シモキタから世界へ
そんな言葉を胸に掲げて今日まで歩いてきて。
それを今日ほど実感した日はない。
昼前に仮眠から目覚めて、すぐに熱いシャワーを浴びる。
つい昨日まで舞台に立っていたのに、不思議だなぁなんて呟きながら。
シャワーで流れていった、たくさんのシモキタ小劇場の空気たち。
眠い目をこすりながら、電車に飛び乗る。
少しうとうとしながらの移動。
それでも寝過ごすこともなく、電車を降りて歩いているうちに少しずつ頭がクリアになっていった。
到着して、監督に連絡をしなくちゃと思った瞬間に、メールが届いた。
そのメールには、「カンヌ」「香港」「ヴェネツィア」「モスクワ」という地名が入っていた。
決してこれは冗談ではない。
出展するためには、英字幕が必要になる。
英字幕を付けて出展するためのスケジュールが出たとの連絡だった。
去年末に年内になんとか編集をまとめますと連絡しておいて。
一月末まで結局プロデューサーまで送信できなかった映像データ。
だから、ここにきてスケジュールが過密になっていくことは予想していたけれど。
字幕製作依頼のための、納品日が出たのだ。
ついに「納品」という文字が付く連絡が来たのだ。
そんなに無理して編集するよりは、その次のマーケットへの出展を目指せば・・・
という意見もあったけれど、海外の映画祭は、何が起きるかわからないから、エントリーはしたいとすぐに返信が届く。
そう、これは、エントリーのための話だ。
日本からだけでも、何本もの作品がエントリーをする。
ノミネートされて、本当の意味で出展、上映が出来る作品は限られている。
そのやり取りが、メールで矢継ぎ早に届く。
監督に、到着メールをする暇もないまま、簡単な返信だけをおいらはしていた。
だって、そうだろう?
前日、シモキタの小劇場で。
100名前後で満員になる小劇場で、芝居をしていたんだよ。
そんなおいらに、具体的に世界に向かうスケジュールが届いたんだ。
前日までの舞台で、何度も出てきたセリフ。
「世界を目指せ」
半ば、冗談のように、ギャグのように、そのセリフが飛び交った。
そして、そのセリフを口にする役は、空回りを繰り返す役だった。
何度も何度も、お前たちには可能性がある。お前たちを信じている。世界を目指せ!と口にした。
周りに立つ役は、そのセリフを、やれやれという顔で観ているというシーンが何回も出てきた。
あの役のモデルは、想像してくれればいいけれど。
それが、空回りでもギャグでも冗談でも、もちろん、「やれやれ」でもなく。
実現しちゃうのだよ。
本気だったんだよ。
そして、それをずっと口にしてきて、それが現実になりつつあるんだよ。
こんなことを書いても、監督以外の劇団関係者にはまったく現実感がないだろう。
ちょっと、今から世界に挑戦しますねって言われたって、どうゆうこと?ってなるだろう。
未だに、おいらが世界の話をしても、笑っちゃうメンバーだっている。
でも、嘘じゃないんだよ。
もちろん、ノミネートされない作品の数の方が圧倒的に多い。
単純なエントリー数とノミネート数を割り算したら、とんでもなく低い可能性になるだろう。
相手は全世界なのだから。
でもね。
ゼロじゃない。
いや、何が起きるかなんて、誰にもわからない。
ただ、少なくても、ディレクターは目にする。
日本語の分からない人が何人かこの作品を目にすることになるんだ。
それだけでも、実はとんでもないことだって、おいらは思うよ。
たった一人のディレクターの心が動くことだってあるのだから。
夢みたいな話をまたしてるよって、思うかな?
まだ、言われちゃうかなぁ?
監督と二人で編集に入る。
磨きの作業。
急遽スケジュールが出たことで、二日後にはオフライン試写が決定した。
だから、そこで見せられる状態にまではしようと、やった。
監督のiPhoneには、様々なシーンの修正箇所のメモが入っていた。
そのメモに書かれている箇所を全て修正して、それ以外も修正して。
音楽が付いてから初めての修正だったから、映像意図と音楽意図を合わせていった。
気付けば、外は真っ暗で、夜になっていた。
おいらの買っていったチョコレートを監督も口にして、疲労した脳にエネルギーを供給し続けた。
とりあえず、この編集データで試写をしてもらおう。
監督が口にした。
作家的には切れるところはもうないという。
ここを落とせば、ここが弱くなる。
ここを削れば、ここが薄くなる。
結果的に切るべきだとなったとしても、今はこのままでいい。
そういう判断が、監督から出たのだ。
帰宅して、音楽監督に修正した個所の一覧を送る。
そして、修正した映像を書き出して、その映像から音楽だけ抜いた映像をそのあとに書き出す予定。
二つの映像を音楽監督に送信して、イメージの確認をしていただくことにした。
そう。昔から監督と音楽監督は、いくつかの往復を繰り返して、作品を作っていく。
より明確になった演出意図を確認後、電話連絡を取り合うことになるだろう。
オフライン試写で、どんな変更点が出るかはわからない。
誰も何が起きるかなんてわからない。
だって、おいらが、このプロジェクトを口にしたときに、現実的に信じることが出来た人なんて何人いただろう?
だから、予測なんてする必要性がない。
やれることに、ただただ取り組んでいく。
それだけが、道になる。
シモキタから世界へ。
そういう場所に立ったはずだ。
進め。
前に前に。
この道がどこに繋がっていくかなんて、誰にもわからないのだから。