2016年12月04日

映画「ちょき」鑑賞

午前中からの編集作業。
小気味よく、進む。
IN点、OUT点、次々に追加していく。
そういえば、編集点を未だに1つも置いていない。
シーンナンバーぐらいシーケンサーに記載していかないとあとで困るかもしれない・・・。
まぁ、それはいつでもいいのか。
気付けば、編集時点で50分超の映像になっている。
まだ折り返し地点の手前。
稽古前にも編集時間を作れたから、そこで60分に到達できるか出来ないかだ。

夕方に切り上げて、渋谷に移動。
映画「ちょき」の東京初日レイトショーに監督と共に向かった。
土曜の渋谷の人の波が、以前より増えた気がする。
おいらが20代のころは確かにこの人込みは新宿のモノだった。
今は、渋谷なんだろうか?
それにしても、こんなにはいなかった気がする。
これで、ハロウィンやワールドカップは更に増えるのだとしたら、身動きが出来ないんじゃないだろうか?

映画の編集をしている時に、映画を鑑賞するとは、こういう気分なんだなぁ。と感じる。
一観客として、作品に入っていくことが中々難しい。
どうしても、役者として芝居を観ちゃったり、編集方法をみちゃったり、してしまう。
物語の構造を振り返ったりしてしまう。
そういえば、舞台を始めたばかりのころ、様々な舞台を見まくっていたのだけれど、突然、観るのを辞めたことがある。
完全に自分の視点が、お客様の視点と違うところに行っちゃったと自覚して、一度切ったのだ。
今、映画の編集中ということもあって、たぶん、映画でも同じことが起きている。
おいらは、映画を楽しもうではなく、映画から学ぼうというモードに自然となっているのだ。
それはそれで、とっても、面白いけれどね。
まったく違う内容だし、時代設定だって、テンポだって違うけれど、学ぶことは多い。

確かに視点は変わっちゃうのだけれど。
20代のころのおいらとは違ってちゃんと、どこかで楽しむことが出来るように成長している。
映画だけが持ってるほんのり温かいものをそっと受け取る。
盲目の少女と、妻を亡くした美容師の話。
美容師の視点と、盲目の少女の視点ならぬ聴点を交差させている。
二つの交差をクライマックスで声をなくして「文字」で表現する。
そのほんの瞬間で、観客のイマジネーションに委ねている。
その演出方法の温かさが、ふわりと、体に入ってくる。

心地よい観劇後の気分のまま、初日舞台あいさつがはじまる。
セブンガールズにもこんな日が来るのだろうか。
いや、来るためにやっているのだけれど、それにしても、これは・・・。
綺麗な服を身にまとった俳優と、紹介する司会者と、監督がそこに立つ。
インタビューに答えている舞台挨拶を観ながら、おいらは、少しふわふわとしていた。
思うに、セブンガールズの舞台挨拶があるなら、おいらは客席にいるだろう。
パンパンたちがそこに立って、監督がそこに立って、司会者に質問されている。
そんな映像が頭の中に浮かんでくる。
まだまだ先の話だけれど。
おいらはそれをどんな気分で眺めているのだろう。

「ちょき」は全編和歌山県で撮影された。
そして、和歌山県で先行上映して、大変な話題になった。
その話題を背負って、東京での初日を迎えた。
セブンガールズも、上映されるのであれば、何かを背負っていたいなぁ。
そういう話題の一つ一つが、公開への力になっていくから。

まだまだ誰も見ていない映像を繰り返し観ながら。
まるで、江戸に上京したばかりの坂本龍馬のような気分になってくる。
世の人は我を何ともいわば言え 我が為すことは我のみぞ知る
はたから見たら、この人は何をそんなに夢中になっているんだろう?
そんな状態のおいらだ。
為さなければ。
たくさんのたくさんの奇跡のような偶然を巻き込みながら。
派手のようで地道な一歩を踏んでいかなくては。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 08:58| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする