朝、ロケ地に向かうとすでに集まっているメンバーが。
昨日の撮影が遅くまでだったこともあって、遅めの集合にしたのに。
この2週間で出来た習慣からか、朝自然と目が覚めてしまうメンバーも多かったようだ。
中に入って神様にお祈りをする。
まず、楽屋の自分の荷を片付けてから、セットの解体を始める。
設営に約3日、装飾に2日、リハーサルに2日、撮影に5日。
長く作業を重ねたセットにインパクトドライバーを差し込む。
パンパン小屋が、ただの木材になっていく。
気づけば、あんなに時間をかけていたパンパン小屋が1時間半でなくなってしまった。
製作スタッフが荷物の搬出にやってきて、驚いた表情を見せる。
事前に撤去にどれだけ時間がかかるだろうかと心配していたのに。
1時間半で、何もない素舞台になっていたから。
その後の撮影班の搬出作業でも、到着するなり、驚いていたそうだ。
撤去作業がこんなに早いなんて誰も想像もしていなかったらしい。
パンパン小屋がなくなると、外観の撤去を初めて、もうそこは元の場所になりつつあった。
想像以上に早く終わったから、修繕作業に入る。
そもそも、ここに来た時点で、壁がゆがみ、窓が割れているような場所だった。
弱くなっている床部分に板を敷き、曲がっている壁や、柱と壁の間をパネルで埋めていく。
外観で、縫い目の部分が錆びているトタンは、余っているトタンで補強していく。
野生動物が入ってこれないように、窓部分の補強もしておいた。
利用したスタッフルームや楽屋も整理して綺麗にしていく。
元々その場にあったソファーなども、まとめておく。
気づけば、そこはスタッフルームでも楽屋でもなくなっていた。
部屋は片付けると伽藍洞になる。
なんとも寂しいけれど、本当に、何もない空間になっていく。
確かに昨日までここにあのパンパンたちがいた。
楽屋で笑い、着替えて、メイクをしていた。
裏導線を進めば、そこには廊下口があって、一歩踏み込めば、パンパン小屋だった。
照明機材がそこかしこに並び、大きなカメラがそこにあった。
一番隅に、モニターと監督の椅子があって。
外を出れば、洗濯物を干す物干しがあった。
おいらは、毎朝誰よりも早くこのパンパン小屋に入って、小道具の配置確認をした。
前日の撮影の空気が残っているのを元に戻した。
布団をたたんで、灰皿を元に戻した。
そのパンパン小屋が、あっという間に、ただの空間になった。
翌日の搬出作業の段取りを組んで、全員で撤収する。
片付けが済んだから、もう女子は来なくていいよと伝える。
そこは、もうパンパン小屋ではないのだ。
なんにもない、空間なのだ。
おいらは、自分の荷を車に積んで、そこを後にした。
あの長い坂道を降りるときに、あの歌声が聴こえてきた。
ラララと、続く声。
夢だったのだろうか?
泡沫だったのだろうか?
もう、あの空間はどこにもない。
走り回った日々が遠くなっていく。
居酒屋に入る。
いつもの舞台なら仕込みから打ち上げまで毎日のように杯を傾ける。
この2週間、酒も入れずに、おいらたちは撮影に集中していた。
いつ以来だっけ?なんて話しながら。
撮影中のことを思い出して、話して、笑った。
もう、思い出話なのかよ。
つい昨日までの話なのに。
これだけのことをやったのに。
不思議な気分さ。
撮影が終了したということは、芝居をする機会が終了したということだ。
けれど、このプロジェクトはここで終わったわけではない。
本当の勝負は、作品作りは、ここから始まる。
撮影された素材を繋ぎ、編集をしていく。
編集されてから、音楽を乗せて、整音する。
音楽が乗ってから再度、編集の微調整もいるだろう。
編集作業が終わっても、そこから、この作品を世界に、日本に届けていく作業が始まる。
宣伝のための材料、イメージ。全てが集まった時は、まだまだ先になるのだ。
一般試写会は、その頃になるのだ。
役者に出来ることがなくなっただけなんだ。
この撮影は、この映画の山場だった。
山場を越えて、ここから、作品になっていく。
あの歌も、あの思い出も、全てが作品になっていく。