うん億円突破とか、つまりそういう意味なのだ。
そして、もちろん、それは、日本国内にとどまらない。
海外映画祭で話題になれば、どこか別の国でも上映されるかもしれないし、それが同じように広がるかもしれないのだ。
DVDやネット配信などの二次制作の前段階で、一度火が付けば青天井に広がっていく。

ちなみにそれはそんなに珍しいことではない。
世界30か国以上上映の日本映画っていうのは、毎年あるのだ。
あまり、日本では報道されなかったりするけれど。
よく見ると、映画ポスターやHPに書かれていたりする。

10倍とか20倍とかの数字なら誰だってイメージできると思うけれど。
200倍とか、7000倍とか、20000倍と言われても、そんな成長率はなかなか理解しがたい。
このSEVEN GIRLSのように、大手映画会社が絡んでいない映画であれば、元が小さいだけにそういうことが起こる。
映画とはつまり、そういうビジネスなのだ。
コンテンツビジネスそのものだ。
製作費に億という金額を投入できるのも、コンテンツの持つ力を知っているからこそだ。

もちろん、大きな製作費を使って、興行で大失敗する作品だってある。
あるいは、きっと話題になると思っていたけれど、人知れず単館上映しておしまいな映画もたくさんある。

興行的な成功を目指すというよりも。
おいらは、これが続いていくような結果になってほしい。
もちろん、興行的に結局、話題にもならず単館レイトショーのみだとしても。
どこかで誰かがそれを見て、別の展開をすることもあるだろう。
ただ、たぶん、わかりやすい結果は興行なんだろうなぁ。

こんな風にビジネスの話で書けば、なんだか、きな臭くなるなぁと思ったけれど。
とっても現実感のある話だし、とっても大事なことだ。
おいらは、一人でも多くの人にこの作品を観て欲しいなぁと願っているけれど。
ただ願うのではなくて、それをするには、それがどういう意味なのか、そこまでちゃんと現実的に考えたい。
そして、この映画は、未来のためにあるのだという事も、ちゃんと忘れたくないのだ。

現実的な数字の前にいるけれど。
思っていることは、別に、夢でも何でもない。
一人でも多くの人に観てもらいたいという思いを、ちゃんと、現実で考えたい。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 14:29| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする