初舞台は誰でも忘れられないものだ。
おいらの初舞台は、初期衝動の塊のようなものだった。
先輩の発表会の音響スタッフについて、その流れで、先輩の舞台の仕込みやバラシを手伝った。
そのまま打ち上げにも誘われて、泥酔し、一緒に行っていた何人かと、舞台に立ちたくてしょうがなくなった。
それは、まさに衝動と呼べるもので、身動きが出来ないぐらい感情が高ぶってしまった。
泥酔した酒が残ったまま、劇場を調べて、そのまま劇場に行き、劇場を抑えてしまったのだ。
その時点では、たったの3人だった。
酔いが醒めてから、自分たちが起こしてしまったことの重大さに気付く。
既に劇場は抑えてあって、日程も決まっているのに。
何をやるのかも、誰とやるのかも、それどころか、どうやって舞台をやるのかもわからなかった。
予算だって1円もなかった。
衝動に突き動かされて、大変な事を決定してしまっているのに、青くなった。
18歳の若さが持つ衝動は、今、考えると滑稽で、少し憧れてしまうようなものだ。
その日から、まずメンバーを集めた。
一緒に舞台に立つ人間すら決まっていないのだからそうなる。
10人集まったところで、それぞれに資金を集めて、ギリギリ出来るかなぁレベルの予算になる。
そこから、今度は何をやるのかの話になった。
どう考えても、逆なんだけれど、実際に公演が決定してから作品について考えることはよくあることだ。
とは言え、作家もいない、台本もない、自分たちが表現したいことも決まってない。
そんなコンセプトすらない状態で、何も考えられないと言っても良かった。
一人だけ、オリジナルを書きたいというメンバーがいて、あとはそれぞれに持ち寄ってオムニバスに決定した。
稽古場は、メンバーの中に教会の娘がいて、そこで稽古をさせてもらえることになった。
金も、考えも、何もないけれど、時間だけはあった。
その段階で、公演をした先輩に相談を持ち掛けた。
先輩は、当然だけれど頭を抱えた。
舞台には、照明が必要で、大道具が必要で、音響が必要。
そのスタッフさんをお願いする予算すらないのに、ただやりたいだけで、劇場を抑えていたのだから。
その日から、おいらのスタッフさん行脚が始まった。
知り合いや、知り合いの知り合いレベルでも、なるべく舞台の現場に顔を出した。
照明について学び、舞台監督について学び、音響について学んだ。
全て、自分たちでやれるだけやらないと成立しなかったからだ。
制作は、女子に任せた。
チラシや宣伝など、諸々手間な部分はお任せするしかなかった。
酷い大道具だった。
劇場にあるもので基本舞台を創り、黒幕で覆った。
椅子と机以外は、ロクに道具なんてなかった。
いくつか、段ボールで創ったパネルまであった。
照明は劇場の付帯設備で、地灯りを組んだ。
それ以外は、いくつかしかなかった。
図面は全て、おいらが引いて、知り合いの照明さんにチェックしてもらった。
音響は、それぞれに持ち寄って、おいらが手でオープンリールの編集をした。
出来上がったテープのキッカケ表まで作って、出演していない役者がブースに飛び込んで操作した。
チラシは、撒いたけれど、あまり広くは宣伝できなかった。
実は、外で勝手に舞台などやったら、その時に在籍していた学校を退学しなくてはいけなかったからだ。
小屋入りすると、先輩が来てくれた。
呆れながらも、たくさんの助言をしてくれた上に、手伝いにも来てくれた。
幕が開くと、驚くほどのギュウギュウ満員の客席だった。
チケット代を安く設定したのもあったけれど、学校に内緒のゲリラ公演は諸先輩などが興味を持った。
おいらたちは、異常な緊張をしていた。
ウイスキーを楽屋に隠し持ってきて、回し呑んだ。
そこから、あっという間に公演は終わった。
打ち上げで浴びるほど酒を飲んだ。
思っていた何倍も高い評価を頂いたのもあるけれど。
それよりも何よりも、自分たちで舞台を成し遂げることが出来たこと自体に痺れていた。
何人かの役者が、酒の席で号泣した。
今、思えば、無謀と言う他はない舞台だった。
ただ、あの経験は今にも生きていて、同時に初期衝動のもつパワーを思い知った。
先輩には後にも先にも、こんなことする奴らはいなかったと言われる。
ロックバンドは1枚目のアルバムに全てが詰まっているなんて言われる。
それは、初期衝動の塊だからだ。
一番難しいことは継続する事であって、様々な側面が発生してからが勝負だ。
経済的な事、人間関係の事、モチベーションの維持、向上心の維持。
初期が稚拙なのは当たり前のことで、そこからが勝負になる。
今回の映画は、初期衝動とは言えない。
劇集団として、すでに20年に近い日数を数えてきているのだ。
少なくても、今までも自分たちの歴史があって、ただやりたいで動き始めたわけでもない。
とは言え、初期衝動が持つような、強大なエネルギーが絶対的に必要だと思っている。
あの時、学んだ、出来ない事なんて何もないんだという強い意志が、今を支えている。
10代の頃のようなエネルギーがあるかと聞かれたら、顔を伏せてしまいそうになる。
あの頃のおいらは、今思っても、超人的だったように思う。
寝ていたんだろうか?
ちょっとした移動でも走っていた記憶がある。
今のおいらは、もう少し、自制できるようになっている。
その分だけ、あいつよりも、あの時の自分よりも、一歩遅れるんじゃないかって不安になる。
人生で何かに必死で打ち込む機会なんて何回あるだろう?
常に必死だよ!なんて思いたくもなるけれど。
あの日、あの時間を思うと、そこまでじゃないかもなと思ってしまう。
自分が生きていくうえでの宝物だ。
今回も、宝物にしなくちゃいけないと思っている。
全力で取り組むんだ。
あの衝動に突き動かされた日々のように。