2016年11月22日

MIX

音楽の録音技術は、常に映像の録画技術の数年前を歩いている。
それは別に、どっちの方が優れているとかそういうことではない。
音楽と映像では、とにかく、情報量が違う。
音楽が扱うデータは、つまり音のデータのみで、映像は音も含む映像のデータだということ。
データ量そのものが常に、10倍以上の開きがある。
データ量が大きければ、単純なマシンパワーも、それだけ必要になる。
ハードディスクなどの記録媒体も肥大化していく。
実は同じような編集は技術的に常に並んでいるのだけれど、ハードウェア的に数年ずれていく。
実際、どちらも、エディットするソフトは、同じAVID社のソフトだったりする。
AVID社は、PCとソフトウェアだけではなくて、そこにハードウェアも追加されたもので、個人が買えるものではない。
音楽でも、映像でも、AVIDのコンソールがあるのは、大抵スタジオになる。

音楽はもう10年以上前から、レコーディングがスタジオを飛び出している。
それは、モバイル端末と記録媒体の進化から、ようやく出来るようになったことだ。
リハーサルスタジオや、宅録と呼ばれる個人宅での録音も、一気に広まった。
個人でも手に入りやすいアプリケーションもヴァージョンアップを重ねて、遜色がなくなっていった。
おいらは、その頃に、音楽のレコーディングを体験して、すごい面白いなぁと感じた。
プロのエンジニアからすれば、自宅で録音が普通になっていくのは、ちょっと困っていたけれど。
実際、iTunesなど、音楽はどんどん身近になっていって、自分の曲を発表する場も増えていった。
MTRなんていう、磁気テープに4チャンネル録音できるテレコがあったのだから、もともと需要もあったはずだ。
デモテープ制作用の器材が、あっという間に、プロ用の器材と同じレベルになっていった。
もちろん、スタジオの器材を使うと、すごい差を感じるのだけれど。
マイクも違えば、ケーブルも、電源も、ミキサーも全部違うのだから、当たり前の話だ。
ただ、その差が、以前とは比べられないほど小さくなっていったということだ。

あの頃、まだ映像の記録媒体は、テープメディアだった。
デジタル記憶ではあるけれど、ハードディスクに記録するなんて、機材費がどれだけかかるかわからなかった。
当然、テープメディアの場合、テープからデータの読み込みが必要だったし、出来上がりもテープに書き出していた。
数百ギガのハードディスクでも、数万円の時代だと、やっぱりそうなった。
そもそもハードディスクからのデータの読み込みスピードも足りていなかった。
そして、当然、そのままネイティブな映像データで編集すれば、PCは、何度も何度も固まった。
とてもじゃないけれど、スタジオレベルと遜色が云々なんて言えるレベルじゃなかったと思う。

レコーディングを3回体験したけれど。
なんというか、あのクリエイティブな空気の中にいることは、なんとも言えない心地よさだった。
創造的な現場というのは、今も、常にどこかに存在している。
自分のレコーディングの前から、監督が関わったレコーディングに顔を出していたおいらは、その現場に自分が行くと思ってなかった。
そして、全てのレコーディングで、完パケまでの工程に立ち会った。

レコーディングには、いくつかの段階がある。
まずは、文字通りの録音。REC。
例え一発録音であっても、パラレルで記録していく。
ギターアンプ用のマイク、ベースアンプ用のマイク、歌、コーラス、バスドラムのマイク、スネアのマイク、シンバルのマイク、エアー。
一つ一つの楽器単独で録音することもあるし、リズム隊は一緒に録音することもある。
ただ、とにかく、全ての音はバラバラに別の素材として格納されていく。
その次の段階が、ミックス。
全ての音をもう一度重ねていく。
音の波形の被りを取ったり、ドラムの位置を奥にしてみたり、波形の帯域を振り分けたり。
録音した素材が良くないと、どうにもならないけれど。
逆にどうにだって調理できるような魔法の工程。
素材が組みあがっていって、作品になっていく。
ミックスが終われば、ミックスダウンと言って、2チャンネルのLRの音源になる。
最後の段階が、マスタリング。
2チャンネルの音源を、音圧であるとか、イコライジングであるとか。
整音していって、アルバムなんかであれば、曲間なども調整していく。
出来上がった音源を、最終的な製品にしていく、彫刻でいえば研磨のような工程。
驚くほど、音がクリアになったり、前に出てきたりする。

なぜ、突然、音楽のことを書いたのかと言えば。
実は、本日、撮影中の音声データが届いたからだ。
そして、今、編集過程にいて、ミックスをすごく思い出している。
あの創造的で楽しくて真剣な空気を既に知っていることは、なんというか、プラスだなぁと改めて思っている。
映像の段階も同じだ。
撮影があって、編集があって、最後の仕上げが待っている。
もちろん、映像も音声もあるから、それぞれの仕上げがあったり、段階は少しだけ多いけれど。
結局、同じRECなんだなぁと改めて思う。
今、つまり、監督と二人で編集をしているのは、音楽で言うミックスダウンを目指しているということだ。

今や、音楽のミックスで出来ないことは、すごく少なくなった。
音程を直すこともできるし、テンポを直すことだって不可能じゃない。
なんだったら、キーを変えることだって、出来なくはないのだ。
レコーディングした素材を使って、様々なことが出来る。
同じように映像でも、出来ないことがどんどん少なくなっていっている。
雨を降らすことも、雷を落とすことも、不可能じゃなくなっている。
場合によっては、人の表情や、肌の質感まで変更できる。
同じような進化をやっぱり続けている。
なんでも出来るようになっていく中で、逆に自分のやる方向性をしっかりと持たなくちゃいけないのも同じだと思う。

演技はそれだけでクリエイティブだ。
その場でその時にしか出ないものもある。
それを素材として、更に、何かを創造しようとしている。
太鼓の音だけから始まって、バンドサウンドになっていくあの臨場感にとっても似ている。
最終的なミックスダウンの時のように最終的な書き出しの時は、どんなことを思うのだろう?

撮影は終わったけれど。
まだ、おいらが目指していることの半分にも到達していない。

さて。
長い長いダウンロードが終わった。
まずは、このデータを展開してみよう。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:49| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする