2017年07月25日

息の詰まるこの気持ちを表現するコトバがない

ああ、くやしい。
悔しすぎる。
ちっくしょーーーー!
おいらは、かっこつけずに、ちゃんと、悔しがってやるんだ。
そして、人一倍、落ち込んでやるんだ。

だって、そんな経験、簡単にできることじゃない。
悔やんでも悔やみきれないとはこのことだけれど。
とんでもなく貴重な体験、体感、持っていきようのない感情を頂いた。


実は、カンヌのマーケットに持っていって。
この部門に出さないかという話が持ち上がった。
その為に、様々な再編集の助言もプログラム担当者から直接に頂いていた。
もちろん、色々と厳しい問題もあった。
何よりも、舞台公演と再編集のスケジュールが完全に重なっていたから。
字幕データの完成も考えれば、かなりタイトなスケジュールだった。
それでも、〆切に間に合わせた。
監督と二人で、再編集に励んで、字幕データのやり取りをして、納品データ作成まで。
本当に、舞台本番から2週間、びっちりと動き回っていた。

その部門は、映画監督の初長編作品であり、世界初上映じゃなくてはいけないという条件がある。
だから、どんな映画監督も、一生で一度しか、そこにエントリーすることは出来ない。
もう10年以上日本人監督はノミネートされていない、ハードルの高さはわかっていた。
選ばれる数も、非常に少ない部門だ。
それでも、直接声をかけていただいて、助言まで頂けるというのは、かなり良い話だった。
舞台のカーテンコールでヴェネチアと口にしたのは、嘘でも何でもなかったのだ。

先週。セレクションから漏れたという連絡が直接、プログラム責任者から届いた。

もちろん、それだけでも、実はものすごいことなんだと知っている。
発表の一週間前に、直接連絡が来たという事は、最終選考まで本当に行っていたということ。
目の前のチャンスに手を伸ばして、指がかかるぐらいのところまで行っていた。
本当に目の前にアドリア海が広がっていた。
当然、プログラマーさんだけではなく、選考委員の皆様にも観ていただいたという事だ。
本当のあと一歩だったんだから。

もちろん、これで終わるわけではない。
世界にはたくさんの映画祭があるし、世界の人にこの作品を届けていく方法はまだあると思う。
それに、ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門というわけでもないのもわかっている。
それでも。

・・・と、書いても、これが嘘か本当かもわからないと思う。
実際に選ばれないと、どんなにそれを口にしたって、絵にかいた餅みたいなものだ。
結果が全てだ。
チラシに「最終選考に・・・」なんて書いてあるのは見たことがない。
本当かなぁ?って思ってる人もいるんだろうなぁ。

落選のメールが届いた日から今日の発表まで。
それでも、この作品を信じようと決めていた。
何が起きるかなんてわからないじゃないか。
でも、発表されたラインナップに「SEVEN GIRLS」の文字はなかった。

監督やプロデューサーだって、色々、思うところがあるはずだけど。
おいらは、もう、ちゃんと、思い切り落ち込んで、悔しがってやるんだ。
自分がここに懸けた時間、自分の意志で進んだ日々。やれることを全てやろうと決めたあの瞬間。
そういう経験をしている数少ない一人なんだから。

もちろん、感謝もしているんだ。
今日まで、なんと壮大な夢を見せてくれたか。
あのクロサワが。キタノが。ミフネが。
世界に飛び出たヴェネツィアに行けるかもしれなかったんだから。
そんな場所で、ワールドプレミア上映できるかもしれなかったんだから。
日本映画を愛してくださるヴェネツィアの人たちの前で上映できるかもしれなかったんだから。
この2か月間、その辺のあんちゃんじゃ想像もできないようなバカでかい夢を持たせてもらった。
だから、選ばれた作品たちを、とても素直に讃えたいなぁと感じている。
アジア・アフリカ圏の作品がないのは少しだけ不満だけれど。
選ばれた作品たちは、きっと、素晴らしい作品なのは間違いがない。
それぞれ、おいらと同じように、きっと作品を愛しているはずだから。

でもさ。その中に入りたかったよぉ。
「まぁ、仕方ないよ。」って言わないようにしてるんだ。
たくさん言われたけどさ。
悔やんでもいる。
もっと、あそこで、こう出来たら、ああ言えたらとか、考え込んだりしちゃう。
全部そんなのは、ifだから、なんの意味もないのに。
トイレに立つにも膝に力が入らなかったりさ。
これ、明日、生きていられるのか?って思うほど、落ち込んだりさ。
意味もなく悔し涙がにじんできたりさ。
やれることやれるまでやったはずなのに、くよくよしてるんだ、おいら。
なんなんだよ。かっこ悪い。
みっともないんだ、小野寺さんって本当に。

落選のメールがドッキリって可能性が残ってます!なんて監督に言ったら。
お前は馬鹿だなぁって言われたよ。
一緒に笑ったけど。
多分、監督とプロデューサーとおいらにしかわからない感情がある。
その感情も大人だからオブラートに包んだよ。
でも、一人の時はそうはいかない。

