2017年05月01日

体感時間

実は試写で注目していたことがある。
それは、観た人の体感時間だ。
殆どのスタッフさん、俳優が、初めて映画を観た。
俳優によっては、字幕チェックなどで観た人もいるけれど、通しはまだというメンバーもいた。
通しで観た時にどのぐらいの体感時間になるのか、気になっていた。
なぜなら、その体感時間は限りなく、お客様の体感時間と変わらないはずだからだ。
細かい部分に関しては、どうしても自分の仕事が気になったりするけれど。
全体感に関しては、そんなに感覚的に違うはずがないと思う。

実は、おいらは、映画でも舞台でも、2時間という時間は長いと思っている。
昔はそうでもなかったのだけれど、今はドラマスペシャルでも2時間と聞くと、少し、身構えてしまう。
今は、PCであるとか、スマフォであるとか、色々なことが出来る。
映画と音楽ぐらいしかなかった頃とは違って、エンターテイメントの最大限度が変わっているように感じる。
それに加えて、テレビという強力なメディアが、いつの間にか自分たちのテンポを作っている。
CMで区切られて、リズム良く進むテレビ番組のテンポが感覚に染み付いているのだ。
恐らくそれは、現代に生きていれば誰にだってあることで、なんとなくそういう感覚があると思う。
だから、昔、書かれた舞台作品や、それこそ伝統芸能などは、尺が長い。
当時求められていた時間感覚と、最近の舞台作品の時間間隔は乖離している。
映画でも舞台作品でも、90分~105分ぐらいの作品がとってもとっても増えている。
当然、お客様の時間間隔に合わせて作品を製作してきた結果と言える。
もちろん、DVD化などの、二次製作を見越してという場合もあると思うけれど。

長く劇団で舞台を作っていて。
うちは、どうしても大作になってしまう傾向にある。
だから、上演時間も2時間を切ることなんて、殆どない。
このことは、何度も劇団内でも監督とも話してきたことだ。
やはり、通常の劇団に比べて、上演時間が長いのは、問題がないだろうか?という話だ。
でも、その話はいつの間にか、決着しているような気がしている。
作品の構造であったり、喜怒哀楽であったり、人間そのものを表現することをやめるわけにはいかない。
スタイルを崩してしまえば、それはもう、何をやっているのかわからなくなる。
だから、スタイルを崩すような方向で考えることは実際、あまり意味がない。
そんなことよりも、いかに、体感時間を短くするかという方向になって行った。

だから、監督もそうだけれど、俳優たちも稽古をしていて、こんなことを口にするようになった。
「あの辺の中盤のシーンがちょっとかったるいよね」
「そのシーンの後、引きずられちゃって、全体のテンポが落ちてない?」
そんなことを俳優たちが気にするようになった。
自分の芝居だけではなく、自分のシーンだけでもなく、作品そのものを考えている証拠だ。
やっていて、あ、ここが長く感じるぞというシーンをどんどん見つけていく。
その感覚はいつの間にか、仲間内で共有されていく。
芝居は絶対に一人ではできないのだ。
絡まない相手も含めて、共有していく感覚を育てているからこそ、劇団なのだ。

ギャグがあったり、或いは本筋と関係ないことに拘ったりして、話が遅々として進まないようなシーンがあって。
そうかと思っていたら、クライマックスに突入して、そこからのテンポがものすごい早くなって。
一気に話が進んだと思った後になって、もう一つ、エピローグがやってきたり。
そういう可変的なスピードで作品を製作し続けてきた。

その舞台で養ってきた、構築してきた、体感時間のコントロールのテクニックを映画に生かしている。
もう、これでもかというほど、存分に、意識的に入れ込んである。

試写後に話したほとんどのメンバーに色々な聞き方をしてみた。
結局、実際の上映時間を当てられた人は一人もいなかった。
・・・というか、全員が完全に、上映時間を実際の時間よりも短く感じていた。
大体30分前後、実際の時間と体感時間がずれている。
最大幅で1時間も体感時間とずれている人もいた。
そして、本当の上映時間を告げると、ほとんど全てのメンバーが驚いた。
ええ?うそでしょ?と大げさに言ってくるメンバーもいたぐらいだ。
まぁ、大げさに驚くことよりも大事なのは、「全員が」という部分だ。
現代を生きる全員が、実際の長さを感じなかったのだ。
それも、映画館という、恵まれたシートの上に座っていない状況でだ。

おそらく、DVD化されたりして、じっくり見れば、劇団員であればわかるはずだ。
いつも舞台でやっていることと同じテクニックを使っているのだから。
実際時間と体感時間をずらしていくという、組み立てだ。
実はこういうテクニックは、余り、日本の映画では見かけない。
ハリウッド映画を観ていると、そういうのが上手な監督さんがいて驚くことがあるけれど。
あれは、ハリウッドでは誰かが教えていたりするのだろうか・・・?
ヨーロッパ製作の映画でもあまり感じたことがないから、ハリウッドだけが持っている技術なのかもしれない。
ちなみに、歌舞伎であるとか、能であるとか、寄席でもいいけれど。
伝統芸能は、5時間上演なんてのもざらだったりするから、そういう技術が発達している。
能に至っては、そういう技術の中で狂言なんていう別の表現まで生み出している。
恐らく、バラエティ番組のテレビマンなんかも、そういう技術をいくつか貯蓄しているはずだ。
時間が長いなら、時間を削るのではなく、感じる時間をコントロールする。
おいらの知る限り、それは、技術だ。

映画を待ちきれない人がいたら、ぜひぜひ、一度、舞台にも来てほしい。
そして観終わった後に、自分がタイムマシンに乗ったかのような不思議な感覚を味わってみて欲しい。
きっと、想像していた時間とは違う時間が流れていることに気づくと思う。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 18:25| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする