足りていない部分を一つ一つ確認、調達していく。
もちろん、見えていない部分もあるはずだけれど。
あれをどうするか、これをどうするのか。
何をしておこうか。
積み重ねるように、積み重ねるように。
一つは、直接貰いに行った。
頼めばもらえるなぁと見越したからだ。
誰か持ってる人を探すよりも、確実にある場所にお願いするほうが早い。
何件か回ればなんとかなると思っていたのに一件目で頂けた。
要するに、すぐに行動ができるのかどうかだ。
この辺があると便利だなっていうのものも用意できた。
明日はロケ地のカギをお借りしに行く。
もう一度、ご担当者様に会う。
地道に一歩ずつ、その日に近づいて行っている。
悲しい知らせもあった。
時々、切り替えていこう!なんて言葉を安易に口にする人がいる。
でも、こういう時は切り替えちゃいけない。
悲しいときはきちんと悲しんで、悲しめるだけ悲しんで、受け入れるべきだ。
そして、その悲しい気持ちを抱えたまま、それでも進むべきだ。
少なくてもおいらはそう思っている。
ちょっと、悲しすぎるけどさ。
俺たちは、ちゃんと、顔を見て、話をしたはずさ。
相棒からのLINEに返信をする。
飲めとしか言えない。
わかってるさ。
もう、痛いほどわかる。
飲んで、少しずつ、受け入れるしかできないことってのが世の中にはある。
どうしょうもないことが世の中にはある。
受け入れがたいけど、受け入れるしかないんだ。
目を背けなければ、それでいい。
今、やれることを全てやっていくしかないんだ。
どんなに重くても足を出す。
今、たぶん、史上まれにみるほどの、素晴らしい機会を得ている。
演じる役者自身が、美術設営まで出来る。
自分たちで組んだパンパン小屋で芝居ができる。
それを、おいらは、幸せだと思う。
そもそも戦後のバラック小屋は廃材を使って、自分たちで建てた素人建築だ。
ありとあらゆる、細かい部分まで把握して、映像をやれる機会なんか、二度とないはずだ。
そこまで把握して、演技ができた役者なんて、白黒時代まで遡るんじゃないだろうか。
いつかどこかで別の映像作品に出たとしても、全ては把握できない。
いつどこで、誰が、どのシーンを撮影しているのかさえわからないことがあるのだから。
自分の登場シーン以外は、呼ばれもしないのだ。
全てのシーンの撮影で同じ現場に入れる機会なんか、そうそうあるもんじゃない。
作品にかかわるというよりも、作品世界に生きることができるチャンスを頂いている。
七人の侍で、村人たちに一か月ぐらい生活してもらったなんて話があるけどさ。
そういうのに匹敵するぐらい、この世界に埋もれる機会だ。
生きていくなら。
色々なものを抱えながら生きるのは当たり前のことだ。
特に、終戦直後なんて、そこに生きるほとんどの人たちが何かを抱えていたんだ。
戦地で、空襲で、或いは戦後のどさくさで。
日本人は、敗戦コンプレックスに生きたか?
日本人は、ただ悲しんで下を向いたのか?
そんなわけがない。
そんな国だったら、戦後からたったの19年で、東京五輪なんか開催できるわけがない。
強く、重い足を一歩前に出し続けたから、この国は奇跡的な復興を遂げたんだ。
そして、それが、生きていくことだ。
撮影現場で生きていく。
色々なものを抱えながら。
まずは、廃材を寄せ集めて、あのバラック小屋を作るんだ。
悲しすぎるけど。
前に進むんだ。
それが、生きることだからだ。
きっと、どこかで映画を観てくれると信じて。