ちょうど、お母さんの誕生日だったから、プレゼントに報告するつもりだったのに。
あいかわらず親孝行すらロクに出来ない有様だ。
悔しいなぁ。
悔しくて悔しくて。

我慢せず、どん底まで落ちるよ。
そこから、もう一度、這い上がればいいんだから。
こんな思い、したくないけど。
誰にでも出来る思いでもないんだから。
我慢なんて中途半端は自分が自分を許さない。

世界!なあ世界!
早く「SEVEN GIRLS」を見つけておくれよ!!
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:25| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月24日

Tomorrow Never Knows

不思議な空気が漂う稽古場だった。
その空気を敏感に感じている人はどんな風にそこにいただろう?
おいらは、その空気を全身に浴びた。
とことん、自分で、それを味わってやろうと思っていた。

あまり待つのは好きじゃない。
待っていても、良いことなんか今まで何もなかった。
だったら自分から進んだ方が、性にあっている。
監督が食事に行っている間に、ちょこちょこと開始したりもした。
ただ待ってても、つまらないから。

いつだって、そうさ。
待つぐらいなら、進め。
動け。

例えば泣こうが喚こうが騒ごうが。
例えば、地面に東京ドームよりも太い杭を打ち込んだとしても。
地球が回転することをやめることはない。
だから、誰が何をしようとも悲しいニュースが世界を駆け巡ろうとも、明日はやってくる。
待てば、明日はやってくる。
なんにもしなくたって、明日は来る。

けれど。
明日、何が起きるか、知っている人なんていない。
どこにもいない。
決まっていることなんか、本当はなんにもない。
だって、まだやって来てないのだから。
予測したって、予想したって、予言したって、決まってたって、意味がない。
なぜなら、まだやって来てないのだから。

ただ待っていたって、明日は来るけれど。
それが見知らぬ明日なら。
ただ待ってるなんてつまらないじゃないか。

この映画の舞台となった終戦直後。
明日がやってくるのかすら、不安だったはずだ。
だって、道端に餓死者の遺体が転がっていることだってあったんだよ。
自分に明日が来るなんて保証はどこにもなかったし、食べるものだってなかった。
敗戦という大きな痛みで、何もする気になれなかった人たちもたくさんいた。
そんな中、食べ物を探しに、仕事を探しに、明日を探しに、栄養失調の足を一歩踏み出した人たちがいる。
明日が来るかもわからないのに、明日が来ると信じた人たちがいる。
そんな状況を生き抜いた人たちは、その明日の向こうに、こんな未来があるなんて思いもしなかっただろうな。
冷房の中で、毛布をかぶって、明日が来るまで熟睡しているそんな日が来るなんて想像できるわけがない。
自分に明日が来なくても、地球に明日がやってくるって、知っていたのかな。

明るい日と書いてアシタ。
アシタは、朝を迎えるという意味。
Tomorrowも、To morningという意味からの変化。
夜は怖くて、越えるもので、耐える時間で、死の時間。
朝は、その夜が去っていくこと。
だから、「明日がやってくる」っていう言葉には、何十もの呪文が含まれている。

誰も知らない明日がやってくる。
もうそこまで来てる。
それを待ってたんじゃない。
そこに、進んできた。
そう、思っている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:34| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

believe

その瞬間まで信じようと決める。
決めたんだから仕方がありません。

なんのために?
それもわからないけれど。
その瞬間まで信じないといけない気がする。

このプロジェクトを立ち上げた時。
おいらが、何よりも信じたのは、この作品の持つ力。
この作品は、どこまででも飛べると確信していたからこそ。
無謀とも思えるような遠大な彼方を観ることが出来た。

その彼方はまだ遥か先だ。
まだまだずっと先の話だ。
そこに辿り着けるかどうかすらまだまだわからない。
ただただ、一歩ずつ進むだけだ。

週が開ければヴェネツィアの作品が発表される。
それも、その発表の瞬間まで、おいらだけは信じていようと決めたんだ。
だって、この作品の力をおいらは信じたんだから。
そして、本当に色々なことがあって、今日にいたって、出来上がった作品。
もちろん、監督の作品だけれど、おいらにとっても子供みたいなものさ。
自分の子供を信じないなんてどうかしているだろう?

おいらが、信じようが、信じまいが。
それで、世界が変わることがない事なんて、大人になって、とっくに知っている。
一人の思いが世界に影響を与えることなんてない。
動け!動け!といくら念じたって、コップは動かないんだ。
本当に世界が変わるとしたら、その為に、ありとあらゆる準備と汗が必要だ。
念じただけで、どうにかなるものじゃない。
そんなに、甘い世界に生きてはいないのだ。
だから、意味なんかないのだろう。

だから、意味なんか求めていない。
これは、つまり、覚悟だ。
この企画を始めた自分の持つべき、最低限のノルマだ。
だから、信じるのだよ。
意味もないし、何かが変わるわけではなくとも。
信じるのだよ。

その先にしかない。
まず、信じることから始めるしかないのだから。
どんな現実だって、その先にしかありえないのだから。

あなたへのプレゼントは、まだここに残してる。
それじゃないんだ。本当は。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:42| Comment(0) | プロモーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする