2016年08月05日

敗北に注目する

猛暑日がやってくる。
ここからの2週間は、例え夜でも、例え室内でも、気を抜いてはいけない。
無理せず、涼んで、水分補給をお忘れなく。
やけに、汗をかくなと思ったら、もう体内に熱が溜まってます。
汗をかかなくなったら、危険です。

一足早くサッカーからリオ五輪も開幕する。
今年はなんだか、色々な事が起きる年だけど・・・。
8日のコメントもあるのだろうか。
とにかく、様々な事が起きる年なんだと思った方が良い。
多分、この流れは年末まで続くのだろうな。

先日、ちょっとヒヤリとした。
日本の経済水域に北朝鮮から発射したミサイルが着水したと報道されたからだ。
もしこれを、軍事行為だと国の政府が認識すれば、反撃も法律上可能だ。
それは、自衛行為なのだから。
最近、今の政府は戦争をしたがっているとあおる人たちがいたから、一瞬、不安になってしまった。
落ち着いて考えれば、そのぐらいで反撃するわけがない。
今、そんなことをすれば、国際的に孤立しかねないし、資源のないこの国は貿易で成り立っているのだから。
大昔であれば、先鋭化した軍部が、即時反撃に打って出るような暴挙もあったのかもしれないけれど。
世界の中の日本と考えれば、まずありえないなぁと思う。

今を、戦前の雰囲気と似ていると発言している人を時々見かける。
おいらは、実は、絶対にそんなことはないなと思っている。
例え、当時生きていた人が発言していたとしても、やっぱり似ているはずがないと思う。
一番の大きな違いは、やはり敗戦を経験していることだ。
大戦前の日本は、実は、一度も負けたことがなかった。
明治時代の、日清日露戦争で、日本は勝利した。
清は、常に日本の歴史において最大の隣国だった中国だ。
ロシアは、当時最強と言われた艦隊を持っていて、その艦隊をなんと撃破した。
それも、神風が吹いて勝ったなどと本気で思っていた。
だから、敗北するということを日本人はイメージできていなかった。
その状況下で、不公平な国際問題を突き付けられたのだから、まるで、雰囲気が違うはずだ。
今、同じような状況になっても、日本人は敗北のイメージが出来る。
そして、本当の勝利がどういう形かも知っている。
だから、戦前のような報道の偏りにはならないし、国民意識もそこまで戦意高揚するはずがない。

一つだけ不安があるとすれば、すでに敗戦から71年もの年月が経っていることだ。
世界史的に見ても徹底的な敗戦をしたから、まだ今でも語られてはいるけれど。
都市を民間部含め徹底的に空襲され、世界で唯一、原子爆弾を落とされているのだから。
これだけ多くの民間人が死傷した敗戦など、他にないし、記憶から消えるわけがない。
ただ、その記憶を持っている人たちが、どんどん高齢になって。
第二世代、第三世代と、どんどん、世代が変わってきていることだ。
第三世代であれば、祖父母から直接、話を聞いたかもしれないけれど。
少なくても現代の10代、20代、30代は、直接体験を聞く機会など、殆どなくなっているはずだ。
40代のおいらの世代が、祖父母から直接話を聞けた最後の世代なんじゃないだろうか。

終戦記念日なんて言うけれど、敗戦日で良いと思う。
とにかく、負けたことを忘れてはいけない。
その為には、二つしか方法はないのだと思う。
それは、徹底的に負けたのだ。物量的にも精神的にも敗北したのだ。
そういう小説でも、記録でも、映画でも、演劇でも、残していくことだ。
もう一つは、その後、経済繁栄によって、文化が豊かになって、本当の勝利を知ったことを認識することだ。
その二つさえしっかりしていれば、敗戦を忘れるはずがないって思う。

おいらは実は「セブンガールズ」を反戦映画とまでは思っていない。
もちろん、戦争を良いなんて言っていないけど、ハッキリと戦争が悪い!と言わない。
戦争の悲惨さは出てくるけれど、それをメッセージの中心にも置いていないと思う。
じゃあ、メッセージ性が薄い作品なのかと聞かれると、やっぱりメッセージ性が強いと多くのお客様が口にする。
これは、なんなのだろう?と考えたのだけれど。
やはりこの作品の中心にあるのは「敗戦映画」なのだと思う。
反戦でも、終戦でもない。戦後復興でもない。
「敗戦」したところから始まる物語なのだと。
敗戦を目の当たりにする作品なのだと。
そして、負けたことのない人なんていないのだから。誰にだって理解できる物語なのだ。

誰だって、負ける。
兄弟に負けたり、友達に負けたり、学校や仕事や恋愛で、何度も負ける。
けれど、自分に置き換えると、どうしても、負けたことは隠したくなってしまう。
そっと、自分の中で何かで覆ってしまいたくなる。
だから、敗北は見えづらくなっていく。
隠した敗北はやがて、コンプレックスになって、どこかで爆発する。
敗北は決して、恥ずかしくない。
日本人は、敗北にさえ、美を見つけてきた筈だ。
だから、もっともっと、敗北を知るべきなんだって思う。

リオ五輪でも、夏の甲子園でも。
勝利の報道の陰で、その数十倍の敗北がある。
或いは、前回の五輪で、前回の甲子園で、敗北した選手が、新たに挑戦する。
それを観なくてはなと思う。
そこに流れるドラマこそ、セブンガールズに通じるドラマだからだ。

敗戦映画。
いいじゃないか。
とてもとても、現代に合っているじゃないか。
posted by セブンガールズ映画化実行委員長 at 03:35| Comment(0) | 映画製作への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする