2016年09月24日

秋の長雨

9月に入って23日。
東京で雨の降らなかった日はたったの二日らしい。
毎年、おかしな天候に逢うけれど。
この雨量は、あまり記憶にない。
ラニーニャ現象が始まって、暖かい秋だと聞いていたけれど。
どんな秋だろう。

秋は日本にとって特別な季節だ。

稲作文化を中心としたこの国にとって、収穫の秋は、もっとも重大な季節だった。
日本各地に祭が残り、豊作を祝った。
米の収穫量が、大名の実力に比例して、お金は米の代わりに過ぎなかった。
戦においても「勝負のトキ」と書く時は、「秋」と書く。
秋は日本にとって一年のクライマックスだ。

つい。
本当につい先日まで夏だったような気がする。
灼熱の太陽の真下で、汗だくになって走り回ったのは幻のようだ。
傘の手放せない毎日。
天高く馬肥ゆる秋は、いつやってくるのかなぁ。

ロケ地を探しに、ケッタをすっ飛ばしているとき。
頭を垂らす稲穂をたくさん目にした。
まだ青々としていたけれど、ここ数日で、黄金色に色づいたことだろう。
北の国からはとっくに新米が届いてる。

秋が来た。

アキガキタ。
トキガキタ。

一歩ずつでも。
力強く。
このトキを迎えに行こう。

長く続く雨よ。
恵みの雨よ。
やがてくる、天高き空を待っている。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 02:29| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

夢の中

杉本亮さんのプロデュースしている「怪獣の教え」を観劇する。
観劇後、しばしの時、立ち話。
追加になっていたシーン、変化したセット。
懐かしい顔もチラホラと見える。

きっと舞台直前から終わって、打ち上げをして、その後ぐらいまで。
この舞台の事で頭がいっぱいで身動きできないだろうなぁ。
本当はスケジュールの話とかも少ししたかったけれど、難しかった。
それぐらい、目の前にお客様がいての興行というのは、大変な事だ。
知りすぎるぐらい知っている。
おいらは、俳優の角度だけじゃなく、あらゆる角度で知っている。
企画して、稽古をして、小屋入りして、本番をして。
そういう怒涛の日々。

ただ、今日。
舞台の印象を多く書くよりも。
あえて、思うのは。
公演を迎えたその表情だ。

本来、美術だ。
映像の中の美術が本来の仕事のはずだ。
プロデューサーではないはずだ。
それでも、一つの舞台作品を世に出すことをした。
そして、開幕して、おいらは、そんな人の顔を見た。

舞台は消えていく。
跡形もなく消えていく。
あの赤レンガ倉庫も。
今日の六本木も。
残るものではなくて、消えていくものだ。
刹那だ。

その刹那な時間を、世に送り出す。

杉本さんの公演後の表情に、おいらは、刺激を受けた。
強い刺激を受けた。

舞台の印象も相まって。
おいらは、今日、夢を見るだろう。
夜、寝て、みる夢が夢だろうか?
未来を思い浮かべて、進むことが夢だろうか?
それとも、実は、生きていることそのものが夢だろうか?

舞台公演が終わってから、杉本さんとたくさん映画の話をしなくちゃいけないのに。
おいらは、この舞台の事が話したいよ。
この舞台に向かった姿勢について聞きたいよ。

子供の頃のおいらから見れば、もうとっくに今のおいらは夢の中さ。
たまたま、当たり前のように、そこに立っているだけさ。

わかるかなぁ。
そこにあるものなんだ。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:37| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

「怪獣の教え」再演開幕

この映画化企画が始まった頃に、手伝った舞台「怪獣の教え」の再演が開幕した。
まだクラウドファンディングの期間中だったことなどがあって、なんというか感慨深い。
今週末まで六本木のZeppブルーシアターで上演する。

豊田利晃監督と言えば、天才映画監督として、有名だ。
最近舞台に進出する映画監督が出てきたのはとても面白い事だなぁと思っていた。
そんな中、舞台でお世話になっていて、今回の映画企画の美術監督でもある杉本亮さんが舞台をプロデュースすることになった。
おいらはスタッフとして手伝いながら、ああ、映画の世界の人達が舞台をやろうとしている。
そのエネルギーに刺激を受けながら、小劇場の世界の人達が映画をやるということを真剣に考えていた。
このBLOGでも初演のその時期のものを読めば、毎日、刺激を受けていたことが分かる。

余り内容について、書くのはよくないなと思っていたから、その時期も触れていない。
ただ、今回は再演であり、多くのメディアや既に足を運んだ人が内容について触れているから。
簡単に、おいらの目線で、作品の紹介をまず書いておこうと思う。


舞台は小笠原。
東京から船で移動しても24時間もかかる南の島。いわゆる絶海の孤島。
飛行機のある時代24時間の移動時間は、むしろ一番遠い場所に近い場所。
島に帰ってきたモノと、島に留まるモノと、島を渡るモノの3シャが交錯する。
夢に敗れたモノと、夢を抱くモノと、夢に生きるモノの3シャが交錯する。
圧倒的な大自然に息づく「怪獣(LIVE)」と、3シャの「生(LIVE)」が実体を持った時。
世界に杭を打つ。

映画監督ならではのリアルタイムに変化していく、映像。監督自身のVJというLIVE。
実際に舞台上に常に存在し続けるバンド。轟くドラムとエッジのある音楽という生バンドのLIVE。
そして、映像の世界で活躍してきた俳優たちが、現実に舞台に立ち呼吸をして叫ぶ役者のLIVE。
記録の世界(映画)から豊田監督が飛び出して、LIVEという怪獣をこれでもかと叩きつけている。
生きていることの実感と、夢を持つこと。圧倒的な存在感を持つ実在。
舞台は虚構を越えて、現実にも杭を打つ。


フィルムから飛び出しての表現は、実在という力を得て、横浜赤レンガ倉庫に怪獣を生み出した。
その舞台が、今度は東京六本木で、再演になった。
舞台の世界で成功とはなんなのか。とても難しい。
基準がどこにあるかで、変わってくる。
興業的な成功というのもある。
或いは、どこかの誰かにその作品が深く残れば、それを成功と呼ぶかもしれない。
けれど、一番の成功はやはり、継続する事なんじゃないかと思う。
世の舞台、或いは劇団は、継続することがとても困難だ。
作品の意義、経済的な部分、維持する体制、多くの支持。
そういういくつもの要素が成り立たないと成立しないのが維持だからだ。
だから、再演が決定した時点で、この舞台は大成功しているとおいらは思う。
プロデュース公演で、公演をやったきりという舞台は、世の中に山のようにあるのだ。

おいらは、今、もう一度この「怪獣の教え」に、少なくない刺激を受けている。
今、「セブンガールズ」の映画化を進めながら、この企画の成功とは、落としどころとは、どこなのだろう?
そんなことまで考えている。
もちろん、海外で賞を取ったり、口コミでたくさんの上映が決まったり、出演者が他の作品に呼ばれたり。
考えられる成功の種類は山のようにあって、そのどれか一つでも実現したなら、それを成功と呼んでいいのだと思う。
でも、一番の成功ってなんなんだろうな。
監督が次回作の製作が出来るような動きが生まれたら、本当の成功なのかもしれないし。
もっと、想像を超えるような成功があるのかもしれないし。
それは、まったく、わからないことなのだけれど。

それでも、やっぱり、何か形に残る「成功」を手にしなくちゃいけないんだと強く思う。
そして、それは、今回の企画に少しでも関係のある全ての人がハッピーになれることなのだと思う。

もう一度、あの怪獣たちにエネルギーをもらいに行こう。
そのエネルギーは、もう一度、セブンガールズに突き進むおいらのエンジンを加速させるだろう。

作品が誰かの力になるのであれば。
それは、すでに成功だ。
その力は、次の作品を誰かが生む元になり、それが連綿と続いていく。
おいらは、エネルギーを貰い、そして、エネルギーを繋いでいく。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 10:44| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする