2017年03月28日

劣化させる

音を整えていくと書くと、良い音にしていくのだと思いがちだ。
けれど、実は音を加工するというのは、劣化だというのは、意外に思われるかもしれない。

基本的に録音というのはなるべくそのままの音を録る。
人間の耳に聞こえている以上の情報を全て空気感ごと録音する。
人間の耳に聞こえる音を可聴帯域と言うのだけれど、それをはるかに超える情報量の音声データを収録していく。
耳に聞こえない音の情報もあるからこそ、加工する時に余裕が生まれる。
イコライザーで、本来聴こえていなかった帯域の音を持ち上げて聴こえるようにしたりも出来る。
或いは、そもそも聞こえないけれど、混ざった音声になると邪魔になる低音をカットしたりする。
ローカットフィルターなどは、一般家庭用オーディオ機器でもあるから聞いたことがあるかもしれない。
低音がなくなると、高音の抜けが良くなったり、全体になった時に変わったりする。

コンプレッサーは音を圧縮するわけだし、イコライザーだって、どこかの帯域を持ち上げたり削ったりする。
響きを変えていくリバーブにしても、音声情報を疑似的に反響音を加えていくのだけれど。
反響してきた音は、当然、元の音よりも痩せている情報を加えていることになる。
やまびこ効果の、ディレイだって、当然、音の減衰効果を加えることになる。
レベルが下がり、倍音が減り、音が劣化していく。

録音された音の持つ豊富な情報をいかに劣化させていくのかがエンジニアの仕事だから。
そんな言葉を聞いて、なんというか、とても哲学的なことなんだなぁと、思ってしまった。

けれど、結果的にそうやって、劣化させていった音を重ねていくことで、音楽が出来る。
ギターは、ギターの持つ一番良い音だけを抽出して。
ベースは、本来、持っている音を太くしたり、より響かせたりする。
ドラムには、ガレージのようなリバーブをかけてみたり。
ボーカルには、フランジャーをかけて、心地よい揺れを加えたりする。
そういう積み重ねで、音楽を製作していくのだ。
元々持っている音の情報量をどんどん削っていくことで聞こえてくる音がある。
実際、日本の歌謡曲はとてもボーカルが聞きやすくミックスされているけれど。
メロディの帯域に近い、ギターやキーボードなどのイコライザーをいじらないと、声が前に出るのは難しかったりする。
まぁ、それでも、前に出てくる太い声の持ち主もいるのだけれど。
欲張って、楽器の持つ全ての音を出してしまうと、かえって、もこもこして、お互いを食い合ってしまうのだ。

こういう知識が、自分の中にすっと落ちていく。
作品を作る要素の一つである自分の芝居に置き換えることのできる哲学だからだ。
例えばどんな作品であったとしても、出演者全員が自分が目立つことばかりを考えれば、結果、作品がダメになる。
やっていることは劣化のようだけれど、実は、そうではなくて、不必要なものを削る作業と考えられる。
全員がバランスを考えて、全体感を観ることがもしできるのであれば。
全員の芝居がきちんと見えてくる作品になるという事だ。

まぁ、実際には全員が全体感を見ながら芝居をするなんて、とっても難しいことだ。
そこには、どこか客観性も必要になってくるから。
だから、舞台には演出家がいるし、映画には監督がいる。
ただ、役者の中にも何人か、そこを理解する人間がいたほうが、確実に作品は深くなる。
そして、当たり前のことだけれど、ドラマでも映画でも、そこが見えてるんだなぁという役者は、芝居がとても良いと感じる。
すぐに評価されることがなくても、確実に、いずれ評価される俳優だった。
ハヤリスタリの商売だから、急にとっても評価される俳優ももちろんいるんだけれど。
長く、色々な作品に呼ばれて、いつの間にか高い評価を得ているような俳優は、確実にそこが違う。
すたれるようなことがない。
自分が勝負する場所と、自分が全体になじむ場所をきちんと組み立てているのがすぐにわかる。
何か映画でも舞台でもドラマでも観て、やけに印象が残らない役者がいたら、もう一度見てみるとわかったりする。
必要以上にでしゃばってしまっていたりして、勝負する場所がかえって目立たなくなっているのがすぐにわかる。
あるいは、結果的に編集の都合で、カットされてるシーンがあるぞ・・・と見当がつく。

アフレコはなるべくクリーンな音声の収録をした。
正直、ここまでクリーンじゃなくていいだろというぐらい、音情報が多く、声が太い。
けれど、撮影現場で収録したセリフは、当然、音情報がそこまで多くはない。
ガンマイクであれば、周辺の音も同時に収録しているし、ピンマイクだって直接マイクに向かって喋っていない。
だから、アフレコに差し替えた瞬間に、急にクリアな音声が出てきてびっくりしてしまう。
そのクリアな音声をどんどん劣化させていって、より、収録音声に近づけていく。
もちろん、収録音声は音声で、聞き取りやすいように加工していくのだけれど。
ノイズを削ったり、薄く乗っているヒスノイズを取って行ったり。
そうやって、劣化させて混ぜていくことで、違和感をなくして、作品になっていく。
効果音もそうだ。今ははっきりしていても、劣化させて混ぜていけば、より効果的になっていく。

だったら、撮影現場に似た雰囲気にして、最初から、音情報の少ないアフレコをした方が早いと思う人もいるようだけれど。
エンジニアさんからすれば、それだけは、しないでくれと言われることがほとんどだ。
クリアな音声を痩せさせることは容易だけれど、瘦せた音声を持ち上げることはとても難しいからだ。
似たような音声で混ぜてしまうのが、実は一番、違和感になったりするから、後で修正しづらくなっていく。
かぶせた瞬間はとっても、クリアだと違和感が大きいけれど、それが正解。

こんなことも、哲学的だなぁと思う。
豊富な引出しを持ちながら、その中からチョイスしていく。
そういう芝居のテクニカルな部分によく似ている。
例えば、カメラには映っていなくても、相手役の感情が揺れるように視線を合わせてから、すっと外したりする。
それが、相手役の感情に火が付くキッカケになって、結果的にそのシーンがよくなるなんてことがある。
そういう細かいテクニックは、気付かれないことも多いし誰もみてもいないし、評価もされないけれど。
まわりまわって、自分の評価に繋がっていく。
自分がカメラから映る位置でだけそれをやっても、相手役の感情が揺れないのだから。
まったく映っていない芝居こそ、豊富な情報になるのだなぁなんて、置き換えて考えてしまう。
だから、芝居は相手役に恵まれないと、不幸なんだよなって、思ったりもする。
豊富な情報の中から、ピックアップするから、観ている人の心に届くんじゃないかなぁって思う。

整音一つで、そこまで考えてしまうのだから病的なのかもしれない。
けれど、撮影後のポストプロダクションは、おいらの様々なフィロソフィーを肉付けしてくれている。
考えてみれば、カラーコレクションも劣化作業だったりすることを思ったりする。
ソリッドにしていくこと、作品の流れを読んでいくこと。
それは、自分がこれから芝居をしていく上で、大事な大事な宝になるなぁと改めて思う。

誰も気づかなくても。
それこそ、演出家も監督もプロデューサーさえ気づかなくてもいい。
こっそり作品を豊かにする方法論を持っている。
そんな役者って、すっげーじゃんなんて思う。
おいらの思う理想にはまだまだ道が長いけれど。
確実に、違うレベルに踏み込んでいるなぁと、感じた。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:09| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

整音作業リスタート

朝起きて、書き出し完了を確認してからPCをバッグに詰め込んでいく。
シャワーで無理やり目を開けてからすぐに出かける。
あの町に、あの人に、会いに行く。

ロータリーに泊まっている大きな車。
運転席を覗くと懐かしい顔がそこにあった。
思わず笑顔になる。
お久しぶりです!
そういいながら、あっという間にいつかの日に戻っている自分。
KORNさんの助手さんと、一緒に車に乗り込んで、移動する。

到着すると、記憶が少しずつ戻ってくる。
玄関には山積みになったMOTUのオーディオインターフェースがあって、その上に電動工具。
日本のどこを探しても、こんな人はいないよなぁと思う。
スタジオに入ると、あの時と同じように自作のコンソール。
ありとあらゆる部分に、自らの手を入れてある。
市販製品に劣らぬクオリティで、大きなコントローラーが組んである。

コンソールにスポンジをひいて、助手さんのMACを置く。
音声のアウトプットをモニタースピーカーに接続。
おいらが持っていった液晶モニタとも接続して、作業が始まった。

全体を観て、トラックを把握しながら整理していく。
あっという間に、その全体感を理解していく。自分なりに解釈していく。
基本となるシーンを指定すると、そこに合わせていく。
トラック整理しているなぁと思っていたのに、気付けば、整音作業に入っていた。
それまで奥にあった音が前に出てきたり、バランスがどんどん変わっていくことを耳で感じていた。
わ!と、声が出たのは、明らかに音声の質感が変わった瞬間だった。
アフレコ収録したクリアな音声が、あの時に撮影した現場の音声に間違いなく近づいたのが分かった。
思わず立ち上がって、画面をのぞき込むと、丁寧に、何をどうしたのか教えてくださる。

EQを持ち上げて、どこに何がいるのか当たりをつけてから、逆につまんでいく。
音の幅を狭くするために、子音の部分だけコンプを当てていく。
足音が鳴る前だけを少し伸ばしておく。
とにかく、細かい作業を一つしていくたびに、音声が馴染んでいくのが手に取るようにわかる。
正直、おいらがそこにいても出来ることなんかほとんどないのだけれど。
明らかに音声が混ざっていくのが、手に取るようにわかった。
すごい。

今、音楽のレコーディングといえば、当然、PCが基本だ。
デジタル化された音声データをPC上のソフトウェアで、加工していく。
今は、それが普通になったから、自分のPCで、自分で加工してしまう人がほとんどだ。
インディーズと呼ばれる世界の自主運営バンドたちは、今や自分のPCで録音から加工までしてしまうようになった。
今回お願いしたエンジニアさんは、それこそ、つまみをいじり、テープに録音した経験のある方だ。
だから、音の根本がわかっている。音とは波で、その波をどうすれば、どうなるのか把握している。
デジタルな画面でグラフィカルなイコライザーを見ながらいじるのではない。
形は違えど、ツマミをいくつか持ち上げてみてから、当たりをつけていくことを、デジタル上でもやっていた。

確実に景色が変わった。

いつまでに、この整音作業を終わらせるのか日程を伝えると、サラリと、行けますよなんていう。
おいらは、その作業に。そしてディティールまで修正していくことに。そして作品に向かう姿勢に。
あっという間に、強い信頼を覚えた。
関わる以上、ただ音をいじるのではなくて、自分の作品なのだと思えるまでやる。
きっぱりと、そう言い切っていた。

稽古だから、早めに辞する。
助手さんは残って、作業を観たいという。
一度、車で駅まで送ってくださった。
そのガレージの車の横には、釣り船が係留してある。
この船も手作りなのだという。
船を作る?
そんなこと、ありえるのだろうか。

稽古場に向かう電車の中、含み笑いが止まらない。
音がどんどん変わっていったあの感じが耳に残っていたから。

稽古をして、終わって、飲みに行くころ、連絡が来る。
ええ!この時間まで作業を続けてくださったんだ・・・。
あの集中力を維持していたんだなぁ。
今から自分のPCに、インストール大会を開催するという連絡。
用意したまましていなかったアップデートをしてみて、自分のPCで作業できるか確認してくださる。
もし、出来なかった場合は、助手さんのPCをそのまま貸し出すのだそうだ。
それは、助手さんから置いていきますと言ってくださった。
でも、自分のPCで作業できれば、コントローラー、フェダーまですべて使用できるようになる。
もし可能であればその方が良いに決まっている。

すごい。
もう、早く、次に行ける日程を探らないとと思っている。
聞きたいのだ。
その後、どうなっているか、聞きたくてうずうずしているのだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 08:25| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

テロップ作成

目覚めてすぐにテロップの製作に入る。
もちろん、今までもいくつかのテロップは貼り付けてあったけど、あれは仮だ。
なぜ、仮だったのかといえば、テロップを付けたまま色調整は出来ないからだ。
それをしてしまうと、文字にまで色調整が入ってしまう。
それも、カットごとに、調整具合が違うのだから、テロップがシーンごとに色が少しずつ変わってしまう。
なぜか、あのシーンだけテロップがオレンジがかってるなぁとか、そうなっちゃうのだ。

だから、事前に貼ってあるのは仮だった。
特にフォントも気にせずに、位置とタイミングと大きさだけを、確認してもらっていた。
それを色調整済みの映像に、同じ位置タイミングで、正式なテロップを貼り付けていく。
それぞれPhotoshopで作成し、今は文字データのままだけど、最終的に絵画データに変更する。
文字データのままだと機種依存フォントなどで、近しいフォントに変換される可能性がある。

テロップを一つ一つ、フォントを決めて貼っていく。
映像と重なる場合があるから、全てのフォントには薄くドロップシャドウをかける。
グローでもいいし、反色での枠でもいいのだけれど、字幕データが白い字に黒枠のはずだから避ける。
それと、色調整の前に外しておいたタイトルも配置する。
同じように、タイトルロゴも色調整されないように外してあったからだ。
音で決めたシビアなタイミングだから、まったく同じコマ数で配置していく。

全ての映画劇中でのカラコレ後の貼り付け後、同じようにカラコレ後に配置するいくつかのオブジェクトも配置する。
ちょっとしたマスクデータや、画像データなどだ。
もちろん、色調整された映像を再度切り出して、前回と同じ処理をして貼っていく。

それぞれが終わってから、今度は、エンドロールの製作に入った。
クレジットにはお世話になった皆様の名前を一つづつ入れていく。
古賀Pより、Photoshopで製作するのが普通ですよと言われたのでやはりPhotoshopで製作しているけれど。
印刷データなども製作しているおいらとしては、illustratorの方が、絶対にやりやすいんじゃないかと思う。
文字データなどの配置をしていくのであれば、確実にPhotoshopよりも特化しているから。
なにかいみがあるかもしれないから、とりあえず、Photoshopにしているけれど。
どこかのタイミングで、やっぱり、違うなとなれば変更するかもしれない。
結局のところ、どちらでもいいし、実はPhotoshopデータをillustratorで開くことも出来るはずだ。

最近のアニメのエンディングなどはとってもとっても派手で、名前にエフェクトを駆けたり、動かしたりする。
個人的にはそういう派手なエンディングは嫌いじゃなくて、どうするのかなぁと思っていたけれど。
なるべくシンプルにした方が良いとの監督の指示があったので、シンプルにしていく。
不思議なことだけれど、確かにオープニングに比べてエンディングはシンプルな場合が多い。
どちらも好きだし、まぁ、作成したのを監督が見て、どう思うかだけれど・・・。
まともに、スタッフロールを作ると、何度も自分の名前が出てきてしまうから、古賀Pがまとめてくださった役職がある。
ちょっと、面白いなぁと思った。
そんなことを考えたら、監督だったら、ギャグを入れかねないことに気づいて冷や冷やする。
ここは、面白いことを実は仕掛けられる場所だから、アイデアを出されかねないなぁ・・・。
まぁ、その時はその時だ。

まだスタッフロールの製作の途中だけれど、一旦作業をやめて、ビデオに配置する。
位置情報を開始位置からエンディング位置で指定すれば自動でアニメーションしていく。
想像よりも早いスピードになりそうだなぁ。
おいらがガキの頃は、映画館でスタッフロールが流れた瞬間に席を立つ人も多かったと思う。
香港映画はそれを逆手にとって、NG集を流したりしていた。
けれど、最近は、映画館でもスタッフロールが終わるまで席を立つ人も大分少なくなった。
スタッフロールの最後までが、映画なのだと、少しずつ理解されてきたのだと思う。

文字データを貼り付けた状態の映像を再度書き出す。
今日は、いつもよりも早いけれど、ここまで。
明日は午前中から整音作業で出かけなくてはいけない。
なんだったら、日常よりも早起きだ。
稽古もあるから、終わりの時間もある。
明日で、MA、整音作業の道筋が見えてくるはずだ。

テロップ作成は、すでに、DCP作成前の最終作業だ。
もう、完成はそこまで来ている。

まずは、明日だ。
明日が過ぎたら、景色が見えてくる。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:45| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする