2016年12月01日

師走に至る白河夜船

編集に向かう。ノマドカフェ。
いきなり、電源がある席が埋まっているという状況。
しばし、電源のない席で待つ。
空き次第移動して、編集を開始する。

今日は一つのシーンに苦労する。
先日の編集部分を確認して、再度少し手を入れてから、中々進めなかった。
まぁ、それほど、人間が交差するシーンで、同時に、表現したい感情表現も交差している。
その全てを映すとなると、中々、難しい。
どこかで線引きをして、この人のシーンと割り切ってしまうしかないのだけれど。
とにかく、出来るだけ多くの表現を残したい。

そのシーンがなんとか終盤まで来ると、残りわずかな時間で3シーン埋まる。
シーンによっては、編集も何も、IN点、OUT点を決めるだけで済む箇所だってあるのだ。
1つのシーンに何時間もかけたかと思えば、その次は、あっという間に3シーン進んでしまう。

気付いたことがある。
この編集、何かに似ていると思っていたのだけれど。
前に書いたミックスだけじゃなくて、もう一つ似ていることがあった。
それは、デビッド・宮原の、演出だ。
特に、本番直前のべた入り稽古になってからの演出にとても良く似ている。
何度かやって、繰り返して、そうじゃなくて、ここを・・・のクダリ。
監督になって、編集作業をしているわけで、全然違うかもしれないけれど。
案外、監督にとっても、脳内の作業領域はとても近いのかもしれない。
舞台よりも、もちろん、解像度が高いのだけれど。
なにせ、1時間に24コマのレベルで演出しているのだから。

監督が見せたいものと、おいらが見たいものとでも、ちゃんと差がある。
ああ、こういうところを強調していきたいんだなぁってわかる。
やっぱり、演出家や監督の希望している芝居を30%も出せれば、良い役者なんだろうなと改めて思う。
ほぼ100%っていうのは、無理なんだなぁ。
俳優は、監督の求める芝居、頭の中の映像を、完全に把握なんかできない。
それでも、俳優から出てきた芝居を、ああ、これなら、こっちの方がいいよという場面だってある。
だから、それ自体は、良いも悪いもないのだけれど。
いざ、その芝居が素材になって、映像を編集する段階になるとまた少し話が違う。
俳優が演じたい強調したい部分と、編集で強調する部分には、多少なりとも差が出てくる。
その差が何とも言えず、楽しい。

帰宅して、今日の編集点の整理。
なんせ、明日も編集の予定だからだ。
整理をして、準備をする前には、気づいたら背もたれにもたれかかったまま、眠っていた。
まったく、おいらってやつは。
無理やり起きて、煙草を吸いこんで、コーヒーをすすって、ニコチンとカフェインで瞼を開ける。
よしと気合を入れて、ようやく、整理も終わり。
ああ、本当は、音声データとのマッチングも、少し進めたかったのに。

仕方あるまいな。
今日はこれまで。

そうやって、自分でけじめをつけないと。
この作業は、いつまでも続けてしまうような感覚があるのだ。

12月に入る。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:10| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする