ヘッドフォンを購入した劇団員から写真が届く。
昨日注文したのにもう、家に届いたらしい。
男子っていうのは、マイマシンを持つと、少しテンションが上がる。
自分のヘッドフォンを手にして、ちょっと嬉しそうな文面だった。
多分、今頃、ヘッドフォンの音を確認しているころだろう。
エイジングというのがあるから、ある程度、音を聞いておいてと伝える。
エイジングとは、いわゆる、あのエイジングそのものだ。
アンチエイジングとか、最近なら、エイジングビーフとか。
うまい日本語がみつからないけれど、年輪とか経験値とか老成とか。
まぁ、そういった意味だ。
音響機器には実は、エイジングという過程が入る。
ヘッドフォンでも、マイクでもスピーカーでも、プリアンプでもそうだけれど。
いわゆる音楽信号である微弱電流が電線を流れ、接続部の半田を通っていく。
電気というとデジタルだと思ってしまう人もいるけれど、電気は自然界にも存在するアナログな物質だ。
金属の中を電気が流れるとき、初めは、抵抗などで安定しないのだ。
何度か、微弱電流が流れたころに、電流の流れる経路が安定してくる。
音楽信号は本当にわずかな電流だから、その経路が安定するまでは音も安定しない。
中音から高音域が特に硬くとがった音になってしまう。
何度も繰り返し、音楽信号が流れ続けると、それまで痛かった高音域が馴染んできたりする。
つまり内部経路に経験を積ませる時間が必要なのだ。
もちろん、音響機材はそこまで計算して設計されている。
だから、音響機材は同じ機種でも実は個体差がある。
どんなに高い機材でも、当たりハズレはあるし、低価格帯でも素晴らしい音を出してしまうこともありうる。
もちろん、ICなどが入ったデジタルだと、そういったことはない。デジタル信号に劣化はないのだ。
買ったばかりのヘッドフォンなら、数日音を流せば、その機械が持つ本来の音に近づいていくはずだ。
まぁ、購入したばかりだから、色々試してみるだろう。
ゲームで使用してもいいし、好きなDVDを観るのでも構わない。
そうこう繰り返していくうちに、音域が安定していくだろう。
帰宅すると、オーディオインターフェースが届いていた。
オーディオインターフェースの中には、A/D、D/A変換というシステムが入っている。
マイクから入ってくる音をデジタルに解析していく。
デジタルで出した音をアナログに変換してスピーカーやヘッドフォンに出力する。
必ずそこには、アナログとデジタルの変換が入る。
つまり、このアナログ部分はヘッドフォンと同じようにエイジングするまでは安定はしない。
まぁ、とは言え、全部がアナログなわけじゃないから、そこまでの時間はいらないと思うけれど。
それでも、ある程度音を流しておいた方が良いだろう。
PCにドライバーと、操作するアプリケーションをインストールしてから接続。
接続後にファームウェアを最新のものにアップグレードしてから、音を流しておいた。
そしておいらは衝撃を受けることになった。
なんと、それまで聞こえていなかった音たちが粒だって聞こえてきたのだ。
音楽監督の製作した音源も、それぞれの楽器の音が分離感を伴って聴こえてくる。
オーディオインターフェースのヘッドフォン端子経由で音を聞いたら、まるで世界が変わったのだ。
今、はやりのDAC・・・ヘッドフォンアンプ代わりになっているのだ。
セリフの一つ一つも、聴こえ方がまるで違う。リアリティが違うし、息遣いまではっきりと聞き分けられる。
このPCに入っているサウンドカードはそこまで安いものではない。
ボードに乗っているサウンドチップも、ほぼほぼ最新のものだったはずだ。
スピーカーもよく考えて設計してある。
サラウンドからdts、仮想5.1チャンネルまで実装していたはずだ。
だから、安心していたのだけれど、モニタヘッドフォンを通して聞こえてきた音を聞いて、衝撃に近いショックを受けた。
苦労してパンを振り続けてきたけれど、もっと早くこんなに違うと知っていれば・・・。
それに、耳疲れも、まるで違うことが分かった。
ここまで音が違うなんて想像以上だったのだ。
多少は良くなるとは思っていた。
そもそも、電源からくるACノイズだって、内部で制電、整流しているから消えるはずだ。
マシン内部であれば、これにCPUやGPUの電圧が頻繁に上下しているわけで。
オーディ処理をPC外部に出しただけでも、メリットがあるのは、当たり前のこととして認識していた。
けれど、その認識を軽く凌駕するほど、音がクリアになっていたのだ。
もちろん、どんなに音楽制作で拘ったって、再生環境を指定なんて出来ない。
モノラルのAMラジオで流れることだってあるのだ。
低音ノイズの内部と言っていいような、車の中で流れることだってあるのだ。
だから、アーティストの表現したい音が100%届くというのはかなり、まれな例だ。
それでも、モニタスピーカや、モニタヘッドフォンで確認するのは、実務的な意味だけでもないと思う。
基本の基本としての、整音は、もっとも元音に近い場面でこそやっておくべきだ。
そこから、重低音にしようとかハイファイにしようとか考えればよい。
今、このPCでもっとも長尺の音源は、セブンガールズの映画データだ。
早速映画データを流しっぱなしにして、インターフェースのアナログ部分のエイジングに入った。
最初の時点でこんなにクリアなのに、それでも、まだまだ変わっていくのだ。
変えやすいデータで製作しておくことが、だからこそ大事なのだ。
ヘッドフォン経由で漏れてくる音がある。
PCのモニタでは、映画セブンガールズが流れ続けている。
しばし、作業を止めて、音声や音楽を聞いてみる。
やはりまるで違う。
シーケンサー直の音も、書き出した映像と共に流れる音も。
むしろ、音楽監督に申し訳ない気分だ。
今まで、この音を聞いていなかったのだから。
いよいよアフレコの器材が揃ってきた。
念のために、簡単なエイジングもかけておいた。
どんどん、その日が近づいている。
PCを観ると、映画セブンガールズが再生されている。
俳優たちのほとんどは、この映像をまだ見たことがない。
アフレコに入る部分だけとは言え、急に実際に映画になっている映像を観たら驚くのだろうなぁ。
そういえば、今朝の明け方の音楽監督との会話で。
どうしても、反響音が入るなら、頭から毛布をかぶった方が良いなんて教えてくれた。
皆はすでに編集されて、音声も整理されている映像が初めてになるのに。
毛布かぶってじゃ、なんだか集中できないんじゃないかなぁなんて別のことを考える。
そう。
アフレコなんて経験したことのある俳優は、ほぼいないのだ。
それこそ、エイジングが必要じゃないかと、気付いた。
もちろん、レコーディングを経験していたり、舞台で芝居をやっているのだから。
勘の良い俳優はすぐに慣れるかもしれないけれど。
それにしても。
音の世界は広く深い。
機材を一つ重ねただけで。
或いは、電源を見直すだけで。
世界観まで変わってしまうのだから。
でも、そういうことが愛おしい。
ヘッドフォンに経験値を積ませるんだぜ。
もう、その時点でまるっきり擬人化しているようなものだ。
硬さが取れればよい。
まったくもって、人間と同じだ。