前日の雨で自転車を置いて行ったから、初めて電車とバスで向かう。
当たり前だけど体力的には断然こちらのほうが楽なのだと知る。
とは言え、自転車があれば、最後の交通手段に迷うこともない。
可能な限り、自転車で移動になるだろう。
撮影三日目ともなれば、すでに移動から撮影まで、慣れが入ってくる。
当然、慣れには良い部分も悪い部分もある。
舞台をいつもやっているから、そこの部分はすでに考えてあった。
舞台は、やはり慣れていく。
初日は緊張して、二日目に弛緩することを、二落ちと言ったりする。
張り詰めた何かがいつの間にかなくなってしまうのだ。
けれど、お客様にとっては、基本的には常に一回目の観劇だ。
クオリティが著しく下がるようでは、申し訳が立たない。
ただ、良い面もある。
舞台の構造を理解し、セットの構造を理解し、段取りを理解していくことだ。
初日に迷って、わからなくなったことまで、全て、体に落ちてくる。
どこにいれば、本番に映り込まないとか、次のシーンの準備だとか、一段、クオリティが上がる。
おいらは、2シーン先まで考えて行動している。
その上で、スケジュールの変更もありえると想定していた。
だから、小道具の配置など、事前にチェックだけしておいた。
狙いやアングルも、少しずつ見えてきて、あ、ここは動かすな・・・というのを直感できるようになってきた。
自分の出番の前にはセット裏に待機して、前のシーンが終わると同時に板付きする。
とにかく、一歩先を読むことで、間をあけない。
そういう細かい努力がないと、この短い期間での撮影は厳しい。
疲れがピークに達するであろう、本日の夕食。
劇団前方公演墳より、ケータリングの差し入れを入れた。
先週から予約しておいた「もうやんカレー」だ。
なんと、もうやんカレーが、出張してきて店を開いてくださる。
それも、カレー2種類、タンドリーチキン、サラダ、お米はキヌア五分づき、牛筋、じゃがいもなどなど。
ランチの食べ放題メニューがそのまま現場に出現する。
クラウドファンディングに書いたように、基本的に劇団員は手弁当で撮影に挑んでいる。
そのままでは、いつまでもスタッフさんと食事を共にする機会がない。
だから、1度だけでも、差し入れを入れる。
もちろん、映画の予算ではなく、劇団員で集めたお金でだ。
もうやんカレーは劇団にとっては思い出の深い場所だ。
最初の稽古場のそばに、まだそこまで有名じゃないもうやんカレーはあった。
だから、劇団員の数名は何度も通っている。
釣りが好きな連中の最後のしめは決まってもうやんカレーだった。
歴史があり、思い出があり、温かいケータリング。
あとは、皆が喜んでくれるだろうか?という心配だけだったけれど。
思いのほか、皆様に楽しんでいただけた。
スタッフさんもだし、出演者もあたたかい食べ物に飛びついた。
出演者からの差し入れなのに、出演者のほうが喜んでいるようでさえあった。
製作スタッフさんは、つねに映像の現場にいるような方なのに。
もうやんカレーの出張なんてまったく知らなかったという。
これは、すごいです。たぶん、僕、どっかで使わせてもらいます!と言われる。
あまり、もうやんのケータリングはまだ知られていないのかもしれない。
きちんと、探して、みつけて良かったなぁと思う。
現場の空気が、良くなったり、テンションが上がるのであれば、感無量だ。
食べ終わってから、撮影再開。
布団で寝ているシーンは、女優たちが実に楽しそうだった。
このシーンならずっと撮影を続けられるなんて言っている。
劇団員の女優陣で温泉でもいったら、あんな感じなのだろうか?
もちろん、そんな機会は今までに一度もない。
18年間、一度もない。
そして、本日の最後の撮影もやはりおいらだった。
三日連続で、最後の撮影。
現場から、必要のない役者が順番に帰って行って、最後は3人だけ残る。
いつものように、にぎやかな空間がスタッフさんの声だけになっていた。
逆に言えばじっくりと撮影できる。
ナレーションをオンリーで録音した。
監督のすぐ隣で。
監督は、何度も音楽のレコーディング現場でディレクションもしている。
目を閉じて集中して、おいらのナレーションをチェックした。
的確な指示が入る。
それにすぐに答える。
更に入る。
また、すぐに修正する。
声だけの収録だから、誰もが黙って静かな空間に、おいらの声だけが響く。
指示があって、その場で変更できるかどうか、まるで試されているようだけれど。
別に試されているとも感じずに、監督を信じて、自分なりに一発回答を出したつもり。
久々のデビッド・宮原との録音作業に、しばし、感触を思い出す。
ロケ地を出た時間はすでに22時。
前日に置いて行った自転車にまたがり、ひきつるふくらはぎをかばいながら長い坂を下りていく。
ここで撮影できる時間はもう限られている。