2016年11月24日

編集三日目

編集三日目。
大きく進む。
大きくと言っても、15~20分程度だけれど・・・。
シーン数でみるとわずかだけれど、シナリオページ数にすればかなりの数字だ。
ページ数当たりの時間が出るかもしれないなぁという数字。

監督用のジョグホールコントローラは、開始から威力を発揮した。
監督にホイールで切り替えの位置を指示してもらえる。
ここで、切って。ここで差し替えて。
具体的に1コマずつ動かして指示をもらえるから、明確。
おいらがやって、これでどうですか?・・・ちょっと早い・・・どうですかね?・・・ちょっと遅い・・・
の繰り返しがなくなった分、かなり効率的に進んだと思う。
今日は対面で作業をしていたから、実際のシーケンス画面を監督は見ていない。
たぶん、それも見れたら、もっとホイールが活躍するはずだ。
となりに並んだときは、おいらもホイール操作が出来るようになるだろう。

ヘッドフォンも無事二股になった。
一点だけ、問題があった。
監督には耳が痛くなるから耳かけ式のヘッドフォンを渡して、自分はイヤフォンをしているのだけれど。
ポータブルプレーヤーについていたSONYのわりと良いイヤフォンなのが間違っていた。
ノイズキャンセラーが付いている密閉式だから、イヤフォンをつけると監督の指示が聴こえない。
しかも、やはりイヤフォンは耳が痛くなってくる。
100円ショップで、非常に性能の低いヘッドフォンを買った方が良い気がしてきた。
ちょっとそこは考え直そう。
最悪、監督のはヘッドセットだからマイクを繋げるっていう手もあるにはある。

今日はミラクルな編集点もいくつかあった。
おお!という奇跡的な繋がり。
狙い通りにならないか・・・と思った矢先に、別の方法でうまく繋がったりする。

映画だと、別に編集後の時間的制約はない。
ざっくりと120分という目標はあるけれど、映画に決まった時間などないのだ。
だから、思ったように編集して、思ったように仕上げれば良い。
けれど、今日は、随分、テンポを気にした。
それは、全体の尺という意味ではない。
いちいち間を空けておけば、意味が生まれてしまう。
圧倒的な情報量でどんどん進んでいくのがこの物語だしスタイルだ。
だから、出来る限り、テンポ感を失いたくないのだ。
かったるいなぁと感じたら、尺長をする。
通常のシナリオであれば、すでにこの行数であれば1時間を超えているかもしれない。
けれど、それでは、目指している作品にはならないのだ。
ヒーローズや、24、ERなどのアメリカドラマのテンポ感や情報量はとんでもない。
そこを目指しているわけではないけれど、情報量はそのまま、内容の濃さになることだってある。
ゆったりと進むような映画を目指してはいないのだ。
ジェットコースタームービーなんて言葉があるけれど、本当にテンポの良い映画って、意外に少ない。

どうしてもテンポ的に、ここを切りたい・・・
そんな場所に、思ってもいなかったカットを入れることで、随分とテンポが良くなる。
そんなことがいくつか起こった。
うまくいったときは、思わず、監督と二人で、うん!とうなづく。
同時にうなづく場面もだいぶ増えてきた。

まだ全体から見れば、20%というところかもしれないけれど。
ここから先は、しばらくは、カット数の少ない短いシーンが続く。
少なくてもおいらが目指していたシーンは終わった。
だから、次の編集では、かなり進むんじゃないかという予感がある。
仮に少ない時間だとしても、結構、良いところまで行く気がしている。

映像素材が、演技が、作品になっていってるよ。
セブンガールズという映画がどんどん組みあがっている。
最後のシーンまで編集しても、そこから更に、シーン順を組み替えたり、更に削ったりもあると思う。
だから、まだまだ完成は先だけれど、少なくても、今日は、起承転結の「起」までは達成したように思う。

今度の稽古日に仮にPCを稽古場に持ち込んでも・・・。
もう役者に観たいと言われても見せることは出来ないだろうな。
だって、もう見せられるような長さじゃないから。
それをしたら、稽古が出来なくなってしまう。
残念ながら役者は、編集中の作品を目にすることは出来ない。
もう、粗編集が終わるのを待ってもらうしかないだろう。

帰宅して、今日までの映像の整理をする。
あっという間にこんな時間だ。
集中していると時間が過ぎるのが早い。
今日、監督と9時間以上も作業したなんて、とても、思えない。

ああ、もっともっと時間が自由になったらいいのに。
或いは、眠らないでも生きていけたらいいのに。

今日はここまで。

次の編集のための準備作業も続けていかないとだ。

雪は積もるのだろうか?
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:12| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

編集準備

明け方の地震に驚く日。
撮影日だった人もいただろう。
自然にだけは抗うことが出来ない。
そういえば、仕込み期間中に、島根の地震があったことを思い出す。

音声データのダウンロードが何度か失敗の上ようやく終わった。
音声データだけで圧縮されているのにかなりの大きさ。
ZIPファイルを解凍すると、なぜかエラーが頻発する。
どうやら10GBを超える圧縮ファイルは、対応していないと解凍出来ないようだった。
いろいろと調べて、対応するDLLやソフトを入手してなんとか解凍。
無事かどうか、いくつかファイルを調べてみる。

WAVEファイルで、各シーンの音声が流れる。
ああ、MIXされたものなんだなぁと思って、シーケンサーで見てみると全然違った。
一つのWAVEファイルの中に、モノラル8chとかが格納されている。
おいら、今までWAVEファイルにそんな風に入れることが出来るのは知らなかったよ。
一つのファイルの中に既に同期された形で、各マイクの入力音が入っているのだ。
これなら、配置した後に、いじるとしても、タイミングがずれたりもない。
音質もCDを超える24bitがメイン。
全てを展開して編集に当て込んでから、整音前にどこのアフレコが必要か決まるだろう。
とりあえず、今の編集の段階では触らないで良いですと連絡があったから、そのままにしておこう。
まずは、映像編集を進めた方が良いようだ。

ただ音は大きな指針になる。
監督は、音楽畑にいた人というのもあって、音に対しては、非常に厳しいし細かい。
劇団の公演でも、音にかける時間が、通常の劇団よりは多いはずだ。
少なくても、イコライジングにまで口を出す演出家をおいらは、あまり知らない。
高音域を抑えて、中域厚くして、低音域はそのままでいいやー。なんて。
だから、音のデータを合わせた時に、もう一度、編集が変わる気がする。
ああ、ここのセリフがこんな感じなら、ちょっと映像が違うな。
そういうことも出てくるんじゃないかって思っている。

編集作業や、音の形式を知ったここに来て。
最後の撮影日が確定した。
速報で、たぶんこの日程!というのは出ていたけれど。
ロケ地のように、私有地敷地をお借りしてという形ではないから、許可申請などもあった。
いよいよ本当のクランクアップが近づいているということだ。
ある意味では、物語にとって、本当に重要なシーン。
撮影がどれほど重要なのか、何が大事な素材になるうるか知ってからの撮影。
また、少し違う気分で気合が入る。
今週も編集は続くけれど、撮影日には、もう一度、役者になる。

一つだけ心配なのは、降雪だ。
ちょっと信じられないけれど関東で11月なのに降雪の予報が出ている。
明日の夜から、明後日にかけてだから、撮影日にはかぶらないのだけれど・・・。
ただ、撮影現場に、積雪が残っている可能性は否定できない。
雪が背景に映ってしまえば、まったく違う映像になって繋がりようがない。
もちろん、暖かい日が1日か、雨の日があれば、溶けてなくなる。
天候については、もう、ただただ祈るしかないだろうけれど。
そうなれば、撮影日がまた伸びる可能性だってあるのだ。
なんとかなるだろうという思いもありながら。

さて、編集機材も、最終的にそろった。
ヘッドホン端子の分岐と、監督用コントローラだ。
これで、また編集効率が上がるだろう。
ちょっとだけ質の良いヘッドホンが欲しいなぁとは思うけれど。
監督は、イヤホンでいいよなんて言っている。
ベリンガーのスタジオヘッドフォンだったら、それほど高価ではないし、一つ、手に入れておくか・・・。
音質は、実際の音声データや劇伴を乗せて、それから、整音するのだから、そこまで高くなくても良い。
やはり、イヤホンでやって、あまりにやりづらかったら考えればいい気がしている。
これで、編集に挑もう。
なんとなく、今日の編集でどこまで行くかは大事な気がしている。
こだわって作りこみながらも、効率を上げていく。
目指している高みを考えれば一切の妥協は出来ない。

こういう企画は、ほんの一歩でも間違えてしまうと、思い出作りと言われかねない。
そうじゃなくて、この企画は、作品を世に届けるという企画なのだ。
だからこそ、スタッフワークをプロにお願いしているわけだし、ここでいいやなんて出来ない。
だからこの企画は、まだまだ道半ばなのだ。
世界に。
その3文字を忘れてはならない。
それは、全ての関係してくださった方々への責務でもある。

一端、寝よう。
編集が待っている。
また二人だけだ。
地道だけど、楽しくて、真剣で、集中する時間がやってくる。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 04:38| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

MIX

音楽の録音技術は、常に映像の録画技術の数年前を歩いている。
それは別に、どっちの方が優れているとかそういうことではない。
音楽と映像では、とにかく、情報量が違う。
音楽が扱うデータは、つまり音のデータのみで、映像は音も含む映像のデータだということ。
データ量そのものが常に、10倍以上の開きがある。
データ量が大きければ、単純なマシンパワーも、それだけ必要になる。
ハードディスクなどの記録媒体も肥大化していく。
実は同じような編集は技術的に常に並んでいるのだけれど、ハードウェア的に数年ずれていく。
実際、どちらも、エディットするソフトは、同じAVID社のソフトだったりする。
AVID社は、PCとソフトウェアだけではなくて、そこにハードウェアも追加されたもので、個人が買えるものではない。
音楽でも、映像でも、AVIDのコンソールがあるのは、大抵スタジオになる。

音楽はもう10年以上前から、レコーディングがスタジオを飛び出している。
それは、モバイル端末と記録媒体の進化から、ようやく出来るようになったことだ。
リハーサルスタジオや、宅録と呼ばれる個人宅での録音も、一気に広まった。
個人でも手に入りやすいアプリケーションもヴァージョンアップを重ねて、遜色がなくなっていった。
おいらは、その頃に、音楽のレコーディングを体験して、すごい面白いなぁと感じた。
プロのエンジニアからすれば、自宅で録音が普通になっていくのは、ちょっと困っていたけれど。
実際、iTunesなど、音楽はどんどん身近になっていって、自分の曲を発表する場も増えていった。
MTRなんていう、磁気テープに4チャンネル録音できるテレコがあったのだから、もともと需要もあったはずだ。
デモテープ制作用の器材が、あっという間に、プロ用の器材と同じレベルになっていった。
もちろん、スタジオの器材を使うと、すごい差を感じるのだけれど。
マイクも違えば、ケーブルも、電源も、ミキサーも全部違うのだから、当たり前の話だ。
ただ、その差が、以前とは比べられないほど小さくなっていったということだ。

あの頃、まだ映像の記録媒体は、テープメディアだった。
デジタル記憶ではあるけれど、ハードディスクに記録するなんて、機材費がどれだけかかるかわからなかった。
当然、テープメディアの場合、テープからデータの読み込みが必要だったし、出来上がりもテープに書き出していた。
数百ギガのハードディスクでも、数万円の時代だと、やっぱりそうなった。
そもそもハードディスクからのデータの読み込みスピードも足りていなかった。
そして、当然、そのままネイティブな映像データで編集すれば、PCは、何度も何度も固まった。
とてもじゃないけれど、スタジオレベルと遜色が云々なんて言えるレベルじゃなかったと思う。

レコーディングを3回体験したけれど。
なんというか、あのクリエイティブな空気の中にいることは、なんとも言えない心地よさだった。
創造的な現場というのは、今も、常にどこかに存在している。
自分のレコーディングの前から、監督が関わったレコーディングに顔を出していたおいらは、その現場に自分が行くと思ってなかった。
そして、全てのレコーディングで、完パケまでの工程に立ち会った。

レコーディングには、いくつかの段階がある。
まずは、文字通りの録音。REC。
例え一発録音であっても、パラレルで記録していく。
ギターアンプ用のマイク、ベースアンプ用のマイク、歌、コーラス、バスドラムのマイク、スネアのマイク、シンバルのマイク、エアー。
一つ一つの楽器単独で録音することもあるし、リズム隊は一緒に録音することもある。
ただ、とにかく、全ての音はバラバラに別の素材として格納されていく。
その次の段階が、ミックス。
全ての音をもう一度重ねていく。
音の波形の被りを取ったり、ドラムの位置を奥にしてみたり、波形の帯域を振り分けたり。
録音した素材が良くないと、どうにもならないけれど。
逆にどうにだって調理できるような魔法の工程。
素材が組みあがっていって、作品になっていく。
ミックスが終われば、ミックスダウンと言って、2チャンネルのLRの音源になる。
最後の段階が、マスタリング。
2チャンネルの音源を、音圧であるとか、イコライジングであるとか。
整音していって、アルバムなんかであれば、曲間なども調整していく。
出来上がった音源を、最終的な製品にしていく、彫刻でいえば研磨のような工程。
驚くほど、音がクリアになったり、前に出てきたりする。

なぜ、突然、音楽のことを書いたのかと言えば。
実は、本日、撮影中の音声データが届いたからだ。
そして、今、編集過程にいて、ミックスをすごく思い出している。
あの創造的で楽しくて真剣な空気を既に知っていることは、なんというか、プラスだなぁと改めて思っている。
映像の段階も同じだ。
撮影があって、編集があって、最後の仕上げが待っている。
もちろん、映像も音声もあるから、それぞれの仕上げがあったり、段階は少しだけ多いけれど。
結局、同じRECなんだなぁと改めて思う。
今、つまり、監督と二人で編集をしているのは、音楽で言うミックスダウンを目指しているということだ。

今や、音楽のミックスで出来ないことは、すごく少なくなった。
音程を直すこともできるし、テンポを直すことだって不可能じゃない。
なんだったら、キーを変えることだって、出来なくはないのだ。
レコーディングした素材を使って、様々なことが出来る。
同じように映像でも、出来ないことがどんどん少なくなっていっている。
雨を降らすことも、雷を落とすことも、不可能じゃなくなっている。
場合によっては、人の表情や、肌の質感まで変更できる。
同じような進化をやっぱり続けている。
なんでも出来るようになっていく中で、逆に自分のやる方向性をしっかりと持たなくちゃいけないのも同じだと思う。

演技はそれだけでクリエイティブだ。
その場でその時にしか出ないものもある。
それを素材として、更に、何かを創造しようとしている。
太鼓の音だけから始まって、バンドサウンドになっていくあの臨場感にとっても似ている。
最終的なミックスダウンの時のように最終的な書き出しの時は、どんなことを思うのだろう?

撮影は終わったけれど。
まだ、おいらが目指していることの半分にも到達していない。

さて。
長い長いダウンロードが終わった。
まずは、このデータを展開してみよう。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:49| Comment(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする