朝起きると滝のような雨が降っていた。
スーツにするか悩んで、やはり、いつも通りの格好にした。
雨の中を駅まで歩き、少し余裕がある時間に家を出て、某企業に向かう。
東京のど真ん中に本社ビルがいくつも立ち並ぶ。
最初に伺ったビルで、次のビルを案内されて、そのビルで別のビルの会議室を案内される。
こんな大きな企業にお願いにあがるなんて、ちょっと信じられない気分だった。
会議室で待っていると、不動産管理のご担当者様が現れた。
すでにメールで知らせてあったので劇団のHPや、クラウド・ファンディングのページも観てくださっている。
おいらは、いくつかの書面と資料を手渡して、企画の趣旨と、お借りしたい経緯とその旨をお伝えする。
勤務中にわざわざ時間を割いてくださっただけでも嬉しいのに、会議室まで用意してくださった。
その上で、本当に真摯な姿勢で話を聞いてくださる。
実際に、現在、一切使用していない建物だけれど、やはり老朽化による事故を気にされていた。
実際にお借りできるのかどうかはまだまだわからない。
ご担当者様に決済権があるわけではないからだ。
それでも、実際の撮影が可能なのか、まず現地を見せていただきたいというお願いを受けてくださった。
敷地内、建物内を内見できることになった。
その上で、撮影が可能であれば、書面などを用意して、今度は総務の形とお会いすることになる。
なんとか、良い方向になるようにお願いをする。
とても丁寧に対応していただいただけではなく、良い方向になればと思ってくださっていた。
それだけでも、本当に感謝だ。
内見できるだけでも、本当に感謝だ。
ここまでの対応をしてくださるのだ。
当たり前だけれど、おいらも、誠意ある対応を、正面からするしかなかった。
例えば、この企業様とは、少なくない繋がりが実はある。
けれども、コネを利用したり、違う方向からお願いして、断りづらい状況などは作らなかった。
やっぱり、無理にお願いするようなことはしたくない。
それは、この作品にも趣旨にもそぐわないと思う。
この作品や趣旨を知っていただいて、その上でお貸しいただけるのがやはりベストだ。
おいらのような名刺すらない人間がお願いをしてこそだと思った。
だから、スーツを着ていくのは違うなと思ったのだ。
内見をするのも、しなくちゃいけないと思った。
正直、外から見ても、GoogleMapの上空写真を見ても、文句ない物件だ。
それどころか、前回のロケ候補地のような建物が4~5棟並んでいるのだ。
だから、内見しなくても、そのままお願いしたとしても、問題がないかとは思う。
それでも、やっぱり、ここまで丁寧に対応してくださるのだから、まず見せていただいて、検討してお願いする。
それが本当だよなと思ったのだ。
簡単に、外見だけでお願いするというような軽さは何か失礼なんじゃないかと思った。
時間は限られている。
撮影予定日まで残りわずかだ。
ここがNGなら、もう撮影時期をずらすなど他の手立てを検討することになるかもしれない。
だから、結果は急がなくちゃいけないけれど、必要な道筋は全て踏むべきだと思った。
会談を終えて、深々と頭を下げて、プロデューサーや美術監督に連絡する。
色々と関係することもあるかもしれないからというのもあるけれど。
このまま、ここで、進めていって問題ないかの確認もある。
監督にももちろん報告をするめる。
美術の杉本さんも、そういうことならと、内見でサイズ感などを計って欲しいと頂く。
午後、管理会社に連絡をして、明日の午前中に内見が決まる。
いよいよあの場所に足を踏み入れることになった。
幸い、天気予報も雨だったのに、午後過ぎから変わって、午前中は曇りになった。
実際に曇りか雨かはわからないけれど、早い方が良い。
劇団員の何人かに連絡して、同行できるメンバーを募る。
思ったよりも多くの人から連絡が来て、面食らった。
まだ、決まったわけじゃないし、見るだけだし、家が遠いとか用事の合間なら、無理しないように断った人もいる。
それでも、結果的に、たまたま1日空いてる人が二人来てくれることになった。
行ってみないとわからないこともある。
床が抜けている建物はそもそも入ることも出来ない。
恐らく床が丈夫な建物も、中には印刷機械が残っている場所もあるらしい。
もう何年も人が入っていない場所に入るのだ。蜘蛛の巣だらけかもしれない。
廃墟スタジオではなく、文字通りの廃墟なのだ。
それでも、スペース的にも、広さ的にも、そして長い時間、そこで本が作られてきたことも。
全てが、おいらには、うまくいくんじゃないかという予感がある。
とにかく、集められる情報の全てを集めるしかない。
その上で、しっかり図面に起こして、杉本さんにも確認するしかないだろう。
そこで了解が頂けたら、もう一度、今日行ったあのビルに向かう事になる。
毎日、どんどん、進んでいく。
まるきり、ドキュメンタリーのような日々だ。
どうかどうか、この願いが届きますように。