整音作業に本日も向かう。
一度、全体の音声のレベルや気になるところは一周して作業済みだ。
だから、頭のシーンから少しずつ追っていく。
1週間に及ぶ整音作業の中で、イコライザーなどのプリセットも増えている。
前半で質感が合わないアフレコシーンなどにもそのまま適用できる。
後半に連れて作業は慣れていくし、元音も、後半の方が揃っている。
今、振り返って前半に帰ってみると、やはり気になるところは出てくる。
そういう部分を丁寧に潰していった。
あのシーンさえ超えれば・・・。
そう、山場になるシーンはわかっていたから、そこまではじっくりと。
一番驚いたのは、効果音だ。
効果音集などから集めた音声が見事に混ざっている。
アフレコは、前後にも声があるし、質感を合わせるのに苦労するけれど。
効果音は、質感まで気にする必要性がないから有利なのだと思う。
それにしても、まるで、そこに効果音が配置されているなんてとても思えないほど。
周囲の空気感と混ざっていた。
ほんのちょっとしたアフレコと重なる足音なんかが、まるで、その場で収録した音に変化している。
あと困ったことがあったとすれば。
先日、見つけた配置されていなかった音声が、前半に見つかったことぐらいだろうか?
そこから、質感を合わせるから、どうしても時間を食ってしまった。
恐らく、ここが山場だなと言うシーンがやってきて。
一つ一つ、ここは、こういう意味でアフレコに差し替えたいなども伝えていく。
元音のままの方がもちろん不自然さはないのだけれど、演出変更なのだから仕方がない。
本当は、役者が現場に入る前に、演出変更されない芝居をするべきだと思う。
そういう意味では、あとから、セリフのニュアンスを変えたいと監督から要望があった場合は反省点だと思う。
とは言え、撮影現場で直せたらベストだったし、監督の表現したいことが伝わっていないのだとすれば様々な理由がある。
ただ、そういう些細なことがその後の作業で大きな時間を使うことになるとおいらは知った。
監督によっては、そこまで計算して切ってしまうことだってあると思う。
物語上で違和感のある芝居は、結果的に直すか切るかしかないのだ。
台本やシナリオを読み込む力と言うのが、どうして大事なのか。
そして、カメラの前で演じる俳優の心理と、実際に映画を創っていく製作者の心理と。
その両面をおいらは、今回、知ることになった。
映画は、情報量が多い。
映像がある、音声がある、音楽がある、場合によっては字幕まである。
だから、流して観てしまえば、多少の違和感は通り過ぎてしまう。
ヘッドフォンをつけて、目をつぶって、音声だけ聞けば気になるところは見つかるだろう。
音楽のエンジニアを生業としているから、そこまで気にしているのが手に取るようにわかる。
映像が派手に切り替わるシーンでは、音声のことまで、気にしないことも実際にはあるはずだ。
けれど、音楽のエンジニアさんはそこで生きていない。
音楽だけを聴くリスナーに向けて普段仕事をされているのだ。
耳だけの情報のために仕事をしているのだから、聴こえない音までクリエイトしていくのだ。
そういう人に映像の整音をお願いできたという事がどれだけ幸せなことか。
山場を越えて、そこからは、ほとんど通して観ていく。
気になるところは、エンジニアさんもメモを取るし、おいらも、声をかけていく。
その場で直す個所と、後で直す個所をまとめていく。
最後まで通して観て、帰宅することになった。
いくつかのメモした個所を直した後に、データをKORNさんのスタジオに送ることになる。
おいらには、現時点での2mixが完成後に届く。
これで、次の土曜日の最終的なM.A.までにおいらは出来ることは終わった。
後は、M.A.までに、テロップを纏めてしまうことだ。
情報はほぼほぼまとまったのだから、後は、映像化していくことだ。
音声の尺とどこまで合うか、やってみないとわからない。
出来ることなら、M.A.時に、エンドロールが流れる映像で、確認をしたい。
別件の印刷物もあるから同時進行になってしまうけれど、まぁ、それは仕方がない。
Facebookを覗くと、カンヌ映画祭のFacebookページで、セレクション発表の告知をしていた。
日本時間で13日の18時から、インターネットでの生放送で発表するのだという。
きっと、全世界の映画関係者や映画ファンが、固唾を飲んでその発表を待っている。
去年のコンペティション部門には日本映画が1本も招待されなかった。
今年はどうなるのだろう?
もちろん、ある視点部門もあるし、その発表から約1週間後に他の部門の発表もあるけれど。
やっぱり、コンペティション部門に日本映画があってほしいなぁと思う。
映画「Seven girls」もきっと、世界のどこかで発見される。
それが、いつどこで、どんなふうに発見されるのか。
今から楽しみでしょうがない。
でも、きっと、どこかで誰かが見つけてくれるという自信だけはある。
エンジニアさんに車で最寄り駅まで送ってもらって。
おいらは、ありがとうございました!と声をかけた。
今日まで、繰り返されてきた「ありがとうございました」。
一体、何人の人に頭を下げただろう?
そういう全ての皆様の思いが、苦労が、報われる場面が来るといいなあ。
心の底から願っているよ。