2017年01月26日

花束のように

書くのをやめておいて、自分の中で、そっとしておこうかなぁということもある。
でも、それを知って数日経過して、自分の中で少し腑に落ちてきた。

音楽監督から直しのデータが届く。
一つずつ、張りなおしていく。
トラック全体で音量を調節しているけれど、一曲だけ、セリフが聴こえなくなる曲があったので、曲そのものの音量を下げておく。
直しのデータとばかり思っていたら、なんと、追加曲もあり。
直す前の曲も保存してあるから、すでに、音楽監督から届いた曲数が70曲を数える。
歌入りの曲も初めの3曲、ラフの3曲に加えて、ラフ直しの3曲。
すでに、フォルダには80曲近い曲が整理してあるのだ。
音楽監督のBLOGを読むと、今日も直しをやると書いてあるから、きっと今晩、更にこの数が増える。
すごい数だ・・・。劇団員の皆にも、ちゃんと、このすごさを伝えたいなぁと感じる・・・。

監督とも連絡して、音ありの映像を観てもらったはずだ。
来週、舞台のある前の週だから、今週は忙しい。
今日、もう一度編集に入るかは微妙だろうな。
まぁ、無理なら無理でも構わない。
タイムコードでの指定もあるかもしれない。
それに、今日、編集してしまうと、トオルさんとタイムコードが微妙にずれるけれど。
まぁ、それに関しては、渡してあるタイムコード付きの映像は保存済みだから大丈夫かな?

こんな風に毎日毎日、映像編集工程をここに記しているけれど。
クラウドファンディングの頃からずっと続くこのBLOGをどこの誰が読んでいるのかななんて思うこともある。
本当は、あまり読まれていないのかもしれないぜ、なんて笑っちゃったり。
そんな時に限って、意外な角度からBLOGを読んでますなんて聞かされて、いつも驚くのだけれど。
映像関係であったり、知り合いの知り合いであったり、親せきであったり。
ああ、意外に、読んでくださっているんだなぁと。
共に歩んでくださいと言った以上、毎日、報告しておこうと思ったけれど。
本当に、共に歩んでくださっている方々がこんなにもいる。

そんな読んでるよという報告の中で。
なんというか、自分の中でも大事な大事な思いを届けてもらった。
その女性は、このBLOGを毎日毎日読んでくださっていたのだという。
映画の進行過程を出演者よりも、BLOGから知っていたらしい。
彼女は闘病していたから、きっと、ベッドの中から読んだ日もあるのだろうなぁ。

彼女は旅立った。

彼女が忘れ形見になってしまった一人息子に最後に教えた歌がセブンガールズのテーマ曲「星がいっぱいでも」なのだそうだ。
彼女のお別れ会では、その少年が、旅立つお母さんに、この歌を届けたのだという。
この曲を作った吉田トオルさんも、歌詞を書いた監督も、まだ知らないことだ。
自分たちの知らない場所で、自分たちの創作物が、心と心の受け渡しになっているなんてことがあるのだ。

最初に予定していたロケ地がダメになった時。
その彼女から助言を頂いたりもした。
読んでくれていたのだなぁと、改めて思い出す。

夢を一緒に観てくれていたかな?
少しだけでも、未来を一緒に観てくれていたかな?
彼女が映画を楽しみにしていたから見せてあげたかったなんて連絡が来たけれど。
それだけは、大丈夫だよ。
きっと、観てくれるっておいらは思う。
ここまで、共に歩んできたのだから。
公開したその会場のどこかにきっといてくれるんだろうなぁ。って。

ただのBLOGだ。
毎日、映画製作の工程を、記しているだけだ。
それは、ただの文字の羅列に過ぎない。
でも、どこかで、誰かの心に繋がっている。

きっと、映画もそうだ。
映画が完成すれば、その映画はどこかで誰かの心にとどまるんだ。
監督もおいらも知らないところで、この映画を胸にしまってくれる人がきっといるんだ。
それが創作だし、創作したものは、そうやって自分で進んでいってくれる。

そんな話を聞いて、数日、自分の中でうまく形にならない何かをずっと抱えている。
頭の片隅に、ぼんやりとしたカスミがかかっている。
・・・人の思いはどこに行くんだろう?
そんなことが、頭をよぎる。
気付けば、たくさんの人の思いをおいらは抱えたまま歩いてる。

応援してくださる人の思いを抱えて、映画を作るとは、きっとこういうことなんだって、感じている。
出来ることは、抱えていくことだけだ。大事に大事に花束のように抱えながら進むだけだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 08:07| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする