振ったり止んだりする雨。
偶然にも雨雲はおいらを避けていた。
傘を持っているのに広げることなく歩く。
強烈な湿気と、濃い緑の匂いに包まれながら、虫の声を聞いていた。
ああ、秋の虫だ。
あまりにも雨と雨の間だからなのか、大きい合唱だった。
むしろ叫んでいるかのように鳴いていた。
こんなに大きな虫の声をかつて聞いたことはなかった。
昨日の今日で、いくつかの、ロケ候補地情報が届いた。
まだ、いくつかだけれど、こんなに早くリアクションがあると思わなかった。
もちろん、どこの候補地も現実的かと聞かれれば、現実的ではない。
実際に声をかけて、具体的な交渉に入ってもらう前にまず情報を集めないとだ。
その中から精査して、現実的な候補地に交渉に行かなくてはいけない。
90％以上、断られるのだと思えば、まだまだ情報は少ないけれど。
それでも、少しずつ集まる情報に力を貰う。
おいらが今日当たった、空き家や地主さんは、結果的に情報としてはNGだろう。
元々、一人で見つけられたことが奇跡だったんじゃないか？とすら思える。
もう一度、その奇跡を起こせばいい。
虫の音に誘われるように、山の中に入りそうになる。
大昔この山道の向こうに、小さな酪農家がいたことを思い出しながら。
もうだいぶ前に、なくなったのを知っているけれど、廃屋ぐらい残っているかもしれないなぁと、ふらふらと。
すぐに気付く。夜じゃ、なんにも見えない。街灯だけでは意味がない。
また改めたほうが良いに決まっている。
虫の声が正常な判断を狂わせているんだろうか？
実は、おいらには、そういうところがある。
おじいちゃんの家にいた頃、夜中に抜け出して、星を見ながら波の音をずっと聞いたり。
修学旅行の旅館から抜け出して、夜のしじまを聞いてみたり。
夜中に、貯水場まで自転車を飛ばして、流星群を眺め続けたり。
河川敷の土手に何時間も座っていたり。
なんというか、もやもやしたものが溜まってくると、とりあえず、自然の中に飛び込む。
自然の大きさと、永遠に続くリフレインを感じて、自分がちっぽけだってことを思い知りたくなる。
そういうことをするだけで、やけに、その後、力が復活する。
なんでそんなことするんだろうなぁ、アホだなぁと思っていたのだけれど。
最近、後輩が体と精神が弱った時に、森に行くと言っていて。
ああ、意外に自分だけじゃなくて、たくさんの人がそんなことを繰り返しているんだなぁと知った。
酒や煙草やコーヒーで創る時間とはまた別の、そんな、人の持つ特別な時間ってなんなのだろう？
それこそが「劇的なるもの」なのかもしれないなぁなんて考える。
不思議と森から力を貰えるような、そんな気がする。
自浄なのか、もらってるのかおいらはわからないけれど。
あの時間は、いつもあっという間に過ぎる。気付けば何時間も経っている。
あの娼婦たちの事を思う。
毎日空襲に怯える暮らしが終わったと思ったら、飢えの日々がはじまって。
家族の死別や、ずたずたになった自尊心や、焼け焦げた街や。
頭のおかしくなってしまった人もたくさんいた中で。
きっと、あの娼婦たちも特別な時間を持っていて、自分の回復に努めただろうな。と。
焼野原じゃ、空ぐらいしか自然なんかないかな？
余りにも何もかも焼けて、銀座から富士山が見えたなんて言うけどさ。
半袖の夜道。
衣替えはまだ先だし、汗だってかく。
まだ夏の残り香が強すぎて、秋だなんて思わなかった。
あの終戦の年、秋だと気付いた人は、冬の準備を思い知って、焦っただろうなぁ。
秋の虫の音を聞きながら、帰宅すると。
玄関の前に、よちよち歩きのメスのカブトムシがいた。
足を引きずっている。
彼女の一生が終わろうとしていることがすぐにわかった。
長く土の中にいて、ようやくこの夏を迎えて。
秋を目前にしている。
恋をしたかね？卵は生めたかね？喧嘩はしたかい？たくさん空を飛んだかい？
大自然は後悔などすることなく、ただ真っすぐに生きている。
ガキのころ、それを目指してたよ。
後悔しないように生きることを目指していたよ。
後悔しないように生きることを目指していたよ。
一度きりの人生、悔いることのない道を選択し続けてきたつもりさ。
それなのに、後ろを振り返ると、星の数ほど後悔が落ちている。
なんのこっちゃ。
まぁ、こんなもんか。
だから、頑張ろうが、頑張らなかろうが、人生なんてそんなもんさ。後悔するのさ。
それでもね。
おいらには、まだ、美しいと感じることが出来るんだ。
叫ぶように泣く、秋の虫たちも。
瀕死のよちよち歩きの、カブトムシも。
だから、頑張る。
頑張らなかったっていう後悔だけはごめんだしね。
だって、それを感じるなら、それがおいらの美意識なんだから。
