中野圭と待ち合わせをして車で向かう。
中野圭はいつも30分前行動の人で、必要以上に集合時間が早い。
電車で向かう方がはるかに遅い時間に家を出ることが出来るのだけど・・・。
まぁ、それもいいかと、向かう。
アイスコーヒーをコンビニエンスで買う。
車の座席は日差しの厳しい季節は水分が不可欠だから。
途中、今日が最後になるかもしれないから、和菓子を買う。
何がいいかなぁと思っていたけれど、結局和菓子に落ち着いた。
つまらないものだけれど。
口に合うといいなぁ。
朝陽館に到着するのはやはり30分前。
時間まで、しばらく待機して、向かう。
玄関に入ると、それまでと景色が違っている。
色々なものが片付けられている。
たくさんのものがあった場所が何もなくなっている。
あの大きなのっぽの古時計もなくなっていた。
文字通り百年いつも動いてきたご自慢の時計さ。
今日はトラックではないから、そこまでの量は積めない。
そのことは伝えてあるけれど、それでもいくつか、いいんじゃないかって見つけ出してくれている。
今日は、初めて屋根裏部屋にまでは行った。
まさかこんな所にという場所に隠し階段のようなものがあって、屋根裏に上がる。
脂のついた特徴的な古いガラス戸がそこにある。
それは、もう本当に30年代の物ですよなんて聞く。
老舗の歴史的建造物の屋根裏部屋に入るなんて、一度も想像もしたことがなかった。
いただける襖や、引き戸を、外していく。
地袋襖や、ガラス戸も頂く。
小さな格子戸を頂く。
両面の襖を頂けたら嬉しい旨を伝えると、社長さんに確認をしてくれた。
社長がやってきて、そこに使っている材料の説明をしてくれる。
どうしてその木材の木目が細かいのか。
どうしてこんなに長い時間が経過してもしっかりしているのか。
この木材がヒノキで、こっちは赤樫とか固い木なんだよと細かく教えてくださる。
にこにこと笑う笑顔の奥に、この旅館を何十年も運営してきた時間の重みを感じる。
もうお客様が来ることもなく、引っ越しの準備もほぼ完了している今も。
夜になったら、旅館全体を見回りで回るのだという。
だから、出来れば出入り口の襖はまだそのままにしてほしいと聞く。
見回りの時、入口が閉まっているか必ず確認するという。
何十年も続いてきた日々の見回りは今も続いているのだ。
それを聞けば、いただくわけにはいかない。
すでに頂いている20枚近い襖は片面だけど、裏にも襖を張れば、両面になる。
今、無理にいただくわけにはいかないや。
ここまでの数の建具や装飾品をいただいただけでも、どれほどの力になるか。
和菓子ぐらいじゃ、本当は割に合わない。
着物も頂いた後。
ベニヤ板まで頂く。
ベニヤまでいけば、もう装飾品というよりは、材料だ。
たくさんあるから持っていってと言ってくださる。
もう車には乗らないから、車の天井に縛り付けることにする。
材料はいくらあっても足りなくなるのは目に見えているから。
少しでもいただけるなら、ありがたかった。
お礼を言って、再び保管場所まで。
保管場所で写真を撮影して、大きさも測る。
気付けば保管場所には大量の材料、家具、装飾品、建具が並ぶ。
そうぞうを超える量だ。
美術打ち合わせで必要なら6月末に再度お伺いする事になるかもしれない。
けれど、とりあえず、今はこれだけあれば十分に時代感の演出は出来ると思う。
帰り道。
中野圭の車を見ると。
着物や鞄などを積んだまま。
自分で欲しかったものを積んでいる。
あ、この鞄・・・。最後の京介に良いと思ってたのに。
個人的に欲しくなるような、貴重品があったという事だ。
撮影の時に、再度持ってくるよなんて言う。
帰宅してすぐにシャワーを浴びた。
屋根裏部屋や、倉庫にも入ったから、埃だらけだった。
少し寝ようかなと思ったら、メールが来た。
美術監督の杉本亮さんからだった。
そのメールには美術の様々なアイデアが詰まっていた。
低予算で、それでも美術が必要な時代作品。
アイデア勝負になるのはわかっていたけれど。
おいらが出来ることなんか、こうやって材料集めだったり、人海戦術だったりだ。
そこに映画の世界で、生きてきたノウハウが加わる。
小さな光が、大きな光になって、道を照らした。
すぐに返信した。
美術打ち合わせ、美術ロケハン、美術プラン。
いよいよ美術関連の具体化も近くなってきた。
ようやくゆっくり出来る時になって。
今日のあの今までよりもがらんとしたフロントを思い出す。
社長の笑顔が重なってくる。
あと数週間で社長もあの旅館から出ていく。
そして、その後、解体が待っている。
柱一本にも、理由がある建物が解体されていく。
そんな場所においらは、この「セブンガールズ」という作品は立ち会うことが出来た。
なんて幸せな出会いだろう。
あらゆるタイミングが合わなければ実現することすらなかった。
生かそう。
もう一度。
フィルムの中で生きてもらおう。
頂いた着物の間にショールがある。
毛糸で出来たショール。
あのショールを肩にかけて、今日頂いたハンドバックをぶら下げたパンパンを思う。
そこはもう、あの時代だとしか思えない。